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「華穂。」
店を出てすぐに不機嫌そうな声で呼び止められる。
私服姿の空太が入り口から少し離れたところに立っていた。
「あれ?空太、もう仕事終わったの?」
パタパタと華穂様が空太に近づいていく。
ちらりと流の表情を盗み見たが、特に不快そうな表情は読み取れなかった。
「最初に来てくれただけで、後ずっと他の人がお料理持ってきてくれたからどうしたのかと思っちゃった。」
その言葉にちょっとばつの悪そうな顔をする空太。
「あぁ、ちょっと色々あったんだよ。・・・ところで、唯さんと一緒にいるあの人は?」
「あ、紹介するね。」
ぐいぐいと華穂様に引っ張られて空太がこちらにやってきた。
「空太、こちらお父さんの取引先の槙嶋コーポレーションCEOの槙嶋流さん。
コンサート会場で偶然一緒になってそのまま一緒に食事にきたの。」
「槙嶋っ!?」
槙嶋コーポレーションの名前を知らない人間なんてほぼいない。
それくらい有名な大企業だ。
そんな大企業のトップが目の前にいるのが信じられないのか空太は大きく目を見開いた後、今度は胡乱な目つきになった。
「・・・・・ほんとか?だって俺とあんまり歳かわんないだろ?華穂、お前騙されてんじゃねぇ?」
・・・・・・確かにこの若さとルックスでそんな肩書きだったら、結婚詐欺とか疑われても仕方ないかもしれない。
「ちょっと!空太失礼だよっ!
唯さんも一緒にいるんだから騙されてるわけないでしょ!!」
空太がこちらに視線を投げてきたので頷いておく。
「槙嶋流だ。
今日の料理はお前が作ったと聞いた。
とても美味かった。また来るからよろしく頼む。」
敵意むき出しで対峙していたのに、流から好意的な挨拶をされて戸惑う空太。
というか、流よ、ほんとにどうした。
空太のあまりの料理の美味しさに胃袋を掴まれたのだろうか。
「桜井・・・空太です。」
戸惑ったままとりあえず名乗る空太に流は自然な動作で名刺を差し出していた。
「独立したくなったらここに連絡しろ。資金は提供してやる。」
「はあっ!?」
もう突然の展開に誰もついていけていない。
「ちょっと流、突然何言ってっ」
「別に今すぐにというわけではない。
あくまで独立したくなったらの話だ。
独立を考えた時に金の問題で断念するのは惜しいからな。」
どうやら本当に空太の料理を気に入ったらしい。
空太には投資する価値があると判断したのだろう。
言われた空太からすれば、初めて会ったしかも警戒していた男にそんなことを言われても困るだけだろうが。
「空太様、今回は名刺を受け取ってこのお話を心に留めておくだけでよろしいかと思います。
槙嶋様は空太様の料理が大変気に入られたようです。
一流経営者の槙嶋様が出資したいとおっしゃるのは
最大の賛辞になりますので、素直に喜んでいてよろしいかと。」
「・・・ありがとうございます。」
まだちょっと困惑気味だが、とりあえず名刺を懐にしまう空太。
独立なんてまだ先の話なのだから、今はそれで十分だ。
「ところで・・・」
流がくるりとこちらを向いた。
「お前は桜井の事を名前で呼ぶのか?」
はい??
「はぁ・・・そうですが。」
「俺のことは苗字なのに??」
んん?何の話だ???
「空太様はそう呼んで欲しいとご本人が希望されましたので。」
初めて会った時に『桜井様』と呼んだら『柄じゃなさすぎて鳥肌がたつ!』と却下されたので今の形に落ち着いた。
本人は『様』も取って欲しかったようだが。
「では、俺のことも名前で呼べ。」
・・・・・・・・・・。
何だろう。なんだかそう命令されると反発したくなる。
そもそも流は私のことを『おい』とか『お前』としか呼ばないのに、何故私からの呼び方を気にするのか。
「槙嶋様は祐一郎様の大切なお客様です。祐一郎様が苗字で呼んでいらっしゃるのに、私ごときがお名前で呼ぶなどできません。」
「華穂は俺のことを名前で呼んでいるだろう。」
「槙嶋様も華穂様のことをお名前で呼んでいらっしゃいますので。」
「俺もお前のことを名前で呼んでいる。」
呼ばれてねーよ。
「ぷっ・・・」
なんと返答しようか困っていると、吹き出す音ともに押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
「くくくくくくっ、大企業の経営者なんだからもっと鼻もちならない奴なのかと思ってたら、なんか子供みたいでおもしれーな。」
「・・・・・俺はもうとっくに成人しているが。」
「いや・・・、だって自分もっ名前で呼んでっ・・・ほしいとかっ小学生男子の発想だろ、それ。」
喋っているうちに可笑しくなってきたのかもう押し殺す気もなく目に涙を浮かべてゲラゲラ笑っている。
「唯さん、可哀想だから名前で呼んでやんなよ。」
「はぁ・・・空太様がそうおっしゃるなら。」
「桜井の言うことはきくのか!?」
だからなんなんだ、その態度は。あまりそんなことを言ってると華穂様に誤解されるぞ、小学生男子。
華穂様はニヤニヤこちらを見ていて楽しそうだ。
「じゃあ、名前で呼ばないほうがいいんですか?」
「そんなことは言っていない。」
「店の前で騒ぐのは迷惑ですよ、 流様。」
騒いでいた流がぴたりと止まった。
本当になんなんだ。今のやり取りで絶対、空太の中で流は華穂様を巡るライバルではないと認識されたはずだ。
それが吉と出るか凶と出るか・・・・。
見えない未来を考えて私は大きくため息をつきたくなった。
空太の回だったはずなのに・・・
流、恐ろしい子((((;゜Д゜)))))))




