仕事、労働……旅行!
勤労少女の私は基本的に起きるのが早い。
昨日は遊んでしまったことをみんなで反省し、深夜の女子トークはせずに寝た。それは今日の労働に、全力を注ぐためである!
ぱちっと目が覚めたら、がばちょと高級ベッドから起き上がる。
それにしてもよく眠れたわ。将来、ベッドや寝具はめっちゃ高くていいのを買うぞ。
「とうっ」
勢いよく前転しながらベッドを抜け出し、まだ薄暗い寝室からもさっさと抜け出す。
せっかくの高級ホテル、そして温泉なのである。朝風呂に入るのである!
今回は露天風呂ではなく、内風呂に入ってみるぞ。
源泉かけ流し、とかいうずっとお湯が流れっぱなしの贅沢風呂だ。すごすぎる。
内風呂だから湯浴み着は着用しない。あっつあつのお湯をじゃばーっと頭から何度かかぶったら、大きな湯舟を独り占めだ。
「ういー、たまらんわー」
とろけるね。それにしても、私が知っているお風呂とは何もかもが別物だわ。
木で作られた浴室の香りは、いかにもヒノキですと主張している。ヒノキの香りとやらが、どんなものか全然知らなかったけど、きっとこれがそうなのだろうね。
いや、ひょっとしたら違う可能性も? まあどうでもいいけど、悪くないね。
ヒノキらしき木の香りと温泉の鉄っぽい臭いが混じり合い、特別な空間にいることを強く思わせる。これぞ旅と温泉って感じだ。非常に気分がいいですな。
大きな窓から見える色づく山々もいい。薄暗い日の光が、徐々に明るくなっていくのがわかる。
これぞ朝風呂の醍醐味だよ。マドカとツバキはまだ寝ているみたいだけど、一緒に入ったらよかったのに。
ぼけーっと日が昇っていく様子を見ていたら、一瞬クラっとして我に返る。どれだけの時間がたったのか、長風呂が過ぎたようだ。
冷たいシャワーを浴びてから部屋に戻ると、ふたりは起きていて、まだ寝ぼけた調子で「おはよー」と言ってきた。
起きたのはいいけど、朝っぱらからスマホをいじっている。
いかん、それはいかんよキミたち。朝の景色や温泉を堪能したまえよ、まったく。これだからスマホは。
「まだ時間あるし、ふたりもお風呂入ってくれば? 朝風呂気持ちいいよ」
返事を待たずに私物のドライヤーのスイッチを入れて髪に当てる。
ブオーッとなる音はやけに日常感があって、妙な感覚がした。
部屋に運び込まれた、朝からはちょっと考えられないほど意味不明に豪華な朝メシを食べたら、それぞれ身支度を整える。
いよいよこの富山の地にて、働きに行く時間がやって参りました。勤労の義務を果たすのです。
「アオイ、さっきツバキと調べたんだけど、どうせなら路面電車で移動しない?」
タクシー、じゃなくて路面電車? 路面電車ですと!
「なにそのわくわくする乗り物。いいじゃん、どうせなら乗りたいね」
非日常感が押し寄せる。めっちゃ楽しそう!
「川とか運河に遊覧船も出とるて」
「え、遊覧船? マジかよ、それも乗ってみたいわ。てゆーか乗ろう!」
船だよ、船。ヤバいね、朝からテンション上がる。
「あたしは岩瀬エリアっていう、レトロな町並みを歩いてみたいのよね」
「うちは富山城と長慶寺に行ってみたいわ。富山なんて、なかなか来れへんし」
「どこそれ、どこそれ。私も行ってみたいわ!」
たしかに、気軽には来れない土地だからね。
気になるなら行ってみるべき。もう絶対に行こう。行くしかない気になってきた。
「じゃあまずは路面電車ね。岩瀬エリアにはそれで行けるし、お城の近くの川には遊覧船が出てるみたいよ」
「ええな」
「うおおーっ、路面電車! 遊覧船!」
みんなで椅子から立ち上がり、意気揚々と部屋を出た。今日も楽しくなるぞ。
……あれ? まあいっか。
やっべー、路面電車と遊覧船て初めて乗るわ。お城もどんなんかな。
超楽しみですわー。わくわく!
