8.新しい一歩を
「お父様にお願いがあります!」
そう言って、父の執務室を訪ねたアリシアの目は希望に満ちていた。
学園を休んで十日、そろそろ復帰する心づもりができたのかと思いきや、娘はとんでもないことを言った。
「私、クライドルに留学します」
「んん? なんでまた?」
実はこの国より、隣国クライドルのほうが経済も学術も発展している。
おまけにアリシアの母はクライドルの伯爵家の娘で、アリシアも幼少の頃より何度も訪ねたことがあった。
「えぇー、嫌だよ。お父様寂しいよ?」
子爵のそれは本心だった。
ブルーベル子爵家にはアリシアの上に息子が三人。すでに成人して、それぞれが家門の繁栄に貢献しているのだ。
子爵は王都の屋敷で学園に通うアリシアと暮らしているけれど、長男は母親と領地に住んでいる。
次男は市井でブルーベル家の礎である貿易商会の経営に携わっているし、三男はクライドルで跡取りのいなかった母の実家を継いでいる。
末っ子のアリシアは、しかも待望の娘。幼いころからなんでもアリシアの望むようにしてやりたいと、一目惚れしたマークとの縁談も受け入れたし、将来嫁入りした際アリシアが苦労せぬようにと、フロックス領への資金援助も惜しまなかった。
まあ、結果として無駄になったわけだが。
「お父様? 私、これからは勉学に励みます。もちろんこれまでも努力してきましたけれど、クライドルでもっと上を目指したいのです!」
カッコいいことを言っているが、正直な話、アリシアはもうマークと顔を合わせたくないだけだった。
あれから毎日謝罪の手紙と詫びの品が届く。四日目からは花束も届くようになったが、結局一度も手紙を読んでいない。
アリシアは知っていた。
マークから送られてくる手紙はすべて、家令の息子ケインが書いているということを。
「お父様。私、これを機に成長したいのです」
父の向かいに立ち、上目遣いで訴えるアリシア。こうすればどんなことも父は叶えてくれる。
けれど......
「いえ。ごめんなさい、お父様。正直に申し上げます。
本当はもうあの学園に通いたくないのです。あそこには惨めで情けない思い出ばかりで......
私、もうマーク様にもあのお相手の方にも会いたくないのです。
学園生活もあと一年ですが、残りの一年は新しい環境で今までのニ年を取り返せるくらい楽しい時間を過ごしたいのです」
両手をぎゅっと握りしめ、たしかな決意をもってそう告げる娘にとうとう子爵は折れた。
「そうかぁ。そうだよね。まあ、僕だってあんなヤツに会わせる気なんてないんだけどね」
それから子爵はアリシアの頭を優しくなでると、執務机の上に置いてあった封筒をとって娘に見せた。
「これは?」
「ふふ、開けてみるよ」
不思議そうに見上げるアリシアに微笑んだ子爵は、ペーパーナイフで封を切った。
そして中の書類を広げるとそこには__
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転入許可書
3年 アリシア・ブルーベル
当学院への転入を許可します。
王立クライドル高等学院
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「お父様!!」
アリシアは我慢しきれず父親に抱き着いた。
「ハハ! お父様のことが好きかい?」
「はい、大好きです!」
子爵は、アリシアがマークに頬を打たれたあの日からすでにこのことを計画していた。
今通っている学園にも、アリシアが早退した翌日には内密に手続きを開始させ、クライドル高等学院からこの許可書が届いたのが昨日のことだった。
「寂しいけど仕方ないよね。大好きな娘の頼みだもの」
子爵は目じりに皺をよせて笑った。




