【Others Side】求職中の元期待の若手
【Others Side】
「鷹宮鋭次さん、あなたの実力は申し分ない。こうして話してみれば、人柄の誠実さも感じられる。しかし……スポンサーが難色を示していまして」
またか。クランマスターは申し訳なさそうに言うが、結論は変わらない。
「……いえ、ご検討ありがとうございました」
漏れそうになるため息を懸命にこらえ、頭を下げてその場を後にした。
今回も上手くいかなかった。
ランクで言えば中の上といったクランでも駄目か。スポンサーがついているクランには、拾ってもらえる見込みはないと考えるしかなさそうだ。
まさかここまで嫌われたものとは……断られることには慣れてきたが、精神的なダメージが皆無にはならない。辛いものだ。
「あれから3か月は経つのか」
天剣の星を抜けてからの日々は、気づけばあっという間だ。
上昇志向の強い天剣の星は自分に合っていた。徹底的に甘えを排除し、手段を選ばないところも当時は一流クランのよい面とさえ思っていた。誰もが剣士として上を目指しながら、ハンターとして実績を積み重ねる毎日は素晴らしいものだった。
なにより、剣聖である宮本さんの強さに憧れた。いずれはあのような剣士にと、それだけを考え集中できていた。
しかし永倉葵との対戦によって、完全に目が覚めた。
ハンター同士の戦いはスキルの相性によって、レベルの差を覆すことはある。だがあれはそのような次元ではなかった。今でも鮮明に思い出す。
力で押し負け、速度で翻弄され、読みでも上をいかれ、総合的な戦闘技術では大きく後れを取っていたと評価するしかない。
勝つために手段を選ばなかった俺が、圧倒的な実力差で完敗した。勝負は時の運というが、何度やっても俺の勝ち筋はないだろう。
トップクランの座に君臨した天剣の星のやり方がすべてと思っていたはずが、あれだけ叩きのめされれば考えも変わる。
ところがだ。クランを抜けて環境を変え、一から鍛え直すつもりがまさかの事態になってしまった。
あの天剣が今や犯罪行為まで発覚した、評判最悪のクランになるとは。頂点から落ちるにしても、さすがにひどすぎる。
手段を選ばず勝ちにこだわるのはよいと思っていたが、犯罪は話にならない。
特に宮本さんが汚い金や裏取引に関わっていたことは衝撃的で、未だに信じられないし信じたくもない。
妙な政治家との関わりなど、準幹部の立場にいた俺ですら知らなかった。その意味でも衝撃を受けた。あまりに後ろ暗いからこそ、高級幹部以上のみが独占していた情報なのだろう。
今でも夢を見ているのではないかと、現実逃避してしまう瞬間がある。
気がつけば、下を向いて歩くことが日常になってしまった。真っすぐに前だけを見ていた時では考えられない。
意識して前や周囲に目を向けても、すべての人に非難されているような被害妄想に陥ってしまう。
「……我ながら重傷だな」
物思いに耽りながら歩いていると、スマホの着信音が鳴った。
あまり良い予感はしないが、無視はできず電話を取った。
「はい、鷹宮です」
「あ、鷹宮さん? 東京ダンジョン探索旅団の者ですけど……先日の件です。クランへの加入希望なんですがね――」
答えを聞く前から、話し方で察しがついた。
短く礼を言って電話を切ったが、相手は大手クランだ。始めから難しいことはわかっていた。
大手クランには、そもそも会ってもらえるケースが少ない。電話で連絡をもらえるだけまだマシで、無視されることすらある。
それだけ元天剣の準幹部という肩書が重いのだ。だが大手クランに関しては、それ以外の理由も見えている。
少し前に、大手クランに呼ばれて話をしに行ったことは記憶に新しい。
あの時の数人から感じた視線だ。そこには悪意に近い嫉妬の感情が渦を巻いていことは、おそらく気のせいではない。
もし俺が加入した場合、上級クラス未満のパーティーでは既存のエースのポジションを脅かす可能性がある。パーティーメンバーの入れ替えなど、そう簡単に行えることではないが、実力差があればそのような議論は必ず起こる。
天剣の悪評に加えて、皮肉なことに日本の未来のエースなどと言われた俺自身の評判が足枷となってしまっている。
「いっそのこと、中堅以下のクランを考えるか? いや、やはり駄目だな」
俺の力を欲しがっているクランはあるが、やはりどこも実績がなさすぎる。実力差があまりに大きいクランに入ってしまえば、大手のエース論争ではないが、元のクランを壊しかねない。一人のハンターとして、そこは慎重になるべきだろう。
ダンジョン下層に挑み続け、上級クラスを得ることは俺の夢だ。
もし叶うならば、俺も剣聖になりたい。そのために努力を重ねてきた。
