第17話 利益の論理
その日の夜。
執務室の灯りは、消えなかった。
机の上には、書類が広がっている。
領地の在庫。
運送の遅延。
人員の配置。
そして――
二日という制限。
「……」
エレノアは、一つずつ確認していく。
抜けはない。
見落としもない。
だが。
足りない。
時間が。
余裕が。
そして何より――
“繋ぎ”が足りない。
「お嬢様」
声がした。
振り向くと、一人の女が壁際に立っていた。
いつからそこにいたのか分からない。
気配が薄い。
だが、存在感はある。
「サラ・グレイです」
名乗る。
短く。
無駄なく。
「……知っています」
エレノアは答えた。
黒鴉商会。
この領地の裏側を握る存在。
そして――
王都でも、何度か接点があった。
「来るのが遅いですね」
エレノアが言う。
サラは、わずかに口元を動かした。
笑みとも、嘲りともつかない表情。
「様子を見ていました」
「何を」
「崩れるかどうかを」
率直だった。
遠慮がない。
だが、それが自然だった。
この女は、そういう存在だ。
「……で」
エレノアが言う。
「結論は」
「半分」
即答。
「半分は回っています」
一歩、近づく。
「でも、半分は死んでいる」
静かな分析。
だが、正確。
「二日では足りません」
断言だった。
その言葉に、部屋の空気が一段冷える。
「分かっています」
エレノアは答える。
否定しない。
できない。
事実だからだ。
「では、どうするつもりで?」
サラが問う。
その目は、試している。
「削ります」
エレノアは言った。
「……どこを?」
一瞬の沈黙。
そして。
「“無駄”を」
静かな答え。
だが、その意味は広い。
「具体的には?」
サラはさらに踏み込む。
エレノアは、書類を一枚手に取った。
「北側の小規模商会」
指で示す。
「ここは切ります」
「……大胆ですね」
「維持できません」
即答。
「規模が小さく、影響が局所的。ここを残すより、他を優先した方が全体が回ります」
合理的な判断。
だが――
「恨まれますよ」
サラが言う。
「確実に」
「ええ」
エレノアは頷く。
「ですが」
一拍。
「それでも、回す方が優先です」
その言葉に、サラはしばらく黙った。
そして。
「……変わりましたね」
小さく言う。
エレノアは視線を向けた。
「どこが」
「前なら、迷いませんでした」
サラは言う。
「“切る”と決めた瞬間に、全部切っていた」
淡々とした指摘。
「でも今は」
少しだけ目を細める。
「考えている」
沈黙。
エレノアは、何も言わなかった。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ。
沈黙。
「……それでいいと思いますよ」
サラが続ける。
意外な言葉だった。
「中途半端は死にますけどね」
すぐに続く。
現実的な一言。
エレノアは、ゆっくりと息を吐いた。
「助言ですか」
「いいえ」
サラは首を振る。
「商売です」
一歩、さらに近づく。
「私と組みますか?」
その言葉は、軽かった。
だが――
意味は重い。
「条件は」
エレノアが問う。
迷いはない。
サラは、少しだけ笑った。
「利益、三割」
「高い」
「安いですよ」
即答。
「この状況で“確実に動く”手段です」
沈黙。
エレノアは、考える。
頭の中で、計算が走る。
利益。
流通。
影響。
そして――
時間。
足りない。
自分一人では、二日では回せない。
だが。
この女と組めば――
「……分かりました」
短く言う。
「組みます」
その決断は、速かった。
だが。
それは同時に――
“依存”の始まりでもあった。
「いい判断です」
サラが言う。
「嫌いじゃない」
その言葉に、感情はない。
ただの評価。
「では」
手を差し出す。
「契約成立、ということで」
エレノアは、その手を見た。
一瞬だけ。
ほんの一瞬。
そして。
握った。
その瞬間。
流れが変わる。
動き出す。
だが同時に。
別の歯車も、回り始めていた。
それが何かは――
まだ、誰も知らない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに“裏側の存在”が本格的に関わってきました。
そしてエレノアは、
初めて「他者に依存する選択」をしました。
これが吉と出るか、凶と出るか。
次話では、
その選択が“誤算”として現れ始めます。
ここから一気に物語が加速しますので、
ぜひブックマークして続きをお待ちください。




