表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/127

八重する企みと囚人たち Lv.4(十話)

 ファドン刑務所を後にしたキャリー。

 山の入り口まで来て、道案内のシャーフが足を止めて大きな荷物の山を指差す。

「貴方にはこれを上まで運んでもらいます」

 小さい箱から大きくて横長の箱が沢山ある。

「中身は野菜や小麦になっています」

 シャーフはキャリーに言った。しかし、今の彼女はそう言うのに意識を割く余裕はない。

 彼女は荷物の山に歩み寄り、被せの布を引っ張りどかす。

 そして、小さな箱から手に取ってテクテクと走って行った。

 初めはシャーフでも追いつけそうなゆっくりとした足取りだった。だが、気がつくと彼の全力を遥かに超えた速さで坂道を駆け上がって行く。

 あっという間に一つ目の門まで戻って来てしまった。

「すごいな……」

 シャーフが感心しているのも束の間。

 キャリーはすでに次の荷物を運び出していた。

(看守長の部屋でも見せてもらったが、やはりすごい……)

 自身の冷気を出す程度と比べれば、有能な祝福の力だ。

 感心していた彼を横にキャリーは、十個目の荷物を手に取って言う。

「一つ目の門が閉まってるから、前に置いてるけど、あれどうすればいい?」

 あのまま放置にもいかないだろうと思った。

「あっ、あぁ、囚人たちに運ばせます。ここは君一人で大丈夫ですか?」

 驚いた様な顔をするシャーフにキャリーはこくりと頷く。

「なら、僕も上で待つ事にします」

 あとは頼みました、と言って彼は、上に向かってしまった。

 その間に何度も坂ですれ違う事になる。

 キャリーには一つ、大きな問題があった。

 周囲の小さな物資を運び終えた頃、キャリーはゼェハァと肩で息をしていた。

 走る事は、なんら問題はない。

 好きな事だし、いつもやっているから。しかし、荷物を運ぶのはやっぱり大変だった。

 中身を壊さない様にしながら、重さに耐えて上に運ぶ。

 神経を使うし、腕の筋肉も使う。

 気づけば、彼女の手は豆ができていた。

(ダメだ。動かなきゃ……あたしが迷惑をかけたせいでオリパスたちに何かあったら……ヤだ)

 拳を強く握る。

 唇を噛む。

 あの女の看守長がスーッと体にまとわりついてくるのを感じる。

 ゾッと鳥肌が立つ。

(怖い……)

 考えない様にすればする程、引っかかることがあった。

「……」

(確かに手を出したのはあたしだ。でも、メア姉の悪口を言ったんだ。許せないよ……でも……)

 そのせいでオリパスやレサトに迷惑をかけてしまう。

 キャリーは自分が大馬鹿マヌケだと思い知らされた。

 少し考えれば、分かったことだ。

 バシレイアとスタックタウンの戦争、メアリー・ホルスの存在。そして、自分自身の立場を。

 ここに来る前のシルバーの一言を思い出す。

 君は二度、私を失望させた。チャンスはあったのにしくじった。

(あたしは無能なのかな……?)

 頭の中が嵐が吹く様にめちゃくちゃにかき混ぜられる。

 早く荷物を運んで、オットーを止めたいのに今は動ける気すらなかった。

「もう、へばったのか?」

 声がして振り向くと城壁の壁に寄りかかるリードがいた。

 彼女はこちらが気づくとゆっくりと歩み寄りながら言う。

「到着早々、看守長を殴って牢屋に入ったんだって?」

 キャリーは目を逸らす。

 ヘラヘラと笑うリードが鬱陶しく思ったからだ。

 彼女は運んだ荷物の中身を覗き込む。

 たくさんのりんごが入っていた。そして、その下に見たこともない黒い塊が……

 恐らく砲弾だと予想する。

(何かおっ始めようとしてんのか?)

