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真夏のかぐや姫  作者: かなぶん


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9日目 かーちゃんの女

 いずれは来るだろう、姫との別れ。

 ならばいっそ、自分から――。

 そんな風に思ったところで、実行できるかどうかは別の話。

 しかも昨日、子どもたちに気後れして手を振るだけに留めた身では、あれをなかったことにして会える顔もない。

(……こ、このまま、なし崩しで会えなくなったら、それはそれで)

 昨日の夜、由衣に向かって「誰かの手は借りない。終わらせるなら自分でやる」みたいな大見得を切ったくせに、なんとも消極的な考えである。

 歯にモノが挟まったような気持ちはあるものの、思い返せば姫と誰かの別れは話で聞く限り唐突だった。それなら小夜もこのまま、別れの言葉も告げずに姫の前に現れなくなっても、特に問題はない気がする。

(うん、まあ、なんたって、夏休みが終わる前には寮に戻るんだし? それに来年は本格的に大学受験に本腰入れてるか入れ始めてるだろうから、ラジオ体操に行くかどうかも分かんないじゃない? だからこのままでも、問題はないとか……ない?)

 誰に問うでもない問いかけを宙に溶かし、結局ラジオ体操に行かなかった小夜は、この選択の方が自分らしくて良い気さえしてきた。

 元々小夜の中では、不動の「他人で大人」だった姫。

 知人とは言えるが、大人と子どもではそもそも役回りが違う。

 一度として並び立った覚えはない。

 ただ、姫の周りで愉快にはしゃいでいただけだ。

 だからもう、いい加減、ここまでが限度なのかもしれない。

 自分自身をそんな風に納得させる。

 このままフェードアウトしても、おかしなことは何も――。

 そんな耳に届く、母の声。

「あ、小夜。今日の晩ご飯、朔良(さくら)が来るんだけど、どうする?」


* * *


 朔良というのは、小夜の一つ上の兄である。

 そして彼は、小さい頃から小夜のことを目の敵にしていた。

 母や父からはもちろん、年の離れた姉からも可愛がられていたのが、急に出てきた妹のせいで台なしになったせいだと、小夜は昔、彼自身から聞いていた。

 一つしか年が離れていないのにずいぶんな妬みぶりだが、そんな記憶を持っていられるほどには昔から頭が良く――基本的には頭が悪いと小夜は思っている。

 なにせ朔良は、そんな自分の嫉妬心を隠しているつもりで、昔から誰にも隠せていないのに、全く気づいていないのだから。

 そんな朔良が晩ご飯を食べに来るとわざわざ伝えた母の真意は、簡単だ。

 面倒なヤツと食事を共にするか、他で食べてくるか。

 ――たとえば、夏祭りとかで。

 追い出すように見えて、その実、いくら言っても妹との接し方を直さない息子から、娘を遠ざけ守ろうとする母心である。

 察してあまりある小夜は、面倒な兄が理想とする家族の食卓のため、夏祭りに出かけることとなった。

 とはいえ、まだ陽は高い。

「あっつ……」

 うっかり朔良と出くわさないためにも、すぐに家を出た小夜は後悔する。

(……朔良のヤツ、夏休みは一人暮らしの友だちと合宿するとか言ってたくせに、急に帰ってくるとか。どうせなら、アイツの嫌がる顔を見てから出れば良かったかも)

 すでに戻る気にもならない距離まで歩いてきたところで、そう思い、夏祭りの会場に程近いスーパーの中で少し涼もうかと足を向けたなら、

「あ! かーちゃんの女!」

(ん?)

 珍妙に思える子どもの大声に足を止める。

 かーちゃんとは母親のことで、「の女」とは通常、恋人、彼女、愛人、とにかく、その辺の存在を表わしているはず。

 昨今、その辺は一部寛容というか、オープンになってきたとも言われている訳だが、子どもの声でそれを言われると、何とも言えない気持ちになる。

 なんて言葉を子どもに憶えさせたのか。

 思わず怪訝な顔で声の方向を見れば、知らない男の子が真っ直ぐこちらを、小夜を指差していた。驚いて目を見開き、それとなく自分の後ろを確認しては、また目を戻して差されたままの自分の顔を、己でも指差す。

「わ、私のこと?」

 どこぞの母親の女になった覚えはないぞ。

 混乱する小夜を余所に、大きく頷いた男の子は、友だちだろうか、他にも二人を連れ立って小夜の前に立ち塞がった。

 雰囲気から見て、夏祭りに来た子どもたちとは分かるが。

「ええっと……その、かーちゃんっていうのは……」

 まさか君のお母さん? とも聞けずに続く言葉に迷ったなら、彼は言う。

「そんなもん、公園のかーちゃんに決まってるだろ!?」

「公園の、かーちゃん?」

「かぐや姫のおっさんだよ! かぐや姫の!」

「あー……」

 正面切って言われた「かぐや姫のおっさん」の威力に、少し戸惑う。

 真っ直ぐ言われると、こんなにも違和感があるものなのか。

 自分は散々「姫」と呼び続けていたにも関わらず、惚ける小夜に彼の友だち二人も加勢していく。

「かーちゃんの女さん、今日来なかったでしょ」

「かーちゃん、寂しそうだったよ? お姉さんが来なくて。振られたのって聞いたら、違うって言われたけど、そうかもなって」

「俺の妹なんて、かーちゃんのこと好きだったのに、もう会えないんだぞ!」

「ええっと……」

 口々に元気よく叫ばれるばかりの小夜は、何から訂正して、どう聞いたものか、しばし迷う。

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