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・・・・・・・・・・・・・・なぜこんなことに。
現在、流と華穂様、そして私の3人は流の運転する車で銀鱗軒に向かっている。
目の前では華穂様が流に銀鱗軒の料理がいかに美味しいか力説している。
そう、私は流の車の後部座席に一人で座っているのだ。
本当は華穂様が流とに食事を決めた時に、華穂様は流に任せて私は頼んでいた迎えの車と一緒に帰るつもりだったのだ。
デートについていくなんて邪魔者でしかないし。
ところがそれを華穂様に告げると『え?一緒に行かないの?』と一緒に行くのが当然といった反応をされ、流に至っては『早く車に向かうぞ』と帰ると言った私の言葉は聞こえてなかったかのような反応。
デートの自覚がない華穂様はともかく、流よ、お前はそれでいいのか。
そのまま車に案内されると華穂様は流にエスコートされ助手席に。
必然的に私は後部座席に一人で座ることになった。
主人を差し置いて一人で広々後部座席なんて身の置き場がない。
いっそ流と車の運転を代わりたい。人様の車なのでもちろんそんなことは言い出せないが。
「いらっしゃいませ。」
銀鱗軒に入った途端、流の姿に女性客が色めき立つ。
ランチタイムほどではないがこの時間帯でも空太目当ての女性客グループはいるらしい。
華穂様が予約していた旨と一人追加になったことを伝え席を準備してもらう。
「注文はさっき話したオムライスでいいよね。唯さんも一緒でいい?」
「まかせる。」
「はい。」
華穂様が3人まとめてオムライスのセットと流には足りないかもしれないということで牛タンシチューをひとつ頼んでくださる。
その間、流は物珍しいのか興味深そうに店内を見回している。
時折、流が顔を向けた方にいる女性客の顔が赤くなる。相変わらずのイケメンパワー恐るべし。
「華穂はよくこの店に来るのか?」
「うん、ランチは時々ね。ディナーは初めて来た。そんなにきょろきょろして何か面白いものでもあった?」
「こういう賑やかな店には初めて来たので、興味深く見ていた。」
「賑やかな店??」
流の言っている意味がわからずはてなマークが飛んでいる華穂様。
流と華穂様で外食のイメージが大きく違うため、話がずれているようだ。
「華穂様、槙嶋様が普段お使いになる店舗はこちらのように隣の席同士が近くなく、話し声も小声で話すような雰囲気の店なのか、もしくは個室をお使いなのかと。」
「そういえば、流ってお金持ちだったね!」
今思い出したかのようにポンと手を打つ華穂様。
華穂様の中で流のイメージが今どうなっているのか気になるところである。
「わたしは高級なお店で静かに大人しく食べるより、こうやってみんなでわいわい食べる方が好きだなぁ。
高級なお料理ももちろん美味しいけど、なんか食べた気しなくって。」
「腹に入ればみんな同じだろう。」
「全然違うよ!
おんなじ料理でも誰とどんな気分で食べたかで全然違うもん。
流だって、一人で食べるより家族や友達と食べた方が楽しくって美味しく感じるでしょう?」
「家族と楽しく食事をした覚えはないな。
子供の頃から食事はひとりだったし、家族と一緒に食事をとるのはせいぜい堅苦しい行事の席だけだ。」
「え・・・?」
華穂様の目が大きく見開かれる。
「お前のところもそうじゃないのか?高良田社長も俺に負けず劣らず多忙だろう?」
華穂様の顔がくしゃりと歪む。
「お、おい、どうした??」
突如、泣きそうな顔になってしまった華穂様に慌てる流。
その問いに華穂様は『なんでもない』と首をふる。
・・・・・・・・・・・・・華穂様は思い出してしまったのかもしれない。
屋敷に来た初日に一人で食べた夕食のことを。
朝食こそほぼ毎食裕一郎様と一緒に召し上がっているが、夕食は裕一郎様が仕事で戻られず一人のことも多い。
それが子供の頃からずっと朝昼晩続くのだとしたら・・・・
そんな思いを子供の頃の流に重ねてしまったのかもしれない。
「じゃあ、今日はわたしが流に『楽しく食べるとおいしい』ってこと教えてあげる。
ここの料理はもともとおいしいからおいしさ倍増だよ!」
「そうか、それは楽しみだ。」
そう言って笑う流の目には優しさが滲んでいる。
この様子だと今回の食事は流にとって『おいしい』ものになりそうだ。
「あ、ほら、前菜が・・・・・・」
「オマール海老のビスクと洋ナシのサラダをお持ちしました。」
前菜を持ってきてくれた空太の目は冷え冷えと流を見据えていた。




