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八重する企みと囚人たち  Lv.4(六話)

 外の光が入りづらい暗い廊下、石レンガの床と壁のせいで凍えるほど寒かった。


「すみません、僕の冷気で寒いかもですが、我慢して下さい」


 扱いになれてないんです、とシャーフは歩きながら謝る。

 不意に刺激臭が鼻を襲う。

 キャリーは思わず鼻を覆った。


「うぅ……なに、この匂い、血?」


 鉄の様な匂いと嗅いだ事ないツンとしたにおいが、この先の中庭から匂ってくる。

 看守長補佐官のシャーフは思い出したかの様に口を開く。


「すみません、皆さん。この先、悍ましい物があります。気分を害するかも……」


 彼は、そのまま真っ直ぐ進んでいった。

 何のことか、さっぱりなキャリーはダインの方を見る。


「この先、何があるの?」


「さぁ? 私も分かりません」肩をすぼめる。「私も面会のためにここを通りますがこれと言って変な物は見ていませんね。今朝も特に何もなかったはずです」


「ダイン」


 話している間に先へ進んでいたルークの声色が変わる。

 重く怒りの籠った声だった。

 思わず彼の方を見てしまう。


 ルークは中庭を見ながら震えていた。


「キャリーの目を隠せ」


 ただならぬ様子にダインは頷く。


「え、なんで?」


「子供には見せられないやつだ」


 そう言うルークを最後に視界が塞がれる。

 ダインの手は大きく何も見えなかった。


「歩きずらいよ」


「我慢しろ」


 何に怒っているのだろうか、全く想像がつかない。


「ゆっくりと歩きますよ」


 ダインは合図を出す。


「うん」


 二人は息を合わせて歩き出す。

 今、何歩目なのだろう。

 後どれぐらいで、外してくれるかなと思っていたキャリー。

 不意にダインが足を止めてしまう。突然の事にキャリーは頭がもがれると思った。


「これはなんなのですか、いったい?」


 震えた声で話す。


 二人は何を見たのだろうか、気になったキャリーは唖然とするダインの手をどかした。

 大丈夫、ただの死体なら戦争の時に、見て来たから。しかし、そこに広がっていた光景はキャリーの想定を遥かに超えていた。


 壁に打ちつけられた六人の男女。


 身包みを剥がされた者、


 痛々しい切り傷がある者、


 さらにはガッシリと縛られた者や、


 頭陀袋を被せられた者。


 腹が膨れている者もいれば、

 酷くげっそりとした者もいた。


 これだけでも異質な光景だが、何より不気味なのは彼らの顔だった。

 こんなにも酷い目にあっていると言うのに、どこか幸せそうな笑みを浮かべている。


 目の焦点は合っておらずヘニャヘニャと笑っているのだ。

 あまりにも気味の悪い光景に、吐き出しそうになる。


「ウッ……」


 あれは生きているのか?


 生きているなんて信じられない。

 キャリーはそう思う事にした。

 突然、目の前の死体はビクン、ビクンと動き出す。

 芋虫の様に動く彼らを見てはいられなかった。


(見なければよかった……)


 心の底から後悔する。


「これは一体、なんなんだ!」


 ルークは怒りをあらわにする。


「貴様らは囚人をこんな風に扱っているのか」


「看守の兵もいます」


 ルークの言葉を聞いてシャーフは呟く。

 彼の言葉にまさかと思い、言葉に詰まるが、振り払って叫ぶ。


「そう言う問題じゃないだろ!」


 シャーフは中庭には目を向けず、歩き出す。


「僕も痛ましいと思っていますよ。同僚もこんな目に遭うなんて、怒りだってある。でも、ルークさん。ここでは出過ぎた真似は許されないんです。彼らは看守長の目に留まる様な事をしたんだ」


 歩きながら六人の話をした。


「二人の囚人は、脱獄をしようとしたんです。あれはもう当然の結果ですよ。むしろ、死刑にされるよりましかもしれません」


「囚人でやられた一人は就寝後に一人で遊んでいるのを見つかりました。もう一人は自ら、あのビッチに勝負を仕掛けたんです。自業自得ですよ」


 渡り廊下を抜けて、すぐ近くの扉に手を伸ばしたシャーフは体を止める。


「一番、哀れなのは、この現状を変えようとした彼らですよ」


 貼り付けにされた中にいた兵士たちのことを言う。

 自分だって、昔なら変えようと思ったかもしれない。


(今は……分からない)


