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八重する企みと囚人たち Lv.4(一話)

 深い暗闇に染まる海。相反する様に明るい街並みは光と音楽そして、絶え間ない談笑で包まれていた。

 潮風に当たりながら目の前の大きな建物を見下ろす女がいる。

 他の建物より豪勢に輝くそこは、この街一番のお金持ちが住む豪邸だ。


 今日は神の国バシレイアの博物館から借りたお宝、アイオライトコンパスを展示してパーティーが開いている。


 彼女の狙いはそれを盗むことだった。

 かつて、命の恩人たちが盗めなかったお宝だ。

 代わりに自分が取って彼女たちを安心させようと思ったのだ。


 震える心臓、息を整えようと必死で抑える。


 両手を広げ、いざ飛ぼうとした。しかし、気持ちとは裏腹に足が動かない。


(怖い……)


 上手くできるのか、本当にこれでよかったのか分からずにいた。


 それでも、彼女たちの出来なかったことを成就しようと思ったのだ。

 今、自分にできる恩返しはこれしかない。そう思っている。


「あの豪邸に盗みに行くのはオススメしないよ」


 背後から声が聞こえた。

 驚き、振り返るとフードとマントを羽織、長い杖を持った青年が立っていた。


 彼はゆっくりと近づきながら話す。


「アイオライトコンパス、行くべき道を示してくれると言われているお宝だ。数ヶ月前、バシレイアでそれを盗もうとした奴らがいたらしいね。確か……」


 間をおいてから話を続ける。


「そう、アンリード。おや? 今回、あの建物に予告を出したのは奴も同じ名前だね」


 わざとらしく言う。


「だが、彼女たちは今、バシレイアの北西部にあるファドン刑務所に習慣中のはずだ……じゃあ、予告を出したのは誰だろうね?」


 突然、現れた青年は暗闇と相まって不気味に見える。

 女は腕を組みながら目を逸らした。


「さあ? よく分からないわ……」


 青年は空を見上げて、深呼吸する。そして、満月以上に黄色い瞳でこちらを見た。


「まずあの豪邸に住んでいる主人は、この国の英雄だ。手を出そうなんてこの街の人間だったら、先ず考えられない。逆に外から来た人たちならあり得るかもしれないが、今回みたいにわざわざ予告状を出す間抜けはいないだろうね。しかも、すでに捕まっている泥棒たちの名前なんて尚更だ。君もそう思わないか?」


 何も知らないと態度で示した。

 彼はしばし、考え込んでから直接、言うことにする。


「アンリードを名乗って、アイオライトコンパスを盗もうとしているけど、やめた方がいい。君には向いてない」


 落ち着いて丁寧な口調だ。

 その言葉に女はゾッとする。

 もうダメだと思った。


 踏ん張っていた足に力が入らなくなる。

 彼女は見晴らしのいい屋上で、座り込んでしまった。


「いつから?」女は尋ねる。「いつから分かったの?」


 しゃがみ込んだ彼女の横に、座りながら青年は答える。


「街で見かけた時からかな?」


 彼自身もあまり自信がない言い方だ。


「僕は、あの豪邸の主人に依頼されて、アンリードを探すことにしたんだ。んで、大まかな目星として、この辺りをうろついている他国の人間……もっと言うとバシレイアの人たちに目をつけたんだ。他の国だったらアンリードなんて名前を使わないと思ったからね」


「バシレイアの人って、いったいこの国に、どれだけの人がいると思ってるの?」


 女は目を見開いて驚く。

 青年は落ち着いた口調で付け加えた。


「この豪邸をずっとうろつく奴らだけだよ。まぁ、それでも、骨が折れると思ったね」


 真面目に言った。


「そんな時に君が人を助けている所を見たんだ」


 女はいつ人を助けたか思い出そうと考え込む。

 今朝、子供連れの母親が買ったばかりのリンゴを落としてしまったのを見て、拾ってあげたのを思い出す。

 ただ、それだけで怪しまれる事などしていないはずだ……


 不思議に思ってしまい首をかけしげる。


「まぁ、別に普通のことだと思うだろ? そうだね。君はいい事をした。でも、ずっと暗い顔をしていたね。何だか無理して笑っていたと思うよ。東の国出身だろ? 綺麗な顔がもったいない」


