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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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水の中

 落ちる、と思った瞬間、妙に冷静だった。


……ああ、来たな。


 いつか足をすくわれる日が来るって、ずっと思ってた。

 急に売れて、一気に注目を浴びて、もてはやされて。そう、あとは落ちるだけ。でも、誰かに引きずり降ろされるのは嫌だった。だから、ずっと努力もしてきたし、変な噂や醜聞が作られないよう、気を付けてもいた。

 ただ、それでも早いか遅いかの違いだけで、これは予定表のどこかに書いてあった出来事だ。

 ただ、――よりによって、ゲームの中。


……笑える。


 現実じゃない。ここは試験用のVR世界。死んでも、現実の私には何の傷も残らない。強制ログアウトされて、初期キャラに戻るだけ。ダメージなんてない。むしろ美味しいまであるかもしれない。

 それくらい、分かってる。ちゃんと、理解してる。

 なのに。


……もう少し、このままでいたかったな。


 そう思ったことに、自分で驚いた。このキャラで、この身体で、あの船で、あの人たちと。理屈じゃない。損得でもない。ただの感覚だ。

 外套が風を孕んで、身体が宙に浮く。次の瞬間、世界が反転して、冷たい水が全身を包んだ。


――重い。


 思ったより、海は重かった。

 音が消える。視界が濁る。肺が反射的に空気を求めるけど、でも何も掴めない。


……無理だな。


 ここで終わり。そう判断した、その直後だった。

 誰か船から、海に飛び込んだのが見えた。


……助けに? は?

……無駄だって。馬鹿じゃないの?

……ここ、嵐の海だよ。荒波だよ。二人まとめて死ぬだけ――


 腕を掴まれた。

 強い。人の力じゃない、というほどじゃない。でも、異様に確実で、迷いがない。抱き寄せられる感覚。誰かは分からない。水の中で、像が歪む。

 でも、海中を浮上する途中で少しだけぼやけて見えた。

 その装備。無骨で、ちょっとちぐはぐで、妙に目立つ。


……満足。


 なんで、あんたが。言葉にしようとしたけど、口は泡しか吐き出さない。代わりに、視界の端で、彼の輪郭が――おかしいことに気づいた。

 水のせいで歪んでる――はずなのに、違った。影だけが、遅れてついてくる。影が、二重に見える。身体の動きに、遅れて、別の何かがついてきている。水の抵抗を、無視するみたいな動き。速い。異常に。

 水面に顔が出た。空気が肺に入ってくる感覚が、生の感覚を呼び戻す。


「……しがみついとけ」


 低い声。短い命令。説明も、確認もない。

 反論しようとした。でも、そんな余裕はなかった。本能的に、言われた通りに腕にしがみつく。

 その瞬間。


――引っ張られた。


 海を、裂くみたいな感覚。波を越える、じゃない。波の中を、切り抜けていく。

 速い。正気じゃない速さに感じた。

 しがみつく力を強める中で、視界の端に、岩肌が見えた。近い。思ったより、ずっと。


「――あそこ!」


 自分でも驚くほど、はっきり声が出た。指差す。岩場。波が砕けている場所。

 満足の進路が、わずかに変わる。ためらいはない。確認もない。

 次の瞬間、身体が岩に叩きつけられた。衝撃。痛み。でも――生きてる。足が、岩に触れる。


 二人分の重さで転がるように、岸に這い上がったところで、ようやく呼吸が戻ってきた。ごほっ、と咳き込む。塩水と一緒に、余計な考えが全部吐き出される。

 視界が安定して、隣を見る。満足は、息を荒くしている。でも、立とうとしている。まるで、これくらい当たり前みたいに。


……意味が分からない。


 助かる確率なんて、限りなくゼロだったはずだ。合理的じゃない。効率も悪い。リスクしかない。……なのに。


「……馬鹿じゃないの」


 そう言ったつもりだったけど、声は震えていた。怒りなのか、恐怖なのか、分からない。

 満足は、何も答えなかった。ただ、波打ち際の向こうを一度だけ見て、それから私を見た。

 その目が、妙に静かで。そのとき、はっきり思った。


……ああ、こいつは、本当はこういう人なのか。

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