赤煉瓦の町で再開した仲間 Lv.2(六話)
騒がしい町と違って、静かな森の中。
ひんやりする小さな家に寄りかかりながらキャリーはオリパスの無事を祈っていた。
(大丈夫かな……中を覗いてみたいな……)
傷を塞ぐのに邪魔だと言われて、外に追い出されてしまったキャリー。
今は庭の花を眺めながら、落ち着こうとしていた。
(オリパス……なんで、あんな所にいたんだろう)
彼が刺される瞬間を思い出す。
突然の事に驚いたが、オリパスを刺した少女の言いたい事はわかる気がする。
(でも……死んでほしくなかった)
キャリーは目線を落とす。
(そう言えば、あいつの顔……)
再開した瞬間は、どこか苦しそうで、何かを強く憎んでいるような顔していた。しかし、少女に刺された時、彼はどこか満足そうな安らかな顔を浮かべていた。
なんで、そんな顔していたんだろうと、目の前の名前も知らない花を眺めていると扉が開く。
音に気づいたキャリーはすかさず立ち上がった。
「オリパスは?」
中から髪を編み込みながら出てきたレサト。
優しく微笑みながら溢すように呟く。
「無事よ」
キャリーはいても立ってもいられず、レサトの横を走り抜ける。
「オリパス!」
「まだ、安静にさせてあげて」
レサトの言葉も届かず、キャリーはオリパスの顔を覗き込んだ。
ぐったりとした様子で、目を瞑っていた。
眠ってしまったのか、と思ったがそうじゃないらしい。
「うるさい……」
ボソリと低い声が聞こえた。
キャリーは嬉しくて目を見開く。
(よかった、生きてて……)
目頭が熱くなる。
「なんだ、その目は? お前が刺したんじゃないのか?」
「そんな事するもんか!」
突然、失礼なことを言い出されてキャリーは驚く。
なぜ、自分がそんな事をする必要があるのだ。
「通り魔の女の人に果物ナイフで刺されたんだよ」
「……」
オリパスは黙って天井を見つめる。
「あと、メア姉のためだって……」
キャリーは目線をずらしながらボソリと呟いた。なんだか、腑に落ちない事だったから。
後ろにいたレサトも寝ていたオリパスも表情は変わらなかったが、驚いてる様に見えた。
「そう言えば……ここはどこなんだ?」
オリパスは体を起こそうとする。
「ダメだよ。まだ寝てて、出ないと……」
キャリーが止める前にレサトが後ろからオリパスの頭を人差し指で抑える。
「ここは私の家よ。傷口は塞いだけど動いたらまた血が溢れるわ。それに疲れてるでしょ、あなた。まだ、寝てて良いわよ」
レサトの言葉にオリパスは黙って横になる事にした。
「はぁ……お前に命を救われるとはな……」
「救ったのは私じゃないわ。キャリーよ」
そう言いながら彼女はキャリーの頭を撫でるのだった。
「そうだ、あなた達がくる前にポトフを作ってたの。食べるでしょ?」
レサトは向きを変えて暖炉に向かう。
「あたしも手伝ってくるね」
キャリーも後に続こうとした。その時、オリパスが彼女の手を掴む。
少しびっくりして彼の顔を見た。
オリパスは目を瞑ったまま、囁く様に言う。
「レサさんには気をつけろよ」
「!」
その言葉に心臓が引き締まる様な気がした。
同時に昔のレサトの姿が目に浮かぶ。
夜闇、物影に隠れ、素早く敵を撃つ冷徹な彼女は味方からも恐れられていた。
ファイアナド騎士団で最も人を殺した女。
"あの人だって、メアリーに忠誠を誓ってただろ?"
