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コンコンッ
ドアをノックすると『はーい』という元気な声とともにパタパタと近づいてくる足音が聞こえる。
部屋の主がドアを開ける前にこちらから入る。
「おはようございます、華穂様。朝食をお持ちしました。」
今日の朝食は洋風だ。
クロワッサン、バゲット、ベーコンエピ等の数種類のパンとグリーンサラダにスクランブルエッグ、パンプキンスープとシンプルなもの。
それに数種類のジャムや蜂蜜、バター、チーズなどを組み合わせて召し上がっていただく。
4人は座れそうなテーブルいっぱいに次々と並べられて行く料理を見て、華穂様の顔がどんどん引きつっていく。
「あ、あの、さすがに朝からこんなに食べられないです・・・・」
まあそうだろう。全部食べたらパンだけでも5人分はある。
「パンはお好きなものを選んでお召し上がりください。お飲物は、紅茶とコーヒー、牛乳、オレンジジュースを準備しておりますが、いかがなさいますか?」
『じゃあジュースで・・・』という華穂様の言葉に、コップに氷を入れ準備していたオレンジを絞る。
搾りたてのジュースをサーブして、華穂様に声をかける。
「食事をしながらで結構ですのでお聞きください。
本日は少し遅めに朝食を準備しましたが、明日からは朝6時半でよろしければ裕一郎様と食堂でご一緒できますがどうされますか?」
現在の時刻は10時。朝食には少し遅い時間だ。
本来、高良田家の朝食は6時半なのだが、初日の疲れもあるだろうと思い今日はこの時間に準備すると華穂様には伝えていた。
思ったとおりあまり眠れなかったのか、華穂様の目の下には大きなクマができている。
「お父さんと一緒に食べます。私、早起きは得意なんで。」
焼きたてパンを美味しそうに飲み込んで、笑顔で返事をする。
「かしこまりました。裕一郎様にはそうお伝えしておきます。
これからのご予定ですが 、華穂様には10日後に開催されるお父様の会社の創立記念パーティー出席のために準備をしていただきます。」
「創立記念パーティー?」
裕一郎様をトップとする高良田財閥グループは江戸時代の呉服店が始まりだ。
今年はそこから300年の節目として盛大なパーティーが予定されている。
華穂様には裕一郎様の娘として出席していただかなくてはならない。
「はい。パーティーまでにマナーのレッスン、会社の歴史や事業内容、取引先についての勉強をしていただきます。
あまり時間に余裕がないので厳しいスケジュールになるかと思いますが、ご了承ください。
本日は昼食まで座学をお願いいたします。昼食後は出かけますのでそのおつもりで。」
華穂様の顔が朝食を前にした時よりもさらに引きつっている。
「あの・・・・これ全部・・・?」
華穂様の問いに無言で頷く。
朝食後に案内した書斎の机の上には3cmほどの厚さの資料を3冊準備していた。
「パーティーまでに内容の把握をお願いいたします。一言一句とは申しませんが、他の方から話を振られても大丈夫なようになさってください。」
これでもかなり内容を精査して企業や財閥に馴染みのない華穂様にもわかりやすくしたつもりだ。
これ以上のスリム化は無理。
諦めて全部覚えていただくしかない。
「それでは私は昼食まで失礼いたしますので、何かございましたらお呼びください。」
「わかりました!」
ねじり鉢巻でも巻きそうな勢いで机にかじりつく華穂様に一礼してそっと書斎から出た。
厨房からもらってきた食事を自室のテーブルにのせる。
いつもなら従業員用の食堂で食べるのだが、今日は考えたいことがあったので自室に戻ってきていた。
テーブルに乗せていた書類に目を通す。それは昨晩、華穂様の勉強用資料から抜き取ったものだ。
「どうしよっかなぁ・・・・・・」
資料の枚数は5枚。
そのどれもに見目麗しい男性の写真がついている。攻略対象者だ。
創立記念パーティーはほとんどの攻略対象者との出会いイベントだった。
資料を作っている時はゲームのことを思い出していなかったので普通に入れていたが、思い出した昨晩『まずいかもしれない』と思い抜き取った。
資料は事前の知識という話す時の武器にもなるが先入観にもなる。
先入観を与えてもいいものか、第一印象を大事にしてもらうべきか。
そもそもこのイケメン達、写真で先に見せるより生で見てもらった方が華穂様への衝撃が強そうだ。
「でも、この人たちだけ無いってのも・・・・」
粗相がないように招待客の情報は全て資料にしていた。
一部の人間だけないのも不自然すぎる。
今日のうちに招待客の資料まで行き着くとは思えないから、5人分の資料を戻すのは簡単だろうが。
「んー・・・・・・」
あぁ、現実ってゲームより難しい。