「彼らは、わざわざ、丁寧に抗議しに行ってこのザマですよ。誰もあの人には逆らえません……」


 彼は肩を落として扉を開ける。


「お見苦しいものを見せてしまって申し訳ありません」彼は謝りながら扉の端による。「僕はあのイカれ女……失礼、看守長を連れてくるので皆さんはここで待ってて下さい」


 部屋に入った後、シャーフは静かに扉を閉めていった。


「……」


 思わぬ暴言に一瞬戸惑ったが、イカれてるのは確かだとルークは同意する。しかし、一つだけ、彼に言いたかったことがあった。


「あれの近くで待たされるのは流石に気分が悪いのだが……」


 そう言いながらキャリーたちの方を見る。

 顔色が悪く心配だった。


(一体、看守長はどんな奴なんだ?)



 

 ダインが戻って来る事を知ったアンは、胸が張り裂けそうな思いだった。


「ど、どうしよう……何しに来たのかな? まさか、別れ話!」


「そ、そんな事ないですよ!」


 不安がるアンを励まそうと言う。しかし、サチも考えると怖くて仕方なかった。


 ハァ、ハァ……


「んな訳ねぇだろ」


 リードだけは落ち着いた様子で頬づく。


「会いたくなきゃ来ねぇだろ」


「そうかな……?」


 指をモジモジさせながら聞き返す。


「あの野郎がわざわざ嫌がらせのために、別れ話をする様なタマかよ」


「それはない。でも……」アンは口籠る。「あの人は真面目だから、もしかしたら」


 不安な時ほど、嫌な方に考えてしまう。

 こうも尻込みするのを見ていて、リードはイライラが止まらなかった。


「だーかーらーなんで、そうなるんだよ! オメェは昔っから心配しすぎなんだよ。バカ!」


「うぐゥ……」


 せっかく、腫れた後が消えかけていたと言うのに、リードが騒ぐせいで、アンはまた泣きそうになってしまう。


「仕方ないじゃない。不安の裏返しは期待なのよ。アッアン!」


 騒がしくしすぎたせいか、隣の牢にいる囚人が話しかけてくる。


「こうならないでほしいって……願うほど、不安に、ンッ、なっちゃうものよ♡アンちゃんは彼氏さんと仲直りしたいのでしょ? ちゃんと謝れば許してくれるわ。アッ……イクゥ……」


