共に見上げた空は
「セシリーが欲しいなら持っていっていいぞ」
向日葵畑へ訪れた日を境にグッと私とボルケノ様の距離はぐっと縮んだように思う。
今夜も寝室でまぐわうことこそ至らないものの、ボルケノ様の角を触らせてもらっていた。瞑想でもするかのようにボルケノ様は目を閉じて私のなすがままである。
そうやってベタベタと何も言われないのを良いことに好き勝手にしていたところ、突如ボルケノ様から許可が出た。
ただボルケノ様の言葉が何を示しているのかわからず戸惑っていれば、トントンと彼は己の角を指で叩く。
「オーガ族ですら、そうそう簡単にはできないが……セシリーならたぶん折れるだろう」
「あの、ボルケノ様。先程からお話してるのって、まさか」
「角についてだが」
当たってほしくない予測が的中してしまった。
確かに私は戦うのが得意だけども、別に暴力が好きなわけではない。問題解決の手段の一つには置いているし、なんなら優先順位が高めではあるけども。
必要がなければバイオレンスに走ったりはしない。ましてや好きな人を痛めつけるような真似は躊躇して当然だろう。
だがよく考えたら私が暴力行為と認識しているだけで、オーガ族にとってはコミュニケーションの一つなのかもしれない。いわゆる異種族ギャップというやつだ。
こういうのは疑惑が出た時点で擦り合せておくべきだろう。
「折れても痛くないんですよね?」
「祖父に聞いた限りではものすごく痛いらしい。なんなら折った後も数年は痛いって言ってたな」
「……角を折った場合、どの程度で生えてくるんですか?」
「二度と生えてこないが」
やっぱり暴力行為じゃないか!!
なんなら、たぶん尊厳破壊や無力化とかに使われてる方法な気がする。ボルケノ様のお爺様にいったい何が。
というか何故そんなものを私はボルケノ様に勧められているのか。急に怖くなって彼の角から手を離して気持ち間を置く。
「オーガ族の角はさして美しいものでもないし、魔力の根源でもないから価値はない。祖母も貰ったはいいが正直扱いに困るって言ってたしな。だから廃れた風習なんだが」
「私としてはボルケノ様に対してそんな取り返しの付かない真似はしたくないんですが……えっと風習、ですか?」
「ああ。生え替わらない、取り返しが付かないからこそ永遠の愛の誓いとして贈ったんだ」
「なるほど……………………永遠の愛!?!?」
「あ」
さらっと流しそうになってしまったけれど、聞き捨てならないワードが出てきて思わず叫んでしまう。
ボルケノ様も今ご自分の発言に気付いたらしい。少しだけ悩んでいたものの、ボルケノ様は深呼吸をして私に向き合った。
「こんな締まらない形になって悪いが……俺はセシリーを愛している」
「私もボルケノ様が好きです、大好きです、お慕いしてます、愛してます!!!」
言い損ねていた感情をここぞとばかりにぶつける私にボルケノ様は面食らっていた。
本当は言いたくて仕方なかったけども。けど初めの頃のボルケノ様にこれ以上何かを背負わせるべきではないと思ったから。手紙で間接的にはともかく直接伝えるのは控えていたのだ。
でもぐいぐい迫った私に、今のボルケノ様は嬉しそうに微笑む。だからきっともう大丈夫だ。
「じゃあ、今のボルケノ様的に私は抱けますか!?」
「えっ」
「いけますか!?!?」
「むしろセシリーはいいのか? さっきの今で」
「いつだってバッチ来いでした!!」
「バッチ来いなのか……」
私の勢いに押され気味だったボルケノ様だけれど、覚悟を決めたようで私を腕に収める。それにより初夜の時とは体勢が逆になった。
唇を重ねられる。結婚式以来のキスにうっとりと夢見心地で目を閉じて。
シーツに体が沈む。絡められた指、その手の大きさの違いにただでさえ早い心臓が余計に脈打つ。チャンスは一度だけ、失敗は許されない。
気を引き締め、私は待ち望んだ夜へと身を委ねたのだった。
◇
夢のような夜が終わり、一眠りしたところで私は飛び起きる。
まずい! 神経を使う作業をしたせいか、うっかり寝入ってしまった。余韻を台無しにしてでもすぐに動くべきだったのに。
急いでボルケノ様の顔を確認し、かろうじて間に合いそうだと胸をなで下ろす。とはいえグズグズしていられない。
「ボルケノ様、ボルケノ様、起きて下さい」
「ん……セシリー、どうした?」
