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食事を終えて店を出る。
一弥から危険な光は消えたものの、いつもほどチャラくもなく、どこかしらけたような退屈そうな空気を漂わせている。
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
おもちゃに反抗的な態度を取られたのが面白くないのか・・・いや、それならお城の時に不機嫌になっているはずだ。
華穂様をネタに私で遊べると思っていた目論見がはずれたからだろうか。
・・・・・どんな風におもちゃにする予定だったのかは聞きたくないな。
まあ、私と一弥の空気が微妙でも特に問題はない。今は華穂様と隼人も別行動だし。
「じゃ、インディアナリバーにいこっか。」
一声かけて一弥がすっとそちらに足を向ける。
『華穂様たちのところに行くんじゃないの?』と聞きたいが、声をかけられる雰囲気ではなかった。
何も言わずアプリで華穂様の位置だけ確認をしておく。
「あれ?」
華穂様を示す点はちょうど私たちの行き先であるインディアナリバーの上にあった。
偶然・・・と、考えるにはパークの広さからして無理がある。
一弥は華穂様達の場所がわかっていたのだろうが、どうやって??
エスパー??
そんな馬鹿な事を考えながら歩いていたら立ち止まっていた一弥の背中におもいっきりぶつかった。
「あ、ごめん。」
謝ったが一弥は正面を見たまま動かない。
不思議に思いその視線の先を辿ってみると、
!!!!!!!!!!!!
思考が止まってしまった。
脳が今見ている光景に対して『きっとこれは夢である』と現実を見ることを拒否するような指令を出している。
「うひゃぁっ!!」
突然頬への冷たい刺激に飛び上がる。
「て、あれ?」
先ほどまで見ていた光景はなくいつの間にかベンチに座っていた。
正面にはドリンクを私の顔のすぐ側に構えて立っている一弥がいる。
「やっと正気に戻った?」
どうやら先ほど見た光景へのショックで魂が飛んでいっていたらしい。
「はい、これ飲んで。」
頬に当てられたであろうドリンクをそのまま渡される。
強い炭酸とレモンの爽やかな香りが暑さに心地よい。
「ありがと。」
「・・・・・・・・そんなにショックだった?」
正直に認めるのは癪だがあの場で放心状態になってしまった以上、今更取り繕っても意味はない。
「そうね・・・・・予想してたよりだいぶ。」
私と一弥見たのは、華穂様と隼人が仲良く手をつないでインディアナリバーから出てきたところだった。
今じっくり考えればキスしてたとかならともかく手をつないだくらいでそんなに衝撃を受ける必要なかったとは思うのだが、理性と心は違うもので、矢で心臓を射られたような衝撃だった。
祐一郎様の事笑えないなぁ。
心の中でひとりごちる。
いつの間にこんな気持ちになってたのか。
手をつないでいる華穂様を見たとき『うちの娘が男の子と!!』という気分になってしまった。
華穂様は主人でありけっして『うちの』などと思うのは執事としての分をわきまえない行為だ。
華穂様の幸せのためにしっかり支えていくと誓ったのに攻略対象と仲良くしているだけでショックを受けるとは何事だ。
・・・・と思うのだが、やはりショックなものはショックだ。
攻略対象者ハッピーエンドの場合、結婚などでどの攻略対象者エンドでも華穂様は邸から巣立っていく。
大事な主人を取られたようで拗ねたい気分だ。
こんなに思い入れられる主人を持てたことは幸せなのか執事失格なのか。
ついつい大きなため息をついてしまう。
「華穂様のためにも諦めないとね・・・・・・。」
たとえ隼人とじゃなくてもいつかそんな日はくるのだ。
いつまでも華穂様のそばにくっついていることなんてできない。
「そんなに隼人が好きなんだ・・・・。」
「ん?」
一弥が何か言った気がするが物思いに沈んでいてよく聞こえなかった。
「なんか言った?」
「唯ちゃんはああいう素直で真面目なタイプが好みなの?」
「もちろん。」
華穂様は素直で真面目で努力家でやさしい世界一可愛いお嬢様だ。
「優しくて努力家でついつい守ってあげたくなっちゃう。」
いつまでも守られてはくれないんだけど。
隼人も素直で真面目で努力家だしいいカップルかもしれない。
「ごめんね。付き合ってもらってドリンクまでもらっちゃって。
インディアナリバーいくんでしょ?」
ベンチから立ち上がり歩き出す。
が、一弥はその場から動こうとしない。
「いっくん?」
戻って立ち尽くしている一弥の顔を覗き込むもうと近づく。
自分のことでいっぱいいっぱいだったけど、よく考えたら一弥も攻略対象者。
さっきの光景に思うところがあったのかもしれない。
あれを見て自分の中にあった密かな恋心に気づいた・・・・とか。
私がけしかけたばっかりだし。
「大丈夫?もう少しやすっわっっ!!」
一弥の腕が急に体に回される。
抱きしめっ・・・というより、蛇に締め付けられている感覚に近い。力が強すぎて苦しい。
おまけに顔は一弥の胸に押し付けられていて息が出来ない。
「ちょっ、苦し・・・離してっ」
「はなす・・・?」
一弥の声には抑揚もなく芯もない。
なんとか首を上げて顔を覗き込む。
ゾッとした。
その目にはなにもうつっていない。
瞳があるはずなのに暗く深い穴がぽっかり空いているようで、そのまま引きずり込まれそうな気がする。
どうやら先ほどの私と同じく魂が抜けているようだ。
しかも悪い方に。
私のことを華穂様と間違えているのかもしれない。
一弥、ごめん!!
ゴッチン!!!
「ぶはっ。」
「く〜〜〜〜〜!!」
緩んだ腕から抜け出して、ズキズキする額を抑える。
地面についていた足を伸ばして、おもいっきり頭突きしてやった。
うつむき加減だった一弥の顎にクリーンヒット。
「いって〜〜〜〜」
尻もちをついて顎をさする一弥。
なんとか正気に戻ったようだ。私の時みたいに穏便に戻してやれなくてごめん。
「あ〜〜〜〜〜〜〜なんか迷惑かけたみたいでごめん。」
バツが悪そうに視線を背けている。
私は嫌味ではなくにっこり笑って手を差し伸べる。
「お互い様でしょ。さぁ、早く遊びにいこう!」
今日初めて私から一弥の手を握っていてあげようと思った。
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