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「わぁ!かわいい♡」
「うふふふふ。これはあの子が2歳の頃ねぇ。」
目の前に広げられているのは古いアルバムだ。
転んで泣いている幼子は雛ちゃんそっくりで女の子と見紛うばかりに愛らしい。
くりっくりの目につやつやの髪と色白の肌。
スポーツ選手だから焼けてしまっているのか、小さい頃の隼人の肌は真っ白でマシュマロのようなさわり心地に見える。
「このちらは隼人くんのお父さんですか?」
先ほどより少し大きくなった隼人が20代くらいの男性に肩車されている。
顔は・・・・・・あまり似ていない。
「そうよぉ。あんまり似てないでしょう?顔はわたしに似ちゃったからぁ。」
「顔は確かにお母さんに似てますけど、優しい雰囲気とかはお父さんに似てると思います。」
隼人母が軽く目を見開いたのがわかった。
私ももう一度写真を見てみるが、楽しそうな空気は読み取れるが似ている所は見つけきれない。
「・・・・・隼人は顔はわたし似なんだけど、性格は父親そっくりなの。よく写真だけでわかったわねぇ。」
「表情が今の隼人くんとそっくりなんです。
だから、きっともお父さんも隼人くんみたいに優しくてちょっと照れ屋さんなんだろうなぁって。
きっと素敵なお父さんなんでしょうね。
一度お会いしてみたいです。」
「・・・・・本当に、あの人にも会わせたかったわぁ。わたしたちの息子ははこんなにいい人を好きになったんだってぇ。」
隼人母が愛おしげにでも切なそうに華穂様を見ている。
視線の理由がわからない華穂様は軽く首を傾げた。
「あの・・・どうかされました?」
「きっとあの子の父親があなたに会ったらすごく喜んだと思うと、少し・・・・ね。
隼人も高良田さんも、華穂さんにはお話ししてないみたいねぇ。
あの子の父親は6年前に事故で亡くなってしまっているの。」
「え?」
「飲酒運転の車にはねられて・・・・ね。
雛はまだお腹の中で、あの子は中学2年生になったばかりだったわぁ。
突然のことで家族みんなショックで塞ぎ込んでしまったのぉ。」
アルバムをゆっくりめくる。
雛ちゃんの名前の入った母子手帳を持った三男の大和くんの写った写真から、次の写真は一気に雛ちゃんが生まれた時にものになっていた。
それまでは月に3枚くらいのペースで写されていた写真が、すっぽり8カ月間抜け落ちている。
「ほんとぉはねぇ、わたしが支えなきゃいけなかったんだけどぉ、つわりやショックで流産しそうになったのもあってそれができなくって。
隼人は優しいから、わたしの代わりに家事や弟たちの世話を率先してやってくれたわぁ。
だから、わたしはゆっくり休んで雛をお腹の中に留めることができたんだけどぉ。
3ヶ月くらい経って、わたしが起き上がれるようになった頃、隼人はぷっつりと糸が切れるように抜け殻になってしまったわぁ。」
その頃のことを思い出したのか、母の顔が苦しそうに歪む。
「食事もほとんど食べなくなったし、学校にもいかない。部屋からも出てこなくなっちゃってぇ。
話しかけても聞いてるのか聞いてないのかもわからないような状態。
わたし、どうしたらいいのかわからなくて途方にくれちゃったわ。」
ゆがんでいた顔が今度は自嘲気味に笑う。
「母親失格ねぇ。あの子はわたしを必死に支えてくれたのにぃ、わたしはあの子になぁんにもできなかったぁ。」
静かに話を聞いていた華穂様が口を開く。
「そんなこと、ないと思います。
お母さんや雛ちゃんたちを守りたいと思ったから、隼人くんは頑張れたんです。
最初に頑張れたから、今の隼人くんがあるんだと思います。」
「こんなダメなわたしをフォローしてくれてありがとぉ。」
隼人母の言葉に華穂様は首を振る。
「フォローなんかじゃなくって、本当のことを言っただけです。
わたしがそうでした・・・・・・・・。
わたしも中学生の時に唯一の肉親だと思ってた母を病気で亡くしました。
最近、父に引き取られるまでずっと母子家庭だと思ってたんです。
隼人くんみたいに突然じゃなかったから覚悟はしてたけど、それでもやっぱり辛くって。
『天国のお母さんが心配するからしっかりしなくちゃ』
って、母が亡くなってそればっかり考えてました。
葬儀も済ませて、児童養護施設に移って、ずーっとバタバタ気を張ってて。
ある日、突然何もかもが億劫になりました。
きっかけなんてなかったと思います。ほんとに糸が切れたみたいにふっと何もかもが色褪せちゃって。
・・・・・・・・・・・・そんな私を支えてくれたのは施設の先生や友達でした。
気を張って無理をしている時にできた繋がりが、私を助けてくれました。」
華穂様がにっこりと笑う。
「隼人くんもそうだと思うんです。
きっとお父さんのことがショックでその時そのまま塞ぎ込んじゃって、雛ちゃんやお母さんに何かあったら、隼人くん立ち直れなかったと思います。
大切な人が元気でいてくれるだけで、支えになるんです。」
「・・・・・・・ほんとにいい子ねぇ。」
滲んできた涙を拭うように、隼人母は目尻をこすった。
実は閑話も合わせるとこれが100話目だったり。
ずいぶん遠いところまできたもんだ。
ここまでお付き合いくださった読者様、ありがとうございます。
あとどの位続くのかわかりませんが(気持ち的には終盤に入りたい気分)これからもお付き合いくださると嬉しいです。