 神経が逆立っていたリードは鉄格子を叩きつける。

 囚人風情が説教垂れているのが、気に入らなかった。

 黙らせようと叫び出す。


「囚人のクセにうるせぇんだよ。さっきからヤリあがって、キメェんだよ! アマが!」


「あら、覗き見なんていやらしい趣味、お持ちなのね。興奮しちゃう♡」


 ニタリと相手は微笑んだ。

 リードはゾッと背筋が凍る様な悪寒を感じる。


「……クソが」


 隣が見えるのはリードだけなので、一体なんのことか分からず二人は首を傾げる。


「隣の人は何をやってたんですか?」


「気持ち悪りーから言いたくねぇ」


 顔を赤くしながら彼女はそっぽを向いてしまった。


「囚人ども、静かにしろ! 独房にぶち込まれたいから」


 会話が止まりかけた頃、看守長補佐官のシャーフがやって来くる。

 水色の髪をした彼は、青と混ざり合うオレンジの瞳で女囚たちを睨みながら、威嚇の為に鉄格子を叩く。


 彼女たちも不謹慎だと思う様に、彼を睨み返す。

 お互い、それ以上口を聞かず、シャーフは通り過ぎてゆく。しかし、隣の牢の前ですぐに足を止めた。

 シャーフはため息をついて口を開く。


「反省の色が見えません。あなたには何をやっても無駄なんですね」


 呆れた口調で語る彼に中に籠る女は甘ったるい声で言った。


「シャーフくん、反省しました。どうか、愚かなわたくしめにキッツーいお仕置きをお与えくださ〜い」


 彼女は鉄格子に張り付き、舐めまわし、手を伸ばす。

 ゆっくりとシャーフのズボンの割れ目に触れようとした。だが、彼はすぐに一歩下がる。


「あぁ〜ん♡」


「反省なんてしてないじゃないですか……」


 冷たくあしらっても彼女はゾゾゾっと全身を震わせて、ニヤけが止まらない。


「いい、あなたに冷たくされるのも良い♡」


「あーもう、なんでもいいので出て来てください」


「今、なんでもいいって言った?」


「シルバー様の使いが来たんです」


 要件を聞いた女は急に静かになる。


「やっと来たのね」


 シャーフはガチャリと鍵を開ける。

 ゆっくりと鉄格子を上げた。

 女はゆっくりと外へ出る。


「んー監禁生活からの解放感は何度味わっても爽快よね〜」


 中から現れたのはマゼンタピンクの長い髪に、美しい顔立ち。

 黄緑色の瞳は怪しく輝いていた。


 他の囚人たちとは違う。

 立ち姿すら強者だと隣にいたリードも、アンも気づく。


「お前、何者だ?」


 隣にいた奴が堂々と外に出ているのを見て、リードは思わず聞いてしまう。

 女はニッと笑い向きを変える。


 背筋を伸ばし、体をくねらせ、右手を左肘に添える。


 左腕を高く突き上げ、ピースサインを作った。


「ファドン刑務所、看守長を務めます。アシュメ・ダイちゃんでーす♡」


 決めポーズをビシッと決める彼女は一人、自分の美しさに酔いしれていた。


(カッコつけちゃって、私ったら♡ これは熱狂間違いないわ)


 しかし、彼女が思っているほどの、黄色い悲鳴は聞こえてこなかった。


「……」


「……」


「……」


 冷ややかな視線しかない。


(あ〜ん、滑っちゃった♡ で~もゾクゾクしちゃう)


 こんなに冷たくされるとは思わず、体の内側が熱くなるのを感じてしまう。

 肩を抑えて体をくねらせる。

 口から唾液が溢れてしまった。


「さぁ、シャーフくん。使いの方を待たせるのは良くないわ。早いこと行きましょ」


 アシュメは腰に手を当てて言う。だが、シャーフはジッとこちらを見つめていた。


「あら、私の囚人服に見とれちゃった? そこのベッドでも構わないわよ」


「いいえ。アシュメ看守長……本当にその様な端ない格好で行くのですか?」


 彼の問いに自分の服装を見直す。

 ボロボロで可愛げのない布切れで作られた服。


 これでは囚人と間違われてしまう。

 もっとも、シャーフが言いたかったのはそのこともあるが、アシュメの濡れたズボンについて言いたかった。


 アシュメは落ち着いた様子で頷く。


「そうね、確かに着替えた方が良いわね」


(良かった。この人にもまだ、常識があって)


 シャーフは密かに安堵した。


「シャキッとした方が清楚で興奮するし♡」


 最後の言葉でやはり、この人はやっぱりおかしいと再確認する。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

中庭に何飾ってんだよ、あの女……マジで……

今までにないぶっ飛んだ奴、出てきましたね。

大丈夫? 気分悪くした?

話を戻しますが、見せしめ、看守長の趣味で、

つられた人たちの補足を入れさせていただきます。

壁に打ちつけられた六人の男女。

・身包みを剥がされた者→脱獄をしようとした男囚

・痛々しい切り傷がある者→脱獄を仕様とした女囚

・さらにはガッシリと縛られた者→一人夜を過ごしてた哀れな囚人くん

・頭陀袋を被せられた者→歯向かった女性の看守ちゃん

・腹が膨れている者→歯向かった男性の看守くん

・酷くげっそりとした者→看守長に夜の勝負に勝ったら、

釈放できると聞いて挑んだ間抜けな囚人

一様、全員、生きてはいますが……

ほぼ、百で後遺症あります……乾いた笑いしかできねえよ……

「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、

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