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赤煉瓦の町で再開した仲間 Lv.2(七話)

 満月が照らす闇の中、目を逸らす様に俯きながら歩く二人。

 ただ、一つの願いを成すために東へ、煌々と輝く塔に向かっていた。


 これが正しいのか、分からず青年は顔を上げる。

 もしかしたら、他の道があるかもしれない。だから、引き返そうと話を切り出す。


「なぁ、メアリー……まだ、可能性はある。何とかできるんじゃないか?」


 この言葉に答えはない。まして、可能性すら無い。


 闇雲な絵空事だった。


 前を歩くメアリーは、足を止める。


 呆れた様などうしようもない悲しみと絶望に満ちた顔で振り返った。


「可能性? なぁ、オリパス。あたしたちには、これ以外にどんな選択肢があったんだよ?」


 怒りが込められているはずなのに、オリパスを傷つける気が全くない言い方だった。

 メアリーはため息を溢す。


「誰も聞いてくれなかったんだ。マトも、オットーも……サイに、ディファレア、スタックタウンのみんな……何で、何だよ……」


 頭を抱える彼女にオリパスは寄り添うことすらできなかった。

 メアリーは自分を追い詰める様に歯を食いしばりながら続けてしまう。


(これ以上、言わなくて良い)


 彼の顔色なんて見えやしなかった。


「バシレイアの刺客が来たよな。これから先、まだ戦うとしたら、南の国や北の国に協力して攻めるって何で、そこまでするんだよ。それに……それに……」


「メアリー……」


 メアリーはジッとオリパスの方を見つめる。

 助けを求める様に。

 慰めてもらいたいと願う様に。


「なぁ、オリパス。例え、どれだけの可能性があったとしても、あたし達には時間がないんだ。考えているうちに誰かが死ぬかもしれない。あたしはそんなの嫌だよ」


「俺も嫌だよ!」オリパスは叫ぶ。「メアリー、このまま逃げよ。どこか遠くに行って何もせずにさ」


 彼の言葉にメアリーは地面を踏みつける。

 紅オーラを纏い、引き裂く様な音を立てて、地面をエグった。


「ふざけんなよ! そんな事出来るわけないだろ。あいつを見殺しになんて出来るわけない」


 鋭い目が強く光る。

 彼女の圧にオリパスは何も言えなくなってしまった。


「なぁ、オリパス」


 俯く彼にメアリーは話しかける。


「あたしが死んだ後、この戦争は終わる。でも、戦いは終わらないはずだ」


 先導者のメアリー・ホルスが消えてもスタックタウンはバシレイアと戦い続ける。

 一時的に戦力が失われても、彼らの技術力ならすぐに元通りになると二人は予想していた。

 そこでメアリーはオリパスに最後のお願いを頼んだ。


「頼む。あたしが死んだ後、あいつらを止めてくれ。無理を承知だ。無茶かもしれない。でも、お前なら何とか収められるはずだ」


 こうして、共に歩いてきた幼馴染として、メアリーはオリパスのことを信じている。

 彼女はゆっくりと歩み寄り、そっとオリパスの胸に拳を当てた。


「見つけてくれ」


 胸に触れる彼女の拳は優しく。しかし、硬く重たかった。

 何度も託される事があった。でも、これ程までにやりたくないモノはない。


 お互い、誰かが死ぬのは見たくない。


 多くの仲間が、死んでいくなんて耐えられなかった。だから、この選択を選んだ。

 考える余地も対策する隙もないままに選択を迫られる。


 首を横に降りたい。


 オリパスはメアリーに生きてほしいと願った。しかし、自身の首と彼女の価値では、到底釣り合うこともなく。

 まともに思い浮かんだ案が、これしかなかった。そして、メアリーに話してしまった。

 彼の答えを聞くことなく、メアリーは向きを戻し、歩き始めた。


(待ってくれ!)


 慌てて、手を伸ばす。


 届かないほど、遠くに行こうとするメアリーにオリパスは必死に追いつき、止めようと思った。

 だが、彼女を納得させられる答えを未だに見つけられずにいる。

 やがて、時は進み。


 メアリーは死んだ。


 それを仲間に伝えなくてはならなくなった。

 彼女が願った、戦いを止めることを遂行できなかった。


 そんな自分に失望以外何が浮かぶ?


