危険なガラスの森
暗闇をどうにかする装備や加護を持っていても、まさか逆の現象に悩まされるとは思わなかった。
光が乱舞するダンジョン、ヤバすぎる。でも私たちは偶然にも、一応の備えがあった。偶然、一応!
ほい、持っててよかったサングラス。銀座で買い物をしたときに、調子こいて買ったものだ。
階段で強烈な光を感じた時点で思い出し、たまらずに各自次元ポーチをあさって装着した。まさか役に立つ時が来るなんて。
私のは全体的に四角っぽい形のサングラス。サイボーグのおっさんがつけているイメージのやつ。
マドカのは上側が四角っぽくて、下側が丸っぽい形のサングラス。戦闘機乗りのおっさんがつけているイメージのやつ。
ツバキのは全体的に丸っぽい形のサングラス。怪しい中華系マフィアがつけているイメージのやつ。
色のついたメガネをかけるだけで、だいぶイメージが変わる。
奇妙な3人組になってしまった気がするね。ほかの奴らに見られない、ソロダンジョンでよかったわ。
「サングラスかけるとさ、マドカはなんか偉そうな女優っぽくなるよね。ツバキはベールのせいで、あんま変わったように見えないけど。ベール上げてみ?」
「そういうアオイは全然、似合ってないわね」
「まどかおねえ、店でも笑うとったしな」
「いやいや、みんな微妙だって。こういうのはやっぱ、もうちょっと大人になって、貫禄みたいなもんが出てから似合ってくるもんよ」
雑談はどうでもいいとしてだよ。階段を下りきる前から感じていたけど、光の強さが厳しい。
ファッション用メガネの実用性はお日様の下なら必要十分に機能するけど、特殊なダンジョンでは効果が薄く感じる。
当たり前だけどサングラスは完全に光を防ぐわけではなく、強い光はそれ相応の威力で視界を焼く。
色メガネをしていても、ガラスの森を構成する透き通った綺麗な樹木と枝、そして葉っぱが光を乱反射させる影響か、視界が全然安定しない。水面に映る光が揺れ動くように、絶え間なく強い光が動き続けている。
しかも、複数のガラスを経由するのか、やたらと強い光が視界を真っ白に染め上げる瞬間がある。それが一瞬のことでも、もし戦闘中だったらと想像するとなかなか怖い。
さらにだよ。足元までもが透明なガラスで、空中に立っているような錯覚を起こさせる。遥か下層のその先、底のない奈落をのぞき込んでいるような気持ちになって、変に考えちゃうと足がすくむ。めっちゃ怖い。
夜ならガラスの透明度が落ちるという話だから、全然違った環境になるのだろうね。
こんな朝の時間に、誰もダンジョン管理所にいなかった理由が実感として理解できたわ。
「むー。これはマズいねー」
「モンスターがどこにいるのかもわからないし、まともに探索できそうにないわ」
「やったら引き返す?」
「それもアリかねー」
ちょっとカッコ悪いけど、仕方ないかな。
というか、普通にガラスの地面に立っていると思うだけでも怖いね。割れて落ちたら、いくら私が強くても死ぬわ。
え、あれ。ホントにこの地面、大丈夫だよね?
