ロスヴィータとノア④
週末。
ツィマーマン公爵家の応接室にて。
「改めて謝罪させてくれ。君には過去、本当に失礼なことをしてしまった……」
ソファに腰掛けたまま深く頭を下げたのは、ツィマーマン公爵閣下――ロスヴィータの父である。
隣の夫人も、夫に倣って顔を伏せた。
「いえ、どうか顔をお上げください」
対面に座るノアが、少し慌てたように声をかける。
その姿は、まさに好青年そのものだった。
ノアの隣には、ツンとすましたロスヴィータが行儀よく腰掛けている。
あの夜以来、公爵夫妻も、控える使用人たちも、すっかりノア・カウフマンという男に惚れ込んでいた。
一見、細身で頼りなさげな男。
淡い緑の髪に、水色の瞳。
柔らかく穏やかな雰囲気をまとっている。
だが――
学院では六年間、常に成績トップ。
剣術部では主将を務め、今も鍛錬を欠かさない。
どれも、かつてロスヴィータが語っていたこと。
正直、誰も信じていなかった。
だが、すべて真実だった。
だからこその、あの動き。あの跳躍。
そしてあの夜、泣きじゃくるロスヴィータを守るように抱きしめた姿は、翌日には非番の騎士や使用人にまで知れ渡っていた。
今やこの公爵家で、ノア・カウフマンは英雄のように扱われている。
「……たしかに、あの頃の私は世間知らずの若造で――」
「やめてくれ!」
公爵が思わず言葉を遮る。
「君が誰より優れた実業家であることは、もう十分わかっている……」
額の汗を拭いながら、苦々しく続ける。
見た目通りの優男ではない。
それどころか――とんでもない怪物だ。
三年前。
見た目だけで判断し、よく調べもせず、完膚なきまでに叩きのめした。
ただ――
娘が惚れている。
それが気に入らなかった。
『出直してこい!』
求婚の品を突き返し、二度と来るなと心で願いながら追い返した。
だがその後、調べて知った現実。
ノア・カウフマン伯爵。
母方の実家を継ぐために、幼い頃カウフマン家の養子に入った彼の元の姓は、ブルーベル。
まず、隣国ランタナで子爵を賜るその家名を侮ってはならなかった。
ランタナではベル商会、ここクライドルではクリンゲル商会。貴族がおおよそ手にするもの、彼らの商会はそれを一手に引き受けている。
そして、このノア・カウフマンが学院中等部に在籍する頃から手がけている、帝国のソネット商会。
今、帝国でもっとも業績を上げている商会と言われ、すでに経営規模は帝国内で五本の指に入るまでに成長しているという。
それだけではない。
クライドルの首都と各都市、引いては帝都まで延びる鉄道網。この巨大事業を牛耳っているのも、公爵が『すねかじりの若造』と見下し、散々コケにして追い払ったこの男なのだ。
すべてが、桁違いだった。
娘にとっても、この国のどの令嬢にとっても、最高の良縁。
それを公爵は自ら叩き潰した。
(……どうやっても取り返しがつかん)
本当はそう理解していた。
それでもなお、彼はロスヴィータを諦めなかった。
だからこそ――
(何を差し出してでも、誠意を見せねばならん)
公爵の額から、汗が伝う。
「……あの時は、私が愚かだった。本当にすまなかった……」
再び頭を下げる。
「娘を……ロジーを諦めないでいてくれて、本当にありがとう」
夫人も涙ぐむ。
「どうかお気になさらないでください」
ノアが微笑む。
「こうして今、認めていただけた。それで十分です」
その瞳は澄みきっていた。
――その腹の内など、誰も見抜けないほどに。
「十分なわけがない」
公爵は書類を差し出した。
「持参金のリストだ。確認してほしい」
ノアは目を落とす。
「――っ」
一瞬で内容を把握する。
口元が緩みそうになり、即座に表情を整えた。
「これは……さすがに過分では?」
顔を上げる。
公爵夫妻は、穏やかに首を横に振った。
「ヴィー、君からも言って」
ノアが隣を見る。
「……ノア様? 私にその価値がないと?」
ロスヴィータはいつもの高慢ちきな調子に戻っていた。
ただ一つ違うのは――
盛りに持っていた胸の詰め物を、半分くらいに減らしたこと。
振り向いてもらうため、あえて作り出していた巨乳はもう必要なくなった。
かといって、急に全てを取り去ってしまうのも不自然なわけで。
「私は王家の血を引く者です。筆頭公爵家であるツィマーマン家の嫡女。
この国で三番目に尊い女性は、この私です!」
いつものように胸を突き出し、高飛車に言い放ったロスヴィータだったが、
――足りない。
思ったより胸が無くて、一瞬よぎる不安。
ノアはその水色の瞳を細めて、愛しげにロスヴィータを見つめ返した。
「ほぅ……」
若い二人の甘やかな空気に、周囲からため息がもれる。
しかし、誰も知らない。
ロスヴィータの恥じらい、瞳によぎったその一瞬の動揺を、何より愛でているのがこの男、ノア・カウフマンだということを。
「では――」
ノアは静かに立ち上がった。
「このノア・カウフマン。ご厚意に報いるため、今後とも精進いたします」
そして、再びロスヴィータへと視線を向ける。
「我が最愛のロスヴィータ嬢を、大陸一幸せな花嫁にすると誓います」
ノアが、本当に欲していたもの。
ピンクトルマリンの鉱山。
最近発見された、ラピスラズリの鉱山。
そして、夫人が降嫁された際に持参した元王家直轄領における、鉄道の通行権。
だが――
提示されたのは、それ以上だった。
二つの鉱山は狙い通り。
違うのは、元王家直轄領そのもの――所有権、丸ごと。
(……これは、笑いが止まらないな)
内心を押し殺しながら、ノアはそっと微笑む。
――コンコン
控えめなノック。
扉が開き、公爵家嫡男のフランツが顔を覗かせた。
「義兄上、話はまとまりましたか?」
その呼び方は、すでに確信に満ちている。
彼もまた、すっかりノアに心酔していた。
「もう、フランツ! 馴れ馴れしくってよ!」
「いいじゃないですか! 誰のお陰でこんなに早くまとまったと思ってるんです?」
得意げに言い放つフランツ。
だが、その言葉は間違っていない。
あの夜――
機転を利かせ、ノアに急報を打ったのは彼だったのだから。
「皆様、晩餐のご用意ができました」
そこに、静かな声が割って入る。
フランツの背後に控えていたのは、ロスヴィータ付きのメイドだった。
その視線は一度、ノアに向く。
ほんの一瞬。
すぐに伏せられ、何事もなかったかのように頭が下げられた。
ノアの野望は――
まだ、始まったばかりだ。
(おしまい)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
バイーンのロスヴィータ嬢。
とっても可愛いけど、前話では可哀想だったかな......
ノアは見た目詐欺系ヒーローですが、愛は本物です。たぶん。
近日中に、
『非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されています~』
っていうお話をアップしていきます。
良かったら、こちらも読みに来てくださると嬉しいです!