 無力で無能な自分を呪い続けた。

 腹の中から怒りのナイフを突き立てる。

 やがて、憤怒は絶望に変わり、気づけば疲れて何も見えなくなってしまった。


 もう、疲れた……


 俺も、そっちに……


 湖に沈む様に、体が浮く様に意識が遠のいていった。



 

 ふと、月明かりが照らされて目を覚ます。

 体を起こして、辺りを見渡した。

 石レンガで作られたベッド、足の方に綺麗な金髪の少女が顔を埋めて眠っているのに気づく。


(キャリー? なぜ、ここに……そもそも、ここは……そうだ)


 お腹を刺され気を失った後、目を覚ますとレサトの家にいた事を思い出す。

 その後すぐに疲れて眠ってしまったのだ。


「目を覚ましたようね」


 ぼんやりとしていると声をかけられる。

 見ると編み込まれたミルクティー色の髪にフリルの多い袖とロングスカートを着た女性がコップを持ってこちらを見ていた。


「レサさん……」


 呆然としていると、彼女は紅茶を一口飲んでから話し始めた。


「その子、あなたが目を覚さないかずっと心配してたのよ」


 肩をすくめながら目線を眠っている少女の方に向ける。


「全力であなたを守ろうとしてたのよ」


「……」


 目覚めてすぐで、何のことかさっぱり分からずにいる。

 レサトはすかさず、昼間の出来事を話した。


「私のスープに毒が入ってるんじゃないかって、毒味しようとしたのよ」


 口元を押さえながらクスクスと笑う。しかし、すぐに辞めて呆れた顔で目を逸らした。


「心外よね。そんな事、するはずないのに……」


「疑われても仕方ないだろ?」


 オリパスは首を傾げる。

 レサトは驚いた顔を浮かべて、彼に対しての文句を言った。


「まぁ、もともと、貴方のせいなのよ。あの子に気をつけろなんて言うから」


「実際、そうだろ?」


 オリパスの言葉に彼女の肩が揺れる。


「なぁ、まだ辛いか?」


「えぇ、当たり前でしょ?」


「「…………」」


 沈黙が忘れたい過去を呼ぼうとしていた。

 辛い過去を思い出したくないレサトは話を逸らす。


「お腹空いてるでしょ? ポトフ残ってるの。食べる?」


 オリパスの返事も聞かずに暖炉に火を焚べる。

 薪を積んで、火種を間に詰める。

 マッチを擦り、赤く灯る火を放り込んだ。


 火種に添加されれば、すぐだった。

 火は炎に変わり、ゆらゆらと辺りを照らす。


 レサトはポトフの入った鍋を暖炉に置いた。


「傷の具合はどう?」


 一通り終えた彼女は聞く。

 オリパスはお腹を触りながら頷いた。


「特に……これで二度目か? お前にもやられたな」


 過去の出来事をボソリと呟くが、続くことはない。

 話は今の話になった。


「刺されたのは覚えてるわよね」


「あぁ」


 オリパスはキャリーに刺されたと思っていた。でも、昼間の意識が飛ぶ前、彼女は違うと否定したのは覚えている。

 それに殺すならこうやって助けようとしないと思った。

 だから、別の人にやられた事だけは分かっている。


「メアリーの、彼女を慕う人がやったらしいわ。テトから聞いた」


「テト?」


 突然、出てきた名前にオリパスは眉を顰める。

 小柄で長い髭を生やした男だ。


「えぇ、さっき、ここに来たわ。今は森の外で一夜を過ごさせてる」


「……」


 黙ってみているとレサトは睨み返してきた。


「何よ。レディー二人に、情けないナイトが寝たきりの家よ。落ち着けないわ。それに彼は行商人こう言うのも慣れとかないと」


 屁理屈をこねる彼女の言葉にオリパスは目を逸らした。


(情けないナイト……情けない男か……)


「そうだな……」


 彼はダラリと寝転ぶ。

 顔を覆い溜め息を吐いた。


「オットーが動いてるらしいわよ」


 レサトの言葉に顔を覆った手をどかす。

 虎の耳と尻尾を持つ騒がしい奴を思い出す。


「復讐ですって……メアリーの敵を撃つってテトやこの子に言ってたそうよ」


 眠っている少女の方を見ながら話す。

 メアリーは強さと優しい性格から慕われていた。だから、彼女が殺された事を嘆く人は多い。


(復讐だって、あり得ない話じゃないんだ……)


 オリパスは天井をマジマジと見つめる。

 "頼む。あたしが死んだ後、あいつらを止めてくれ。"

 彼女の言葉が呪いの様に心を蝕む。


「……?」


 呪い……?


 呪いだと……?