金属製のブーツで歩くたびに、硬質な澄んだ音が響く。ちょっとやそっとじゃ割れそうな感じはしないけど、実際どうなんだろう。
試しに思い切り踏みしめてみる? いっそのこと、ハンマーで叩いてみようか。あ、そういえば。
「第一階層のモンスターって、どんなんだっけ? 帰るにしても、せめてそのくらいは見ておきたいね」
「鳥型のゴーレムよ。ガラスの小鳥。臆病なモンスターで、普通は襲ってこないみたい。アオイの『ウルトラハードモード』でどう変わるのかわからないけど、鳥型なら足音はしないし、接近されても事前に察知するのは難しそうね」
鳥のモンスターか、面倒だね。
「臆病なんて、珍しいモンスターだよね。まあ、警戒はしとこうよ」
「やったら、うちのスキル『たしなみの結界』使うてみる? 警戒に使えるやろ」
「いいわね。あたしたち全員を囲うように展開して。広さはある程度調節できたわよね?」
「半径5メートルくらいなら、『魔力の大源泉Ⅱ』で相殺できる範囲やな。とりあえず、やってみるな」
モンスターが襲いかかってくる想定なら、5メートルなんて一瞬で詰められる距離だ。
でもツバキのスキルなら大丈夫。あの結界は不調法者の行動を阻害するなんて、なかなかユニークな効果があるすごいスキルだ。侵入されてもモンスターの動きが遅くなるから、余裕で対処できる。
効果を思い返していると、防御結界がドーム状に展開して私たちを包み込んだ。
「おお? ちょい暗くなった?」
「これ、光が弱まったみたい。結界にはこんな使い方もあったのね」
「……まさかやな。遮光の効果、あったんや」
マジかよ、そういうことか。スキルを発動したツバキも驚いている。
サングラス越しでもきつかった光が、結界を通すことによって大幅に緩和された。ただ、遠くのほうを見渡せないのが不便すぎる。
「どうする? 地図を頼りにすれば、進めないことはないと思うけど」
マドカの言葉にちょいと悩む。
目に悪そうな強烈な光をどうにかできた以上、上層のモンスター程度なら私たちには脅威にならない。
問題は広いダンジョンで迷わないか、それくらいかな。最悪は夜まで待機すれば状況はよくなるし大丈夫とは思う。
「うちは進めるだけ進んだらええ思う。蒼龍杯、出遅れてるし」
出遅れについてはその通りだけど、焦ってやられるのは最悪だ。
ただ、早めにこのダンジョンやモンスターに慣れたり、アイテム集めの拠点みたいな場所を定めたい気持ちはある。やっぱやるかな。
「進もうかね。ホントはふたりが新武器を使うところが見たかったんだけど、そんな感じじゃないね。モンスターが見えないから、こっちから仕かけられないし。とりあえずは進みながら襲われ待ち? 新武器はそれだよね?」
マドカが手に持っているのは、長さ30センチくらいの棒状で銀色の武器だった。バトンみたいな感じ? マドカの主武装は魔法の散弾銃だけど、接近戦でバトンを使うつもりかな。変わった趣味だね。
ツバキのほうは小さな弓を持っている。矢が見当たらないけど、魔法の矢でも放つのかな。
「もし襲われたら、あたしとツバキで迎撃するわ。上層ならあたしたちで問題ないと思うし」
「オッケー。楽しみにしとくわ。ほんじゃ行くよー」
モンスター討伐は任せ、地図が読める女子の私が先導する。
役割分担だけでもしておけば、慣れないダンジョンでも落ち着いた気持ちになりやすい。次の階層に向けて、ゆっくりと歩き出した。
「右上」
何歩も進まないうちに、ツバキが方角を告げる。細かいことを言われなくてもわかる。モンスターだ。
顔を向けると、防御結界を抜けたガラスの鳥がいた。第一階層にいるのは小鳥と聞いたばかりだけど、どう見てもカラスくらいの大きさはある。とても小鳥とは言えないサイズ感だ。これが『ウルトラハードモード』仕様のモンスターということだね。
そのガラスの鳥は、とても鳥とは思えない緩慢な動きで羽ばたいていて、いまにも落下しそう。ツバキの『たしなみの結界』の効果によるものに違いない。
バトンを構えたマドカが、少し高い位置を飛ぶ鳥をどう攻撃するのか見ていると、なんと手に持ったバトンを放り投げた。
上手いもので、投げたバトンは見事に命中し、飛ぶ鳥を光の粒子に変えた。さらに投げたバトンが、不自然な軌道でマドカの手に戻る。面白いね。
散弾銃の弾切れに備えて買った武器は、投げても戻るバトンだったわけだ。
私の投げ斧『蜻蛉返し』と同じ機能だね。まねっこかな?