21
「あー、疲れたー!!」
ソファーで思いきり伸びをする華穂様にお茶を入れる。
先ほど英語のレッスンが終わったところで、今は休憩時間だ。
「英語は苦手ですか?」
「うん。中学の時から苦手で・・・・・。まさか大人になってから勉強し直すなんて思わなかったよ。」
「裕一郎様は外国人のご友人も多いですし、覚えておくと便利ですよ。」
「わかってるけど、これがなかなか・・・・」
そんな会話をしていると、部屋の扉がノックされた。
何かと思って開けてみるとお手伝いさんが来ていて要件を伝えてくれた。
「華穂様、秀介様がお越しです。華穂様にご挨拶をとのことで応接室でお待ちいただいているようですが・・・。」
「え?何の用だろう??とりあえず秀介さんのところに行こう。」
華穂様とともに急いで応接室に向かう。
応接室ではスーツ姿の秀介が待っていた。
「すみません、お待たせしてしまって。」
「いや、僕の方こそ急に呼び出してすみません。せっかくお屋敷に来たから華穂さんの様子も診ておこうと思いまして。」
「父が秀介さんを呼んだんですか?父は今日仕事だったと思うんですけど・・・」
「裕一郎さんに呼ばれたんですが、裕一郎さんに要件があるわけじゃないんです。
こちらにお勤めの庭師のお爺さんはわかりますか?
あのお爺さん腰痛持ちなんですが、病院嫌いで頑固で。
その状態で無理して仕事をするものだから、心配した裕一郎さんに頼まれて2週間に1回診察に来ているんです。
今までは父が診に来ていたんですが、今回から僕が引き継いだんです。」
「そうなんですか。往診ありがとうございます。」
「華穂さんは少し体調が悪かったり悩んでいることがあったはしませんか?
裕一郎さんが、今までとずいぶん環境が変わったから無理してるかもしれないと心配していましたが・・・。」
「大丈夫です。確かに今までとはずいぶん違いますけど、その分いろんなことが新鮮でとても楽しいんです。」
「華穂さんは今どんなことをしているんですか?」
「毎日いろんなことを勉強しています。さっきは英語の勉強をしてました。この後はマナーなんですけど・・・・。」
これはカウンセリングか何かだろうか?
まるで自分でも気づかなかったストレスを発散させるように、秀介の質問に華穂様がペラペラと答えて行く。
その答えに相槌を打つタイミングが絶妙で、ますます華穂様は楽しそうにお話をする。
「そんなにたくさんの新しいことを学んでるんですね。」
「そうなんです。どの授業も面白いんですけど、英語はちょっと苦手で・・・・。」
話続けて、気がつけば一時間過ぎていた。
そろそろマナーの講師がやってくる時間だ。
カウンセリングだとすると途中介入は良くないかもしれないので、じっと秀介に視線を飛ばす。
それに気づいた秀介から微笑みが帰ってきた。
「英語は習うより慣れろですから。僕でよければ次にお会いした時に英語で簡単な会話でもしましょう。
マナーの授業も含めて、イギリス式アフタヌーンティーなんかいいですね。」
「あ、マナー!」
秀介の言葉に華穂様は次のレッスンを思い出したようだ。
「秀介さん、すみません。
わたし、そろそろ次のレッスンの先生が来ちゃうんで失礼します。
今日はたくさんお話できてとても楽しかったです。
英語、また次回お茶しながらよろしくお願いします。」
「こちらこそありがとうございました。
また2週間後にお伺いしますので、ゆっくりお話ししましょう。」
華穂様が次のレッスンに向かわれたので、秀介の見送りは私がすることになった。
「本日はありがとうございました。華穂様もずいぶんスッキリしたお顔をされていました。」
「いえ、普段から信頼関係を築くのは大切ですし、患者さんの心の負担を減らすのも医師に役目ですから。」
『平岡さんもお気軽にどうぞ。』と言い残して、秀介は帰っていった。
しかし、見事な話術だった。
何も特別な話し方をしているようには見えないのに、相手の口からすらすら言葉が出てくる。
世が世ならその甘いマスクと話術でスパイか何かになれそうだ。
華穂様がメインなので私とじっくり会話することはあまりないだろうが、気をつけた方がいいかもしれない。
うっかり油断するとこの世界がゲームだなんだと話してしまうかもしれない。
私は秀介と接する時は、慎重に慎重を重ねることを決めた。