「申し訳ありません。でも今しかないんです、どうかついてきてください」
深く寝入っているボルケノ様を強く揺さぶる。
説明している時間が惜しい為に無茶を言ってしまったが、ただならぬ私の様子にボルケノ様は急いで服を纏ってくださった。準備ができたところで早足で執務室へと向かう。
『ん? あれ、ボルケノにセシリー様? こんな時間にどうしたんだ?』
黄金の腕輪の前に彼はいた。疑問に思うのも当然だろう、まだ執務には早すぎる時間帯だというのに現われた私達に彼は首を傾げていた。
そんな彼ははっきりと目の前に存在しているにもかかわらず、向こう側が見えている。
隣に立つボルケノ様の様子をそっと伺う。目を見開いてボルケノ様は信じがたい奇跡に呆然としていた。
「ハルゲン……?」
『……えっ、ボルケノ、お前もしかして今オレのこと見えてんの?』
ふらふらと頼りない足取りでボルケノ様は彼に、ハルゲン様の亡霊に近づいていく。
ハルゲン様の目の前に立って手を伸ばすが、残念ながらそれは半透明の体をすり抜けた。さすがにそれは私でも叶えられない。
でも言葉は、心は届けられる。
「ハルゲン、すまない。君は俺を信じて耐えてくれていたのに、助けられなくて……」
『えーっと……あっ、腕輪の件だな?! 違う違う! いや全く違うわけじゃないけど! お前が助けにくるのを待ってたとかじゃねーよ。お前だけじゃなくてミネアや他の仲の良い奴らを守りたかっただけ! それにどうせ渡したところで殺されるのは目に見えてたし。目とか真っ先に無くなってたけど!』
ボルケノ様の謝罪の言葉にハルゲン様は怒濤の勢いで言い連ねる。
詳しい話を聞いたわけじゃないから推測でしかないけれど、あの黄金の腕輪には魔族にとって天敵である強力な払魔の魔法が宿っている。そしてその魔法は腕輪の装着者しか使えないようだ。
だからおそらくハルゲン様は腕輪を奪おうとした兄によって酷い目に合わされたのだと思う。そう考えるとボルケノ様は気付いてないけど、最後の部分はジョークだろうが全く笑えない。自虐にしたって内容がブラックすぎる。
「俺がもっとしっかりしていれば、あいつらの企みにも気付けたかもしれないのに」
『ムリムリ! 身内のオレすらさっぱりだったんだぞ、砦から出てたお前がわかるわけないじゃん。そうやって自分のせいって思い込むの、お前の悪い癖だぞ、ボルケノ。今のお前にはセシリー様がいるだろ、一人で抱え込もうとすんな!』
私はずっとハルゲン様のことが見えていた。そしてエリーちゃんも彼を確認するどころか世間話に花を咲かせていたらしい。
だが実際に出会う前から私は彼について知っている。お父様から彼の存在を聞かされていたからだ。
だからこれもまた憶測になるのだけれど、おそらく知覚できるのは古代竜の血が色濃く出たものだけなのだと思う。
初代王妃の日記曰く、古代竜は世界の管理者だ。よって全ての種族に対峙すべく備えた能力なのだろう。これはきっと人の身には余る異能だ。
『悪いのは全部兄貴のアホ! お前は何も悪くないよ、むしろお前ができることは全てやってくれたじゃん。ありがとな!』
ただ一番ハルゲン様との対話を必要としているのはボルケノ様だ。だからどうにかボルケノ様に竜の血の力を分け与えられないか考えた結果。
性交は最も古くに魔術の儀式と見出されたものである。歴史の長さはそのまま儀式の有効性を示していると言っていい。そして破瓜の血というのは生涯に一度と限られているからこそ強力な魔術の素となる。
一か八かの賭けだった。そして私は賭けに勝った。今ボルケノ様の瞳と耳と喉は私の古代竜の力を纏っている。だがあまり長くは持たないだろう。
でも安心してよさそうだ。私が見守っているうちに二人は悔いなく通じ合えたようだったから。
『オレ、生まれ変わったらお前の義理の息子になろっかな』
「息子じゃないのか?」
『オレの国の言い伝えだけど、親類に生まれ変わりやすいらしいし。だったらお前のとこにはミネアの生まれ変わりがいそうじゃん』
「娘を奪いに来る、と。じゃあ様式美に従って一発殴るとするか」
『伝統とかぶっ壊そうぜ!! 冗談はさておき。うん、オレ、そろそろみたいだわ』
キラキラとハルゲン様の体が徐々に光の粒へと変わっていく。