ただ夢を叶えるためには、クランに所属することは必須だ。ソロではダンジョン下層どころか、中層でも厳しいのがハンターの現実。
最後の手段は元天剣の星のメンバーを集めることだろうか。
だがそれも危険だ。スポンサーはまずつかないだろうし、悪評が邪魔をしてまともな活動にも支障が出るだろう。第二の天剣の星と見られるだけで、少なくとも短期的には厳しく、だからといって中長期的な展望があるとも思えない。
天剣とは無関係なハンターを集めて、新クランを作ることも現実的でない。
落ちぶれた俺と一緒に新たなクランを立ち上げてくれるような、奇特な人はまずいない。しかもクランの立ち上げには5人も必要で金もかかる。
「頼れる人も金もなし、か……」
金があればまた状況は変わったのだろうが、賠償金で貯金はすべて消えた。
悪事や犯罪が発覚する前にクランを抜けたとはいえ、準幹部だった俺が知らぬ存ぜぬは通用しない。実際に犯罪のことは知らなかったが、それで許されるほど世間は甘くない。
クランが負った巨額の賠償金を賄うため、俺は貯金のほぼすべてを差し出し、貴重な装備品や道具類まで失った。
実家に累が及ぶことや借金は免れたが、それでも最悪の状況に近いことは変わりない。
ハンターの道をあきらめてしまえば少しは楽になるのかもしれない。だがクランとしてトップまで登りつめる成功を経験し、個人としてもそれなりの力を得てしまった今、引き返すことは無理だ。
どうにかやり直せる道はないものか……そのために償いが必要なら、どのようなことでもする覚悟だ。
だが何をすればいい。
どうすれば許される。
考え事に没頭していたら、いつの間にか家に着いてしまった。
ハンターとしての地位は失ったが、こうして帰る実家があるだけマシなのかもしれないな。肩身は狭いが。
「ただいま」
リビングに入ると、歳の離れた妹と弟がいた。こいつらにも心配をかけてしまっている。
「お兄ちゃん、なんか暗いよ。今日もダメだった?」
妹の心配そうな顔を見るたびに、頑張らねばと思い直す。
「あれだけの事件があったんだ、仕方ない」
「に、兄さんは、何も悪くないのに……」
「これでも俺は準幹部だったんだぞ? それなりの責任はあるし、逃れようとも思わんさ」
少し前までは、こんな俺でも自慢の兄貴だっただろうに。今では情けない思いばかりさせてしまっている。やはりこのままではいられない。
「あの、実はお兄ちゃん、今日なんだけどね?」
「どうした、何かあったのか?」
「永倉葵さん、あの人と会ったよ。助けられちゃった」
「なに、永倉と? いや待て。助けられたって、どういうことだ」
話を聞いて驚いた。まさかそんな目に妹と弟が遭うなんて。とても許せるものではないが、助けてもらえたお陰で怪我もなく不幸中の幸いだったとは言える。
だがまさか、あの永倉に助けられるとは。また借りを作ってしまった。
兄として礼をしたいが、元天剣の俺は永倉にとって敵だ。あいつは天剣と懇意だった政治家の謀略もあり、逮捕までされている。細かい事情を知らない俺では真相は想像するしかないが、おそらくそういうことで間違いない。
手柄を立てて早々に出所したことは知っていたが、気軽に連絡などできる立場ではない。向こうも迷惑だろう。
礼をするにしても、妹と弟から直接するのが望ましいと思える。
その前に、俺はまず謝罪すべきかもしれないが……何度も考えたが、何に対する謝罪かわからない。
剣聖杯ではクランの指示とはいえ、客観的に卑怯な真似をしたのは理解している。あれはクランの勝利のため俺も納得してのことだが、結局は完敗を喫した。
そして永倉にとってはハンデにすらなっていなかったあれに対する謝罪に意味があるのか?
謝罪を受けたいとも思っていないのではないか。逆に謝られても困惑させてしまうのではないだろうか。そしてあの決勝のこと以外では、何も知らなかった俺の謝罪に意味があるのだろうか。
「俺なら……形だけの謝罪などされても、怒りを覚えるかもしれんな……」
自分の気持ちの整理すらおぼつかないというのに、相手のあることはより難しい。
――深夜。
裏庭で一人、木刀を振る。
天剣のエースになるはずだった未来。
日本の未来のエースと言われた少し前までの過去。
それが今は居場所を失い、仲間を失い、信用を失い、金や装備まで失った。
実家や家族はあるが、ハンターとしての先はまるで見えない暗闇だ。
「……どうすればいい」
純粋に強さを求めて剣を振れる毎日に戻りたい。
だがそれはまだ、許されていない。どうすれば許される。
未来が消えたなどとは、思いたくない。
答えを見つけられないまま、ただ木刀を振り続けた。




