隠れ家的レストランにて
手を引かれた勢いで、たたらを踏んで立ち止まる。
どうやら目の前の女の子が、引っ張り込んだ犯人のようだ。悪意は、特に感じないかな。
その女の子が素早く扉を閉めてから、つかんでいた私の手を離した。
「困っているかと思って。余計なお世話だった?」
微かに浮かべた笑みも麗しい、とんでもない美少女だよ。
顔もファッションセンスも一般人とはちょいと違う、ついでに声まで綺麗ときた。こいつは只者じゃない。
高そうな赤いワンピースなんて、一般人のボンクラが着こなせるわけねーわ。めちゃくちゃ似合ってるわ。
「あー、いやー、助かったけど」
で、誰?
なんで助けてくれたの?
あやうくぶっ飛ばすところだったんだけど。
「しばらくすれば、外も落ち着くわ。食事は?」
「え? てゆーか、ここは?」
「ここは看板のない隠れたレストランよ。穴場なの」
なんと、それは知らなかった。やっぱ神楽坂にはシャレたお店がありますな。
「へー、すごいね」
「座らない? これから注文するところなの。よかったら一緒にどう?」
なぜに誘われておるんですか、私。こんな美少女に。
まあいいか、ちょうどお腹は空いている。
「じゃあ、せっかくなんで」
「こっちよ」
入り口近くの半個室状態のテーブル席に腰かけたものの落ち着かない。
とりあえず話しかけようと思ったタイミングで店員さんが注文を取りにやってきて、私はじっくり選ぶ余裕もなく女の子と同じにしてもらった。なにを注文したのか全然わからん。
「もしかして、緊張してるの?」
「緊張っていうか。あのー、いまさらだけど、どちら様? あ、私は永倉葵。こう見えてもダンジョンハンターやってるよ」
結構、強いんだよ? なめたらぶっ飛ばしちゃうよ?
「知ってるわ。だから助けたの」
「あっそう。てことは、そっちもハンター?」
「アオイはあたしのこと知らない?」
いや初対面だし。いくら美少女だからって、知ってるわけないだろ。あ、ひょっとして有名な人?
「えーっと、」
「その顔は知らないみたいね」
「うん、知らないわ」
人間、正直が一番だね。楽になれる。
「あたしの名前は九条まどか。これでもそこそこ売れてるアイドル兼ダンジョンハンター、だったんだけどね」
ほほう、アイドルね。どうりで頭おかしいくらい可愛いわけだ。兼業でハンターってのは意味わからんけど。
「だったって過去形? 訳アリっぽいね」
「ま、いろいろね。食事の後であたしの話、聞いてもらえる?」
「面白い話ならいいよ」
「なにそれ、ひどくない?」
「いやだって、初対面で深刻な話されても困るし」
「じゃあ面白くなるように工夫しないとだ。それでアオイは――」
お互いに探るような、あまり楽しくはない時間が過ぎていく。
居心地の悪さを覚えていると、やっとと思えるタイミングで店員さんがやってきた。
「あ、きたきた……おお」
なんだこりゃ。目の前に大きな皿をドンと置かれてちょっと驚いた。
欧風アンティークなお店の雰囲気にそぐわない、超アメリカンな感じのでかいステーキ肉が、ドリアのような料理の上に乗っかっているらしい。
メイン料理のほかにも付け合わせの皿がいくつかテーブルに並び、全体的にものすごいボリューム感になっている。
「美味しそう! いただきます」
食べる前から圧倒される私に構わず、アイドル様が嬉しそうにフォークとナイフを手に取った。指先まで綺麗で、つい見てしまう。
輝かんばかりの笑顔で肉を頬張るアイドルのなんて可愛らしいことか。
これは負けていられない。食うぞ!