そうして私たちは、とっても楽しい一日を過ごしました。
はい、ダンジョンのことは完全に忘れていました。スコンと抜けてしまったのです。
しかしです。そう、しかしです。
私は初夏からずっとダンジョンアタックばかりの生活を送っていたし、真夏にマドカとツバキと出会ってからもひと月半くらいずっとダンジョンアタックばかりを続けていたのです。
そしてついこの前までの約3週間は、私はストーカーみたいな奴らをひたすら退治していたし、ふたりは将来の仲間候補をずっと付け回して調査する毎日でした。
3人とも夏休みなんてものは当然なかったし、ずっと働きづめ。
ちょっとくらい遊んだっていいだろ!
お年頃の娘さんなんだよ、文句あっか!
はいー、ということで問題は何もなかったのです。束の間の短い休暇です。
完全に開き直った私たちは、高級ホテルを拠点にしながら観光地に出かけまくり、美味しいと評判のお店を巡る毎日を送ったのです。
なんなら富山だけでなく、観光名所の多い金沢にも足を伸ばしました。調子に乗って能登や加賀にだって行きました。意気揚々と行きました。
そうです、5日間も!
私たちは普通に旅行を楽しんでいたのです。それはもう満喫してしまいました。
「反省ーっ! マドカさん、ツバキさん、もう十分に遊びましたね? 満足しましたね?」
「はい! アオイさん、あたしは満足です」
「う、うちも、満足……」
「よろしい。では、改めて今日からダンジョンに参ります」
美味いメシと温泉と観光。楽しみすぎてしまったのは、きっと日頃のストレスのせい。
でももう大丈夫。むしろ富山に到着したときとは、比べものにならないくらい気力が充実している。
結果的に、これでよかったんだと言えるようになるはず。
すっごい出遅れたけど、きっと大丈夫!
キリッとした表情のダンジョンハンターモードとなった私たち一行は、ようやく富山ダンジョンに向かった。
ホテルからタクシーで10分程度の距離にある富山ダンジョンは、通称『ガラスの森ダンジョン』と呼ばれている。
その名のとおり、ガラスで出来た森のような階層が延々と続くダンジョンで、出現モンスターもガラスのゴーレムばかりという話だ。
ほかにもあれこれ調べるだけは調べたけど、あとは現地で実際に見てどうかって感じになる。特に私の場合は『ウルトラハードモード』になるから、通常のダンジョンの情報はあまり参考にならない。
タクシーからの景色を眺めていれば、10分なんて短い時間だ。すぐダンジョン管理所に到着した。
特徴的な外観の巨大な建物は、何とも形容しがたい意味不明な派手さを誇っている。おそらく有名な建築家がデザインしたとか、そんな無駄な金のかけ方をしたに違いない。私のような凡人には理解不能だし、まあどうでもいい。
それにしても贅沢な土地の使い方をしている。
建物が大きいし、駐車場はバカでかい。周囲にはお店っぽい建物がたくさんあるけど、どれも広くて大きい感じだ。
それなのに、思ったよりずっと人が少ない。ダンジョン管理所以外、どこの店もまだ開いてもいない。昼から開店か、もしかしてつぶれちゃったとか?
基本的に朝の始業くらいの時間帯は、どこのダンジョンも混み合っているのが相場だ。少なくとも東京では。なのに、この辺りには人がほぼいない。建物の中やダンジョンにはたくさんいるのだろうか。
考えていても仕方ない。とりあえず行こう。私と同じように周囲を観察していたふたりの肩をポンと叩いて入り口に向かう。
「たのもー」
いつもの調子で声を出しながら、自動ドアの向こうに入った。
するとどうだ。全然、人がおらん。過疎だ。
広くて綺麗な建物だからこそ、寂しさが倍増している。
ポーションがドロップしやすいダンジョンなんて、朝からめちゃ混みだと思っていたのに、この過疎り方は想像していなかった。
まあ過疎っているダンジョンは、私好みではあるけど。