 そう思いながらリードは静かに隠した。

 ついでにりんごを取って行く。

 一口食べると水々しく、とっても甘い味だ。

「何しに来たの?」

 キャリーは睨みつける。

 リードはそっけない態度で答えた。

「何も、手伝えとか言われても俺は非力だからね」

「あっそ……」

 同じ様に答えた。

「……」

 何もせず、何も気づかないフリをしようと思ったが、やっぱりやめた。

 リードはため息を吐いてからキャリーに聞く。

「さっきからずっと拗ねてるけど、何があった?」

「別に……」

「何もないわけねぇだろ。アンが心配してたぞ」

 一つ目の門の向こうでは今、アンがダイン、さらにはルークからキャリーのことを聞いていた。

「あのビッチ看守長に何かされたのか?」

 横に首を振る。

 されてはない。

 脅されたけど……

「じゃー何があった?」

 キャリーはだんまりを決め込む。

 彼女の態度にリードはチッと舌打ちをする。

 こっちが手探りで聞かなきゃいけないのがあまりにも面倒くさいと思ったからだ。

「いい加減にしろ! いつまでうだうだしてる気だ。話せやこら!」

 いきなり、怒鳴り声を上げる。

 思わず肩が跳ねるキャリーだった。

「……」

 彼女の方を見ると自分より小さいくせに眉間に皺を寄せて睨んでくる。

 キャリーは正直、リードには話したくないと思っていた。

 聞いてくれないと思うし……

 話そうとしてもお前が悪い、

馬鹿、と一言ですぐに終わらせそうだから嫌だった。

 リードは箱からもう一つ、りんごを取り出す。それをキャリーに軽く投げた。

 なんなくキャッチしたキャリーだが、どうしたものかと困ってしまう。

「食え、休憩だよ」

 リードは荷物の上に座りながら言った。

「その調子じゃ、途中でへばって最後まで運べないだろ」

 リードの目には疲れてヘトヘトのキャリーが写っている。

 キャリーは言われた通りにりんごにかぶりつく。

 シャキッとした歯応えに、口いっぱいに広がる甘い果汁。

 ゴチャゴチャ考えていた事がどうでもいい様に思えた。

「美味しい……」

 リードはニヤリとイタズラな笑みを浮かべる。

「食ったな? よし、この事を水色髪の野郎に言ったらどうなるかな」

「え……! は?」

 密告、キャリーの頭に嫌な予感が通過していった。

「お前も食ってたじゃん!」

「さぁな、俺の手元には何もないから」

 パッと両手を広げて言う。

 シラを切る気だ。

「でも、お前は食べた責任を取らされるだろうなぁ。依頼の荷物を勝手に食ったんだからな」

 ヘラヘラとリードは笑う。

「ひ、卑怯者……」

 歯を食いしばりながら言った。しかし、何も痛くないと言わんばかりに勝ち誇った顔を浮かべて彼女はキャリーを見下してくる。

 不意にリードは声を低くして少女に語りかける。

「それが嫌なら話しやがれ」

 強引な聞き出し方だった。

 こんな奴に話す事なんて、とキャリーは思ったが、話さなかったら、密告されてもっと良くないことになると気づく。

 仕方ないので話すことにした。しかし、これで良かったかもしれない。

キャリーは後々思う事になる。

 こうでもしないときっと、誰にも話せなかったのだから。

「実は……」

 キャリーはここに来る前、谷でシルバーに言われた事。

 ファドン刑務所に来てからアシュメがメアリーを侮辱した事を話した。

「期待に応えられなかったり、手を出しちゃったのは、悪いと思ってるけど……」

「……」

 リードは黙って頬杖ついて話を聞く。

「でも、何だか納得がいかないんだ……あたしが全部悪いのかな?」

 キャリーは話を締めくくる。

 言いたい事が全部言えた……

 チラリとリードの方を見ると彼女は深刻そうな顔を浮かべて黙って考えてくれていた。

「……」

 正直、意外だと思っている。

 彼女なら正論を途中で言って終わらせるとずっと思っていたからだ。でも、ちゃんと聞いてくれた。

 そのおかげで、少しだけ落ち着けた気がする。

「それってさ……」

 黙っていたリードは口を開ける。

「気にすることか?」

「?」

 気になってしまうから困っている。だから、気にするのでは?。

 キャリーは首を傾げる。

「そのシルバーとか言うジジイは、勝手に期待してただけだ。お前には関係ねえ」

「でも、期待してくれてたから……」

「違う!」彼女はキッパリと否定した。「それは利用されてるだけだ。期待ってのは相手を信じて応援する事だ。そのジジイは勝手に望んで叶わなかったからお前のせいにしてるだけだよ。馬鹿!」