この場所を教えてくれた行商人テトの言葉が脳裏に浮かぶ。
キャリーは思わず唾を飲み込んだ。
(いや、まさか、そんなはずはない。だって、オリパスを助けてくれたじゃん)
先ほどまでなかった疑念が浮かんでくる。
本来なら出るはずもない不信感。でも、命を狙われてしまったオリパスの事を考えると仲間から狙われてもおかしくない。
仲間を裏切った彼には命を狙われる理由があるののだから。
そんなはずはないと首を振る。
(だって、レサ姉はオリパスの傷を治してくれたじゃん。でも……でも……)
彼女はファイアナド騎士団で最も人を殺した女。
そのやり方をキャリーは知らないはずもない。
そのやり方は……
ほんのりと、コクのある甘い香りが漂ってくる。
顔を上げるとポトフをよそったお皿をレサトが持っていた。
「さあ、キャリー、オリパスに持っていってあげて」
彼女は微笑みながら皿を差し出す。その顔はなにを考えているのか、全くわからない様に張り付いた笑顔だ。
キャリーは怖くなって、後退りする。
もしかしたら、毒が入っているかもしれない。
ファイアナド騎士団、サソリの尻尾、暗殺者レサトは敵を確実に殺すために毒を扱う。
武器、飲み水、唾液の中にまで、どこに仕込んだか誰も気づかぬまま倒されていく。
(もしかしたら、あの中に……)
ゆらりと揺れるスープの中にあるかも知れない。そう考えると怖くなってきた。
いっそ、急いでここから逃げてしまうか……キャリーは考える。しかし、不意にかかとがベッドにぶつかった。
左見るとオリパスが目を瞑っている。
彼は刺されたお腹を隠す様にしていた。
(そうだ……ダメだ……)
逃げるならオリパスも連れて行かなくちゃいけない。
だが、彼を抱えて、外に出る。
その間にレサトに捕まるかもしれない。さらに、下手に動かして傷口が開いてしまったら大変だ。
逃げられない。
(あたしだけ食べなくても、オリパスの口に運ばれてしまうかもしれない……)
なかなか、お皿を受け取ってくれないキャリーにレサトは首を傾げる。
キャリーは小さい頭で必死にどうしたら良いか考え始めていた。
(何とかして、毒が分かれば……)
ふと、打開策が浮かぶ。
キャリーは、真剣な顔でレサトを見た。
震える声で話し出す。
「毒味する……」
「え?」
「スープに毒がないか、毒味する……」
レサトは困った顔を浮かべ、笑い飛ばした。
「何を言い出すの? そんなはずないでしょ」
「レサ姉ならやりかねない……」
そう呟くと突然、レサトの顔が曇る。
はーっと長くため息を吐き出した。
次の瞬間、暗く、暗く、冷徹な目線が弓矢の様にキャリーに放たれた。
全身の毛が逆立つ様だった。
「!」
レサトはポトフをテーブルに置き、距離を置くようにして作業台の机に、座る様に寄りかかる。
彼女は顎を引いて、不敵でイタズラな笑みを浮かべ呟いた。
「試してみる?」
背後の窓から光が差し込み、レサトの顔に怪しい影が落ちる。
まさか、本当にっとキャリーは全身が小刻みに震えるのを感じた。
皿の中身を覗いてみる。
キャベツに包まれる様にニンジン、ジャガイモ、それと長いソーセージが湯汁に浸かっていた。
キャリーは恐る恐る皿を持ち上げた。
(匂いは……何ともない
もし、レサ姉が毒を入れるならきっと分かんない様に入れるはずだ。
今までだって、そうやって来たと思う……これはもう、食べてみるしかない)
キャリーはそう思った。
レサトが用意したスプーンも拾い、食べようとスープをひと掬いする。
口に運ぼうとした瞬間、レサトは思い出した様に人差し指を頬に添えて話し出す。
「あぁ、そういえば、祝福の力を持っている子は、他の子よりも丈夫なのよね?」
掬い上げたスープが溢れる。
嫌な予感がした。
「でも、安心してそう言う子達にもちゃんと効く様に作ってるから」
彼女は微笑みを絶やさずにキャリーを優しく、優しく見守る。
背後から忍び寄る蛇の様に冷たく。
足元からサソリが這い上がってくる様な嫌悪感をキャリーは体感する。
体の震えが止まらない。
(どうする……本当に食べるの?)
ジッとポトフを睨む。
彼女の言ったことが本当にそうだとすれば、今すぐに逃げるべきだ。でないとキャリー自身にまで危険が及ぶ。
もし、逃げたとして、オリパスはどうする。
彼を抱えて逃げると、いつもより足が遅くなる。
そしたら、レサトにも捕まるかもしれない。
そもそも、本当に毒は入っているのか?