これといった会話もなく、ただ一生懸命に料理を食べた。
探るような会話の気まずかった雰囲気は消え失せ、それどころかなぜか楽しいと思える時間だった。
そんな食後にまったりとアイスコーヒーを嗜むのも非常によい時間です。
「ふう……面白い話、はできないかもしれないけど、少しだけ聞いてもらえない? あ、ちなみに誘ったのはあたしだから、ここの支払いは気にしないで」
「お、いいの? おごってくれるなら、話くらいいくらでも聞くわ」
なんだよ、最初から言ってよ。おごってくれるならね。そりゃあね、話くらい聞きますとも。
調子に乗ってスイーツでも注文しちゃおうかなんて思っていると、空気を変えるように美少女が姿勢を正した。
なんだか、こっちまで身構えてしまうわ。深刻な話ならやっぱやめてほしい。
「あたしがアイドル兼ハンターだったのは言ったでしょ? アイドルだけでパーティーを組んで、話題性を狙ったダンジョンハンターをやっていたのね」
仕方ない。ちゃんと聞くか。
「へえ? それは話題になりそう」
「事務所の戦略は大当たりだったわ。でもね、それは長続きしなかったの」
「なんで?」
「裏切られたからよ。アイドルにとって致命的なスキャンダルが出てしまってね」
いかにも芸能界っぽい話だね。
「誰かがやらかしたってこと? やっぱ彼氏バレとか? もしかして闇営業とか?」
「よりにもよって、あたしに男がいたことにされたのよ。それもかなりガラの悪い男」
「うん? いたことにされたって、どういうことよ」
目の前の美少女は、無表情のまま続ける。
「言葉どおりよ。同じパーティーでアイドル仲間と思っていた奴らが、あたしのことをハメたの。男のほうもグルよ」
「うへー、マジか」
「どれだけ訴えても潔白を証明することは難しいわ。信じてくれる人はいたけど、あたしのアイドルとしての立場は厳しいものになってしまった。なにより、裏切られた元のパーティーにいられるはずもない。あたしは脱退し、事務所にも居場所がなくなった」
アイドルとして、イメージが大事ってことか。
本当のことより、嘘や噂が真実っぽくなってしまうなんてひどい話だ。
「はえー、おっかない。でもそのまま消えてやるのは、ちょっと癪にさわるね」
「わかってくれる? そう、あたしは再起したいの。ハンターとして名を上げることによって。だから、あたしと組んでくれない?」
おー、そういう話の流れになったか。
「再起って、いずれはアイドルとしてってこと? いや、私はたしかに可愛いけどアイドルなんて無理っす」
「アイドルはもういいわ。ハンターとして、あたしと一緒に組んでほしいの。あいつらより活躍したいのよ。そうすれば、あのアイドルハンターのお株を奪ってやれるでしょう?」
美少女の私たちがパーティー組んでハンターをやっていれば、ライバルっぽい感じになるかもしれない。それが大活躍すれば、アイドルハンターのグループとやらは、少しは株を下げるのかもね。
「それはまあ、そうなるのかな。でも私はソロだよ? 元でもアイドルなんだから、有名なクランとかに入れるんじゃないの? そっちのほうがよっぽど話題性とか将来性ありそうだけど」
「なにを言っているの? いま最も注目を集めているのは、突然ランキングに入った謎のハンターに決まっているじゃない。アオイと組む以上の話題性なんて、どこにもないわ。それにあたしのほうにも事情があってね、クランには入りにくいのよ。実際、少し前までは仮でパーティーに入れてもらっていたのだけど、ちょっと事情ができて抜けたの」
ここでアイドル様はなぜか黒いカードをテーブルに乗せた。身分証だ。
意を決したような、ちょっと緊張感ある雰囲気。なんなの、いったい。
「アオイにあたしの秘密を守ってと強制はできない。でも、あたしと組んでもらう以上は知っておいてもらわないといけない。そしてこれがクランやパーティーに入りにくい理由でもあるわ。見て」
裏返された身分証には、ステータスなどが見える。
これは大事な個人情報だから、軽い気持ちで他人には見せないようにと夕歌さんが言っていた。それだけの覚悟があってのことなんだろうね。
微妙に見たくない気持ちはあるけど、ここまでされて引き下がっては女がすたる。仕方ない、見るだけ見るか。
さて、どんな秘密が……と思うまでもなく、私は悟った。
これは、この女は私の同志だ。
■星魂の記憶
名前:九条まどか
レベル:10
クラス:どん底アイドル崩れ
ハンターがパーティーを組んだりクランに入るなら、レベルやクラスの開示は欠かせない。
でもこのクラスは、簡単に教えられるものではない。
不本意に得てしまった、ふざけたクラス。
私には、その気持ちがわかる。わかるぞ、同志よ!