 まっすぐな黒髪で左側が跳ねた特徴的な前髪。

 顔立ちから見て推測したのだろう。

 青年は誇らしげに言う。しかし、女はうまく答えることができなかった。


「ごめんなさい……私、東の国には行ったことがないの」


「え! あ? そうだったのか、決めつけてすまない……」


 そうだな、容姿が似ていても、出身は別ってことも多いよな……と青年は頭を抱える。


「いいよ別に、多分、似た様な場所だから。ねえ、私、どんな顔してた?」


 俯きながら尋ねてみる。本当は自分でも分かっていたのかもしれない。


「えっと、そうだな。悪い事をしてしまったって、顔をしていたよ。罪悪感ってヤツだ。まあ、疑ったと言うより、心配になってしまったんだ。優しい人が肩身を狭くして生きるなんて、嫌だからね。それはそうと君はビクつきすぎだ」


 指を刺して言う。

 お前はビビり過ぎた。

 いつか言われた言葉を懐かしい面影と共に思い出す。


「本当、そうみたいね」


 彼女は縮こまってしまった。

 少しの間、お互い静かに夜風を楽しんだ。

 やがて、女はもう盗むことは無理だと諦めて、自分の処遇について尋ねる。


「ねえ?」


「何だい?」


「私をどうするの?」


 青年は考え込む様なフリをして、すぐに答える。


「別にどうもしないさ。未遂だから捕まえられないしね。主人にはただの悪戯だと伝えるよ。それに」


 青年は一息置いてから話す。


「君には盗みは向いていない。優しすぎだ。悪い事って自覚しちゃっている」


 彼の言葉に女はため息を吐く。

 自分の情けなさに目を背けたかった。

 彼女たちに恩を返せると思っていたが、それすら出来ないらしい。


 私なんて……心の中で呟きかけた。その時、青年は立ち上がり言った。


「盗みは辞めて、変わりに僕に話をしてくれないか?」


「話?」


 首を傾げる。

 彼はこくりと頷いた。


「あぁ、君を助けたって言う黄色い少女の話をね」


 誰のことか思い出そうとする。

 ふと、朝日の中、突然現れた少女の事を思い出した。

 綺麗な金髪に、黄色い瞳の少女。


「キャリー?」


 青年は嬉しそうに頷く。


「そうだ、キャリー・ピジュンの冒険を聞きたいんだ」


 女は少し困った顔を浮かべる。


「別にいいけど……私、あの子とそんなに話せてないから、話せる事なんて少ないよ」


「構わないさ、そうと決まれば下に降りて店を探そ」


 青年は向きを変えて歩き始める。ふと、大事な事を聞き忘れていたと思い出す。

向きを戻し女に尋ねる。


「そうだ、君の名前を聞いていなかった。アンリードと呼んだ方がいいのかい?」


 女は立ち上がり、潮風に乱れる髪を押さえながら自分の本当の名前教えてあげた。


「うんん、サチって呼んで」


 そう言って二人は豪邸がよく見える屋根の上を後にして、一人の少女の話をするのだった。

 あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

 どうも、あやかしの濫です。

 本当に大変、長らくお待たせしました。

 ついつい、書きたいこと、やりたいこと、やりすぎて時間が掛かってしまいました。

 一話はプロローグ的な物です。

 舞台は神の国バシレイアから南に降りたところにある、海の見える食の国での出来事です。

「キャリー・ピジュンの冒険 八重する企みと囚人たち Lv.4」

楽しんでもらえると幸いです。

「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、

ブックマーク、評価を付けてくださると嬉しいです。

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