ボルケノ様にかけた魔法もまもなく解けてしまうだろう。涙ぐんだハルゲン様は手をあげて笑った。
『ボルケノ、セシリー様と幸せにな! じゃ、またな!』
「……ああ、待ってる」
窓の外へと流れた光の粒が空へと上がっていく。彼を見送り終えたボルケノ様は晴れやかな表情を浮かべていた。
◇
「セシリー、大丈夫か?」
「はい。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
これについては幾度とくり返してきたことだ。多少体型が変わったところで注意こそすれ、過剰に怯えることはない。
だというのに先に下りたボルケノ様は何かあっても受け止めようと構えている。緊迫した表情を見せる彼につい笑みが零れた。
「ふふ、お父さんは心配性ですね」
膨らんだおなかを撫でて、エリーちゃんの背から地面へと下りる。
この子を授かって約半年ほどが経った。つわりが治まって、お腹はだいぶ目立つようになったがまだ比較的動ける。
産まれてから来ることも考えたが、出産からしばらくは初めての育児で余裕がなさそうだなと。
だから安定期の今のうちに彼の家族が眠る地に私達は訪れていた。
歩き始める前にボルケノ様に差し出された掌に手を重ねる。
本当は一人で大丈夫だけれど、彼の好意に甘えることにした。歩幅を合わせてくれるボルケノ様にエスコートされながら慰霊碑を目指す。
「あ、ボルケノ様、見て下さい! ものすごく大きい向日葵!!」
「凄いな。こんなに大きくなるのか」
「アルラウネ族の方から聞いたのですが、場合によってはボルケノ様を縦に二人並べたぐらい育つらしいですよ」
「そこまでいくと想像もつかないが……一度見てみたいな」
向日葵畑を進んでいた中、一際大きなものを見つけた。前回来た時は見当たらなかったところからして、半年の間にこれだけ育ったのだろう。
思わずはしゃぎながらボルケノ様に示せば、彼は驚きつつ興味深そうにしげしげとその向日葵を眺めていた。
アルラウネ族の話のものよりかは小さいけれど、私の身長では首が痛くなるほど顔を上げないと花の部分が見えない。
そんな様子に気付いたボルケノ様がおなかに注意を払いつつ、腕に乗せるようにして私を抱きかかえる。おかげで彼と同じぐらいまで目線が上がった。それでもちゃんと見るには少し上向かなければならない。
「陽の下で見る空はこんなにも綺麗だったんだな。ずっと俯いてばかりで気付かなかった」
ここを作った皆の願い通り、ボルケノ様は空を仰ぐ。
ボルケノ様の言葉で私も初めて意識した。晴天に恵まれたそこには向日葵の黄色がよく似合う、澄み切った青がどこまでも広がっている。
この空の果てのどこかに彼の大切な人達はいるのだろう。もしかしたら今も私達を見守ってくれているのかもしれない。
「……砦を守る王として、最後のオーガ族として俺は必ず血を残さねばならない。でも俺はあの日からずっと最期まで独りで生きていくと思っていたんだ。俺にはそんな資格はないと諦めていた」
もしかしたら私と同じことを考えて、そこから回想したのだろうか。ボルケノ様が静かに呟く。
私との婚姻を宗主国パワーで無理矢理ねじ込んだことに多少の罪悪感はあったけれど、どうやらボルケノ様の発言からして最適解だったらしい。おそらく普通に持ち込んでいたら断られていたことだろう。
あり得たかもしれない悲しい未来におののく私とは対照的にボルケノ様は声を弾ませる。
「だから、こうしてまた愛する家族と過ごせる日が来るなんて思ってもなかった……セシリー、俺を照らしてくれてありがとう」
そうして私の太陽は、空に浮かぶそれよりも眩い笑みを見せたのだった。
◇
向日葵のように一途に彼だけを見つめ続けたお姫様によって、疵だらけだった王様は再び輝きを取り戻したのでした。
愛の成就に奇跡が起こるのは定石でございますが、たまには愛が通じ合ってから起こるのも悪くないでしょう。
娘の求婚者へ王様以上に王妃様が張り切って試練を課したりなんだりもありましたが、ひとりぼっちだった王様はたくさんの家族に囲まれて最期の時まで陽だまりのようにあたたかな日々を送ったとのことです。
長らくお待たせいたしました。今この時をもって物語は終焉を迎えます。私が最後に言える言葉はただ一つ。
――どのお姫様も愛する人と共に、ずっとずっと幸せに暮らしましたとさ。




