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アリシアの恋は終わったのです【完結済】  作者: ことりちゃん
番外編

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ロスヴィータとノア②

 ――取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。

 公爵は自問する。


『それ、一体どういうことですの?』


 公爵は何も言えなかった。

 それどころか、問いかける愛娘の顔を見据えることさえできなかったのだ。


 思えば、王女であった妻を娶るために随分苦労したものだ、と公爵は振り返る。


 ツィマーマン公爵家の嫡男として早くから王城へ上がり、当時王太子であった現王とは幼馴染であった。

 必然、王妹である妻とも幼馴染というわけだが、長い年月をかけて想いを育ててきた公爵とは違い、妻のほうはまったく公爵を意識していなかった。


 年頃になり、互いに婚約の話が出る中で、公爵は何度となく王女であった妻に想いを伝えた。

 最初のうちは冗談としてかわされてしまったが、何度もしつこくアピールするうち、ようやく自分のことを男として意識してもらえるようになった。


 しかしそんな矢先、妻に帝国の第二王子との縁談が舞い込んだのだ。


「はぁ……こんな昔話など……」


 公爵はソファの背もたれに頭を預けた。

 今は執務室にひとり、頭を冷やすつもりで閉じこもっている。


 あの時、ひと言も言葉を発することのできなかった公爵に代わり、場を取り繕ったのはフランツだった。


 フランツは勝手に求婚を断った父を責めはしなかった。

 ただ静かに、三年前にあの方から結婚の申し入れがあったこと。自分たちが知らぬ間に父が断ってしまったこと。

 その事実だけを淡々と姉に伝えた。


「……そう」


 ただそれだけだった。


 ロスヴィータはその場で泣き崩れることも、わめき散らすこともなかった。

 ただ静かに一言こぼしたあと、そっと扉を閉めて行ってしまった。


 その様子が、普段のロスヴィータからあまりにもかけ離れていたため、公爵も夫人も、そしてフランツも、余計に胸が痛んだのだった。



 翌朝、ロスヴィータは部屋から一歩も出てこなかった。

 もちろん学校も休んでいる。


 鍵の掛けられた部屋には誰も入れてもらえず、部屋の前に置かれた食事にも手をつけた様子はなかった。


 そして夜。


 ダイニングルームにはロスヴィータを除いた家族三人が集まっているが、相も変わらず、なんとも言えない息苦しさに包まれていた。


「むしろ責めてくれたら……」


 公爵が独りごちるが、誰もそれに続かない。


「……修道院」


 ふいにフランツが呟いた。


「何だって?」


 聞こえてはならない単語が聞こえた気がして、公爵は聞き返す。


 するとフランツは、今度は父のほうへ顔を向け、はっきりと告げた。


「修道院ですよ。以前、姉上がおっしゃっていました」


「どういうことだ?」

「どういうことなの?」


 今度は両親揃って問う。


「もしノア様と結婚できなかったら、修道院に入ると――」


「ならん!」

「そんな!」


 子の幸せを願わぬ親などいない。

 公爵も夫人も、結果的には恋愛を経て結婚に至り、その夫婦仲は社交界一とも噂されるほどだ。


「あなた」

「むぅ……」


 夫人が何かをねだるように公爵を見つめる。


「あなた!」

「いや、しかしだな。一度断っておきながら、その、こちらから願い出るなどというのは……」


「あなた!!」

「いやダメだろう! 彼奴はすでに他の女性と良いご縁ができたのだろう? そのような噂で持ちきりだと言っていたではないか!」


 公爵夫妻がそんなやり取りをしていると――


 ――コンコンコンコン!!


 落ち着きのないノックが響いた。


 同時に扉が開き、一人のメイドが呼吸もままならぬ様子で転がり込んでくる。

 ロスヴィータ付きのメイドだった。


「あの! お、お食事中に失礼いたします! お嬢様が、お嬢様がっっ!!」


 ただならぬ様子に、公爵夫妻も言い争いをやめた。


「しゅ、修道院に入るとおっしゃって……髪を切るから鋏を持って来いと――」


「なんだって?」

「なんですって?」


 公爵夫妻は同時に立ち上がり、手にしていたカトラリーを投げるように置くと、すぐさまロスヴィータのもとへ駆け出した。


 そんな両親の背中を、フランツはただ静かに見送っていた。

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