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最初の頃とは見違えるように華穂様は成長された。
レッスンもそんなに苦労せずにこなせるようになったし、最初の頃は付き添いとして私がついて行っていたパーティーも、裕一郎様とふたりで、場合によっては裕一郎様の代理としておひとりで行かれるようになった。
パーティーで他の参加者の方々とお話しするのも、上手くなられたようで裕一郎様曰く、よくパーティーでご一緒する年配の方々には孫のように可愛がられているらしい。
妬みからのイジメなどもないようで、今では安心してお見送りできるようになった。
今日、華穂様が参加されているのは若い女性向けのバッグブランドの新作発表パーティーだ。
豊福デパートで販売するということもあるし、こういうパーティーで試作品を芸能人やセレブに配ることで宣伝効果を狙っているので、華穂様本人が招待されていた。
今日は裕一郎様とご一緒ではなく華穂様おひとりでの参加なので、私は会場であるホテルのラウンジでパーティーが終わるまで待機している。
新作発表に今回は随分気合を入れたようでかなり有名な高級ホテルだ。
ラウンジの客層も上流で、落ち着いた光の中でも煌びやかに光る女性のドレスやアクセサリーが目に楽しい。
景色や店内を見ながらまったりと過ごす。
パーティ開始から1時間半。あと30分ほどしたら華穂様を迎えに行こう。
そんなことを考えながらカフェオレを飲んでいたら、向かいの椅子が引かれるのに気がついた。
「ぶふっ!!!」
思わずカフェオレを噴き出しそうになった。
「何をしている。」
それはこちらのセリフです。
私の反応に、椅子にかけようとしていた流の額に皺がよる。
「申し訳ございません。突然のことなので驚いてしまいました。流様こそどうしてこちらに?」
「俺も今日のパーティーに参加していた。華穂にお前がここにいると聞いたから来てやった。」
頼んでないです。とは流石に言えない。
自然な動作で椅子に腰掛けた流は店員にシャンパンをふたつ頼んだ。
「奢ってやる。お前ものめ。」
「いえ、私はまだこの後仕事ですので、遠慮させていただきます。」
「遠慮するな。シャンパンなど酒に入らん。」
いえ、日本の法律では十分お酒です。
「お気遣いだけありがたくいただいておきます。」
カフェオレをテーブルに起き、ぺこりと頭を下げる。
「強情だな。」
急に流が立ち上がった。
「うわっ!」
突然手首を引かれて、バランスを崩しそうになる。
思わずついた反対の手がコーヒーカップに触れてガチャンと音が鳴った。
引かれた手首はそのまま流の口元まで持っていかれる。
「りゅ、流様!?」
慌てて手を取り戻そうと引っ張ると、あっさり解放され何故だか不機嫌な顔の流が残った。
「なぜ使っていない。」
はい?
「香水だ。今、付けていないだろう。」
あぁ、さっきのは手首の匂いを嗅ぎたかったのか。
「せっかくの頂き物ですし、大切に使おうかと・・・・・・。」
あの香水は気合を入れたい時や、気分が落ち込んだ時、華穂様に大切なイベントがある時に使っている。
つけると勇気や元気が出てくるような気がするのだ。
「無くなったらまた買ってきてやる。だから常に付けていろ。」
「はぁ・・・・。」
流が買ってきてくれた香りはかなり好きな香りだ。
毎日つけていいならば付けたいところだが、なぜ流はそんなにこだわるのだろうか?
聞いてみたい気もするが、流の俺様理論について行くのは大変そうだから触れないことにした。
「流様はパーティーはもうよろしかったんですか?」
「あぁ、一通り挨拶は済ませたから問題ない。それよりもお前に会う方が重要だ。」
・・・・・・はい?
「元気にしていたか?」
そういえば、流に会ったのは私がズタボロになっていたのを助けられて以来だ。
心配してくれていたのかもしれない。
「はい。その節はご迷惑をおかけしました。
流様に元気にしていただいたおかげで、以前と変わりなく過せております。」
「あの時に比べて肌ツヤも良くなったな。元気になってよかった。」
ふんわりと笑う流は、本当に私の回復を喜んでくれているようでこちらも嬉しくなってくる。
そういえばまだ何もお礼をしていなかった。
「流様、先日のお礼をさせていただきたいのですが、なにかご希望はございませんか?」
流は高良田家に匹敵する企業規模のCEOだ。
欲しいものはなんでも手に入るし、その中には一般人の手に入らないようなものもあるだろう。
そんな相手に気の利いた贈り物など出来るはずもなく、せいぜいが食べ物やフルーツなどの後腐れない失せ物しか思いつかない。
でも、私が流にもらったものはそんなものでは返せないほど大きい。心理的にも金銭的にも。
考えても思いつかないなら、本人に聞いてしまった方が早い。
「気にするなといっただろう。」
その言葉に首を振る。
「私はあの時、流様に救っていただきました。自己満足ですが、その感謝の気持ちを少しでも流様にお返ししたいのです。」
私の言葉にこれ以上断るのは無粋だと感じたのか、流は考えるように黙り込んだ。
しばらくして流の口から出てきたのは信じられないような言葉だった。
「・・・・・そうだな。礼がしたいと言うならお前の時間を俺によこせ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・はい?
私は今日何回驚いただろうか。
七夕小話におつきあいくださった読者様、ありがとうございました。
あちらにも評価いただけて感激です。
本日はこちらと同時刻に、以前拍手お礼に掲載していた話を小話にUPしますので、よろしければそちらもお楽しみ下さい。




