10.門出の日
マークが二週間ぶりに登校したその日。
アリシアは馬車で隣国クライドルへと旅立って行った。
送り出す際、子爵は抱きしめたアリシアをなかなか離してやることが出来なかった。
けれど、家令とメイド長に説得されて、涙ながらに送り出したのだった。
「お父様、申し訳ありませんが例の件、よろしくお願いします」
別れ際、アリシアが父に頼んだのはマークから毎日送られてくる手紙のことだった。
マークから送られてくる手紙と贈り物は、全て開けずに集めてある。
花束だけは枯れてしまうため、アリシアがメイドに言って使用人食堂に飾らせた。
花に罪はないのだ。
アリシアとマークの婚約が結ばれたのは二人が六歳の頃だった。それから実に十年以上、アリシアはマークだけに心を傾けてきた。
手紙の中のマークは優しかったし、いつでもアリシアのことを気にかけてくれた。
贈り物だって、アリシアが興味があると話したものや好きだと言ったものをわざわざ覚えていてくれた。
そしていつだって、アリシアの好みにあった物を贈ってくれたから。
お互い成長してくると、アリシアは相変わらずマークが大好きすぎて仕方なかったけれど、マークのほうはだんだんアリシアを無視したり、素っ気なくなっていった。
けれど、手紙の中のマークはやっぱりアリシアのことを想ってくれたから、どんなに会った時のマークが感じ悪くても、きっと照れ隠しなんだわ、となおさら愛しく思ったほどだった。
けれど学園に入って、アリシアは気づいてしまった。
同じクラスだから、日直や科目の担当などでマークの答案や課題を目にすることもある。
そしたら違ったのだ。筆跡が、全くといっていいほど。
それでも手紙の中のマークは変わらず優しかったし、もう何年もそうやってやりとりしてきたから、アリシアは今まで通り手紙を出し続けた。
学園で会うマークがどんなにアリシアを疎ましく扱っても、手紙の中の人柄と全くの別人でも、アリシアは気づかない振りをした。
マークが、自分以外の女の子と仲良くなっても我慢した。
いや、時には我慢できずに「マーク様と仲良くしないでください!」と半泣きで訴えたこともあったけれど。
けれどそのうち、マークの横に彼女が居ても気持ちを抑えられるようになっていた。
だって、どうしたって卒業したらアリシアはマークと結婚するのだから……
「なぁんて、思ってた頃もありました」
アリシアは今、隣国に向かう馬車の中。
新しい生活に胸をときめかせる前に、少しだけ感傷に浸っていたようだ。
正直なところ、今頃になって熱心に送られてくる手紙は、もしかするとマーク自身が書いたものかもしれない、とアリシアも思ったりした。
けれど今更、中を開けて筆跡を確認するつもりも、彼の真意を知るつもりもさらさらなかった。
「まぁ! なんて素敵な風景なのかしら!!」
馬車の車窓から外を眺めると、黄緑色の小高い丘に深緑の針葉樹が立ち並び、青い空には雲一つ浮かんでいなかった。
「新しい生活、新しい私。ほんっと楽しみだわ!」
そうして、アリシアは三日掛けてクライドルの王都へ到着した。
王都にはアリシアの母の実家、カウフマン伯爵家のタウンハウスがあり、伯爵家の当主を務める三番目の兄が温かく出迎えてくれた。
(もう恋はゴメンだわ。ここでは誰にも振り回されずに学院生活を楽しみたいの!)
そう決意してクライドル高等学院に通い始めたアリシアだったが......
転入早々、何人もの男子生徒に言い寄られ『恋愛は、当分の間お休みすることにしています!』と宣言したとかしないとか。
それはまた別のお話で。




