第21話 切り捨て
その夜。
執務室には、再び静寂が戻っていた。
昼間の喧騒が嘘のように、音がない。
ただ、紙をめくる音だけが、一定のリズムで続いている。
「……」
エレノアは、一枚ずつ確認していた。
北側の商会。
小規模。
影響範囲は限定的。
だが――
数が多い。
そして、その一つ一つが、確実に“負荷”になっている。
「お嬢様」
代官代理が、恐る恐る声をかけた。
前任は、もういない。
昨日の決断で、すべてが変わった。
「北側の件ですが」
「はい」
エレノアは、顔を上げない。
「いくつかの商会が、再度交渉を求めています」
「内容は」
「条件の緩和を」
当然の要求。
そして――
予想通り。
「……」
エレノアは、ペンを止めた。
一瞬だけ。
ほんの一瞬。
そして。
「拒否します」
静かに言った。
その一言で、空気が変わる。
「すべて」
続ける。
「え……」
代官代理が言葉を失う。
「ですが、それでは――」
「回りません」
遮る。
「このままでは」
沈黙。
それは、全員が理解している。
だからこそ。
誰も、何も言えない。
「……切ります」
エレノアは言った。
その声は、低く。
そして、揺るがない。
「北側の小規模商会、すべて」
決定。
完全な。
容赦のない。
「……それは」
代官代理の声が震える。
「数が……」
「分かっています」
即答。
「ですが」
一拍。
「必要です」
その言葉に、感情はない。
ただの判断。
ただの結果。
「……実行します」
代官代理は、頭を下げた。
それしかできない。
それが、今の現実。
扉が閉まる。
再び、静寂。
「……」
エレノアは、ゆっくりと目を閉じた。
浮かぶ。
小さな商会。
家族で営んでいた店。
そこにいた人々。
そして――
切り捨てられる側。
「……」
目を開ける。
何も言わない。
ただ。
書類に、印を押す。
それで、決まる。
それで、終わる。
そして――
翌朝。
「何でだよ!」
怒声が響いた。
北側の通り。
数人の商人が、役人に詰め寄っている。
「急に取引停止ってどういうことだ!」
「説明を求める!」
「家族がいるんだぞ!」
声が重なる。
感情がぶつかる。
だが。
「決定です」
役人は、淡々と答えた。
「変更はありません」
それだけ。
それ以上は言わない。
言えない。
それが、命令だからだ。
「ふざけるな!」
拳が振り上げられる。
だが。
それは振り下ろされない。
分かっているからだ。
ここで暴れても、何も変わらない。
ただ。
終わるだけ。
商人は、歯を食いしばる。
悔しさと、怒りと、絶望を。
すべて飲み込んで。
「……くそ」
小さく吐き捨てる。
それが、限界だった。
その様子を、少し離れた場所から見ている影があった。
「……やるじゃない」
サラだった。
壁にもたれ、静かに見ている。
「全部、切った」
その声には、わずかな驚きがあった。
「中途半端じゃない」
それは評価だった。
だが同時に。
「……嫌われるわね」
当然の結論。
そして――
そのさらに奥。
別の場所。
屋根の上。
カティアが、同じ光景を見ていた。
「……ふふ」
小さく笑う。
「そう来るのね」
楽しそうに。
「いいわ」
目を細める。
「それでこそ」
一歩、踏み出す。
「潰しがいがある」
その言葉は、風に消える。
だが。
確実に。
戦いは、次の段階へと進んでいた。
そして。
その中心にいるのは――
切り捨てる側の女と。
切り崩す側の女。
同じ場所に立ちながら。
まったく違う方向を向いた。
二人だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
エレノアがついに“大きく切りました”。
そして同時に、
確実に「敵」として認識され始めています。
ここからは、
ただ回すだけでは終わらないフェーズに入ります。
次話では、
この決断の“結果”が一気に返ってきます。
ここが第2章の山場ですので、
ぜひブックマークして続きをお待ちください。




