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展覧会の常連客である流のもとに知り合いでもある家元の宗純が挨拶に来るのは当然である。
今日の宗純は黒の紋付袴でいつもの涼やかな凜とした佇まいが、さらに引き締まって見える。
「この作品はなんだ。」
挨拶をした宗純に開口一番 流が返したのは厳しい言葉だった。
普通なら突然の暴言に『はぁ?』と問い返したくなるところだが、宗純の表情はピクリとも動かない。
「技術ばかりに凝り固まって、見るべきところが何もない。トリを飾る作品は大きければいいだけだと思っているのか?」
思うところがあるのか、宗純はまっすぐ流の目を見たまま何も反論しない。
「これが花柳流家元の作品だと?笑わせるな。
貴様の代で花柳流を潰す気か?
迷いがあるような作品を出すな。
それでいいと思っているのは華道と客を馬鹿にしているということだ。
家元という名は軽くない。
それに恥じない仕事が出来ないなら」
パァーーーーーーーンッ
見事な音が響いた。
華穂様が流の頬に向かって見事な平手打ちを振り切っていた。
「流に何がわかるのよ!!」
背中に宗純を庇いながら真っ赤な顔をして流に対峙する。
「迷って何が悪いの!?
人間だもん、誰だって迷うよ!!
みんながみんな流みたいに自信満々でいられないんだよ!
そりゃあ確かに今回の宗純先生の作品の出来は良くなかったかもしれない。
でも、それだって宗純先生の一部だよ!!!
他人にそこまで否定される必要ない!!!」
突然叩かれた流を始め、いつもは鉄面皮の宗純もまわりの客たちもみんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
特に宗純のびっくり顔というのはなかなか見れるものではない。
「宗純先生、いきましょう。」
華穂様は驚いた表情の宗純の手を取り会場から出て行ってしまった。
後には呆然とした流とざわつく観客が残される。
「流様、こちらに。」
場を収めるためにもここから離れた方がいいだろう。
自分からは動く気配のない流の手をとって私たちも会場を後にした。
赤く腫れた流の頬に濡らしたタオルを当てる。
今 私たちがいるのは会場として使用しているホテルにある一室だった。
着物を着慣れない華穂様が具合が悪くなった時のために休憩室としてとっていたものだ。
私に促されるままソファーに腰掛けた流は俯いたまま何も喋らない。
相当ショックだったようだ。
まあ、仕方ない。
今回は可哀想なことに完全な当て馬ポジションみたいだし。
「・・・・・・俺は間違っていたのか?」
ぽつりと流がつぶやく。
可哀想だから今日はとことん付き合ってあげよう。
「間違っていたかはともかく、やりすぎだったかもしれませんね。」
「・・・・・・・やりすぎ。」
「華穂様のおっしゃっていた通り、人は迷うものです。
それを家元の姿勢として見せることは流様のおっしゃるようにあまり良いことではないのかもしれません。
ですが、それを大勢の方の前で指摘する必要はなかったと思います。
宗純様はこれから迷って悩んで、それを乗り越えて良い作品を作られるかもしれません。
しかし、誰しも流様のような本物を見る眼を持っているわけではないのです。
今日の宗純先生の作品も『さすが家元の作品。素晴らしい』と見ていらっしゃるお客様もいました。
そういった方々に『宗純先生の作品はダメだ』という先入観を植え付けるような行動は慎むべきだったと思います。
気になることは後でこっそりご本人に伝えればいいのです。」
たとえ言われていることが正論であっても、大勢の前で罵倒されて喜ぶ人間はいない。
正論を相手に伝えるには伝え方が重要なのだ。
「・・・・・・そうか。」
やっと流は俯いていた顔を上げた。
「お前は良い執事だな。」
流らしくないふんわりとした微笑みに今度は私が豆鉄砲を食らったような顔になる。
「主人のことを想い、主人のまわりの人間にも必要なアドバイスをする。
上の者の間違いを指摘できる者は貴重だ。
華穂が羨ましいな。」
「・・・・・・それは、ありがとうございます。」
絶対にお世辞など言わない流の言葉は全て本音だ。
そんな流そう言われるのはくすぐったい。
「俺の執事にならないか?」
「良い執事は簡単に主人を換えたりいたしません。」
冗談っぽく笑いながら流が言うので私も笑って返す。
「残念だ。では、俺が華穂と結婚すれば、お前は一緒にくるのか?」
「華穂様が結婚後もお仕えするのをお許しくださるのであれば。」
「なるほど。では、早く華穂と結婚しなければな。」
・・・・・・・冗談、だったんだよね?