どうして、疑ってしまったのか、訳がわからなくなる。
行商人テトもオリパスも、レサトのことを疑う。
自分も同じだ。
今もニヒルに笑う彼女の瞳は夜の様に黒く、冷たく、何を考えているのか分からない。
怖い。
怖くても、信用していた。
もしかすると、キャリーは信じたいのかもしれない。
レサトは仲間だと。
でも、彼女の恐ろしさがキャリーを惑わせる。
どうしたらいいのか、分からないキャリーは、考えられなくなっていた。
ゆっくりとスープを再度掬う。
そして、震える口に意を決して入れた。
目を見開き、心臓が跳ねる。
「美味しい……」
言葉が溢れる。
甘くて、でも、ちょうど良い塩加減。何と用言すれば良いのか分からない味が口いっぱいに広がった。
レサトは当然と言わんばかりに鼻で笑う。
「当たり前でしょ、私が作ったのだもの」
ゆっくりとキャリーに近づく。
「本当……急に何を言い出す事やら」
申し訳なくて、目線を合わせられない。
レサトは、そのまま横を通り過ぎてオリパスの様子を伺う。
「うん、眠ってるみたいね。この子の分はまた後でよそりましょ」
振り返ってみると愛おしく見つめて、微笑むレサトの顔が見えた。
彼女の様子にキャリーは意表をつかれる。
レサトはキャリーの方に向きを戻しながら呆れた顔で話し始めた。
「そもそも、オリパスを殺すならあなた達を助けないし。あなたを追い出した時に寝首を掻っ切ってるわ」
その言葉にキャリーは固まる。
(よく考えてみればそうか……)
「あっ! うぅ………」
先程まで自分は何を考えていたのか分からなくなり、恥ずかしくる。
全身が熱くなるのを感じた。
レサトに顔を合わせられい。
俯いているキャリーにレサトは優しく声をかける。
「キャリー、気にしないで。この子を守ろうとしたのでしょ? それなら、仕方ないわ。あなたは……」
一瞬、口ごもる。
レサトは、キャリーがファイアナド騎士団の事情を知っているか分からなかったかだ。しかし、オリパスと一緒なら、きっと彼が話してくれているのだろうと思い、話を続ける。
「きっと、この子のことでしょ。あなたも事情は知ってるのよね?」
目を細めながらキャリーの方を見つめる。
自然と背筋が伸びるような気がした。
こくりとキャリーは頷く。
レサトは一瞬、目を逸らしたが微笑みながらキャリーの方を見つめ直す。
「なら、仕方ないわね……」
彼女の何かを諦める様子に、キャリーは申し訳ない気持ちがいっぱいになる。
言わないと、と口がモゴモゴし始めた。
「まあ……」ふと、レサトは頬に手を当てて呟く「疑われたのは悲しかったわ……」
しょんぼりとした様子で空な目を浮かべる。
「ごめんなさい‼︎」
キャリーは思わず、叫ぶ様に謝った。
思いっきり謝る少女を面白おかしく、目を細めて、レサトはクスクスと笑った。
「そうね、お詫びにこの後、庭の手入れを手伝ってもらおうかしら」
カタカタと震えながら、キャリーはレサトのお願いを聞くしかなかった。
「あぁ、食べてからで大丈夫よ。誰かさんが、毒見をしてくれたしね」
先ほどの仕返しと言わんばかりにいじりながら、彼女は自分用にポトフを取りに行った。
キャリーもショゲながら中央の机に座り、食べ始める。
口に含めば、暖かくて、甘い様なしょっぱさで心が満たされていく。
優しいお味に涙が溢れそうになる。
きっと、罪悪感の味だ。
具材は柔らかくて、噛みやすく。
恥ずかしい思いをかき消そうと、キャリーは口の中へキャベツ、ニンジン、ジャガイモと放り込む。しかし、甘くみていた。
ホクホクな具材に彼女は舌を火傷する。
「アチっ!」
びっくりして叫んでしまう。
「ほら、落ち着いて食べなさい」
「ごべんなさい……」
食事を終えて、外に出るまでキャリーはこれしか言えなかった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
コンソメってどんな味なんでしょうね?
もちろん、食べたことはありますよ。
ただ、甘いのにしょっぱいあのちょうどいい塩梅、なんなんでしょうか?
うますぎます、作ったポトフは優しい味ですよ。
まあ、キャリーが味わったのは恥じですけどね。
それでもポトフは美味しかったそうです。
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