 リードは続けてキャリーの胸に突き立てる。

「次にアシュメのビッチだ。テメェが後先考えずに突っ込んだのは悪い。自分の状況を考えろ」

 やっぱり言われた。リードに言われるのはすごく嫌だった。

「どの立場から言ってるんだよ……」

 思わず本音がこぼれるほど。

「うっるせぇ」

 彼女は笑い飛ばす。

「だが、これももう諦めろ。やっちまった事はもうどうしようもない。だったら、次のことを考えろ」

 リードは荷物の上から降りるとキャリーに背を向けて小さく呟いた。

「たく、アンの奴が心配してたから話を聞いてみたら、やっぱり下らない内容だったぜ。馬鹿馬鹿しい……」

 馬鹿馬鹿しい……

 彼女のそんな風に言えるほどの力があればとキャリーは密かに思ってしまう。

「かっこいいね」

 ポツリと呟く。

 リードは馬鹿馬鹿しいとニヤけた。

「牢屋暮らしのドブネズミがか?」

 首を横に振った。

「うんん、リードが……」

 自分の言葉にこそがゆくなったリードは、その場にいるのが恥ずかしくなった。

 急いでさろうと枯れ木の森に入ろうとする。

 大事なルールすら忘れて……

「ダウン・リブストック!」

 掛け声と共にドンっと突然、リードは地面に叩きつけられる。

「グハッ!」

 重さで息ができない。

 両手のリングが煌々と輝いていた。

(しくじった……)

 リードは歯を食いしばる。

「脱獄は重罪だぞ!」

 一つ目の門が開かれながらシャーフが険しい顔をしていた。

「カッ……ハァ……」

 リードは全身に感じる重みで喋れなくなっていた。

「なにが起きてるの⁉︎ ねぇ、お前がやってるのか、早く辞めて!」

 キャリーは慌てて止めようとする。しかし、シャーフはピシャリと言った。

「黙っていて下さい。この女は目を離したすきに許可なく門の外に出た。これは脱獄の未遂として処理しますよ」

(そんな……)

「シャ……ベら、せっ……ロ!」

 リードは這いつくばりながら喋ろうとする。

 シャーフは彼女に近づき、後ろ手に縛ってから彼女にかけられた魔法を解除した。

「ゲホッ、ゲホッ……はぁ、クソが!」

 カットっと、シャーフの方を睨む。

「弁解があるなら聞かせてもらおう」

 ボソリと呟いて立たせる。

「見てねぇテメーらが悪い。俺は真面目に刑務作業をしにきただけだよ。くっちゃべってたから先に出て来ただけだ」

 嘘つけ、盗み食いしに来ただけだろ、とキャリーは内心呟く。

「……」

 シャーフは少し黙り込み、彼女の話が本当か、キャリーの方に目線を送る。

 キャリーは意図を理解してないがこくりと頷いた。

 その後、深いため息を吐いてからリードの腕を引っ張る。

「詳しい話は向こうで聞かせてもらう。覚悟しろよ」

 去り際、リードはベーッと舌を出していた。

 一体、何を考えているのかキャリーには分からなかった。

「キャリー!」

 リードが連れていかれるのを見ているとルークやダイン、ノアルアの同行の元アンと名前の知らない黒髪で前髪に特徴のある女の人がやってきた。

「リードは、どうしたのんですか?」

 ダインは真っ先に尋ねる。

 何が起こったのか知らない様だ。

 キャリーは肩をすくめながら手短に答える。

「手伝いに来たら脱獄扱いされた」

「それはお気の毒に……」

 首を傾げるルークだったが、あまり気にしないで行こうと首を振る。

 ダインも同様だった。

 彼はキャリーと目線を合わせて言う。

「キャリー、先程は大丈夫でしたか?」

 アシュメのことだと察する。

 キャリーはこくりと微笑みながら頷く。

「貴方の立場は先程ルークから聞きました。良ければ貴方の依頼私にも手伝わせて下さい」

 ダインは胸に手を当てて言った。

 大柄な肉体に謙虚な姿勢。

 これ程、頼もしいと思った事はない。

 キャリーはうんと頷いて答える。

「うん、お願いさせて! ちょうど、あたしじゃ運べないのもあるの」

 彼女は目を輝かせながら彼の顔を見た。

 きっと、先ほどまでの自分だったら意地を張って断っていたに違いない。

 些細な変化だけど、リードと話せてよかったとキャリーは内心、思うのだった。


あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

凹んだ少女の心を解したのは、ガラの悪いリードでしたね。

それと、重要なギミックが出てきました。

詳しい機能は次回話に出ると思いますが、少しだけ……

簡単に言うと囚人を鎮圧、管理、処刑が簡単にできる手枷です。

これを作った魔法使いは優秀なのですが……あまり、やる気を出さない方です。

「キャリー・ピジュンの冒険」を面白い、興味を持ったという方は、

是非、ブックマーク、評価を付けてくださると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