 オリパスは突然、体を起こした。

 顔を握り潰す様に掴む、呼吸の仕方がわからなくなった。


「オリパス?」


 心配するレサトの声など聞こえない。


 乱れる呼吸。


 不意に思った自分を今すぐにでも殺したと思った。


(そもそも、こうなってしまったのは俺が無能だからだ。ゴミ野郎。


 参謀として、副団長として、彼女を支えられなかった。

 友として、助けてやれなかった俺のせいで、メアリーを殺したんだぞ!)


(何をしていた?

 何をしなくちゃいけない?

 俺はまだ、やらなきゃいけないことがあるだろ?)


 沈みかけていた意識が溺れていることに気づいてしまう様に、オリパスは自分の責任と無意識のうちに逃げようとしていた自分の心の渦に苦しみ始める。

 悔しさとそんなこと、関係ないと命令する意識が引っ張り合っていた。


「オリパス、オリパス!」


「!」


 肩を譲られて、呼ばれて横を見る。

 レサトが心配してこっちを見ていた。


「落ち着いて、貴方のせいじゃない」


「ッ!」


 肩に爪を立てて掴まれる。

 乱れる心が落ち着き始めた。

 荒療治だが、助かった。


「大事なものを失えば、誰だって平気でいられないわ。余裕がなければ尚更よ」


 彼女の言葉に慰められて、まだ震える手のひらを見つめた。


「食事は辞めときましょ。ハーブティーを入れるわ」


 茶葉を取りに行こうとするレサト。しかし、離れる瞬間、手首を強く掴まれる。


「いや、食う」


 オリパスは顔を合わせずに呟いた。


 瞳孔は揺れ、奥歯をずっと噛み締めている。

 落ち着いてもなお、腹のいどころが悪いままだった。

 レサトはそんなオリパスにメアリーの面影を感じてしまう。


 こうなると聞かないことなんて分かりきっていた。

 仕方ないので、よそる事にする。


 ポトフの入った皿をオリパスに渡すと、彼はガッツキ始めた。

 まだ、湯気が出ていると言うのに口に放り込む。


「ちょ、そんなに急いで食べたら」


「ゲホ、ゲホゲホゲホ」


 むせてしまった。


 急いで水を飲ませようとしたが彼はそんな暇ないと言いたげに具材を口に押し込む。

 オリパスは今、これから先の事だけを考えていた。


 オットーが復讐のために仲間を集めているとして、他に誰が動くのか?


 スタックタウンの技術者だ。

 彼らは探究のためなら、己の崇高さを見せるためなら、どんなものだって作る。


 例え、人道に反していたとしてもだ。


(俺たちが予想していた通りになった。

 戦争が終わったとしても、争いは止まらない。

 俺はその争いをどう止めるかを考えなきゃいけない)


 標的は十中八九、神の国バシレイアだ。

 そうなれば、メアリー・ホルスの犠牲は無駄になる。


(止めなきゃ、止めなきゃ、止められなきゃオリパス、お前はくたばれ。いや、それだけじゃ足りない。弱竜の餌にでもなれ)


 彼はスプーンすら噛み締めて目の前を睨んだ。

 逃げようとする心はもういらない。


 存在すら許さない。


 彼女の為にも、自分は絶望なんてしていられないんだ。

 爆発する様な思いも長くは続かない。


 スプーンを噛んでいたオリパスだったが、ゆっくりと噛むのをやめる。


 やらなきゃいけない事は、オットーとスタックタウンの技術者を止める事。

 大変な事だが、今、自分は幸運だと思える事が二つあった。


 一つは、仲間内での戦いだ。見えない何かを気にしなくていい。


 もう一つは……オリパスは顔を上げてレサトの方を見る。


 なりふり構っていられない。

 例え、彼女が望んでいなくても……


「力を貸せ」


 鋭く真っ直ぐな視線で、かつてのファイアナド騎士団、暗殺者を睨む。

 オリパスの言葉に驚くレサトだったが、すぐに暗く冷たい瞳を浮かべていた。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

オリパスその考え方はダメだよ……メンタルやむって……

今回は彼とレサトさんとの関係を話しましょう。

お互い相手の事を心配する仲です。

オリパスの方は昔のレサトさんの事を知っていて、つらい思いをしないか心配しています。

逆にレサトさんはオリパスが頑張りすぎて壊れないか心配してます。

作者としては二人とも心配過ぎて不安ですよ。

「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、

ブックマーク、評価を付けてくださると嬉しいです。

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