赤煉瓦の町で再会した仲間 Lv.2(三話)
戦争を終わらせた祝祭の日。
あれ以来、オリパスはまともに眠れずにいた。
寝ても覚めても自分の侵した罪に苦しめられている。
彼は若くして幼馴染のメアリー・ホルスの隣でファイアナド騎士団を率いていた。
オリパスたちは技術の街スタックタウンの独立のために戦ってきた。そして、念願の独立につながる交渉に必要な条件をそろえたのだ。
ただ、そう上手く進められる話ではなかった。
ギャンブルで勝ちが続いている時に、ずいぶん懐が温まったとして、どれだけの人が手を引く事ができるのだろう?
オリパスは想像すらした事がない。
そのせいでメアリーを死なせたんだ。
許せない。
許せない。
「おい、旦那、旦那!」
下から覗き込む様にフード付きのマントを羽織る男がオリパスを見ていた。
男は何度も呼びかけているのだと気づく。
「あっ……あぁ、すまない」
「顔色が悪そうですね。旦那、家内は順調ですかね?」
突然、男は尋ねる。
一体なんのことか、オリパスは疑問になったが、すぐに暗号だと気づく。
訳、スタックタウンはまとめられたか?
オリパスは首を振った。
神の国バシレイアと技術の街スタックタウンは独立をめぐって争っていたが、ついこの間、祝祭の日にファイアナド騎士団団長、異名、紅蓮の竜巻、メアリー・ホルスを処刑することで決着がついた。
名目上は……当然、スタックタウンのほとんどの人間は納得いかないだろう。しかし、これ以上の争いは両者にとって良くない。
バシレイアは数え切れない犠牲を。
スタックタウンには気にするべき他の問題がある。
オリパスはそう考えていた。
戦争を終わらせて、独立したスタックタウンに安定した経済をもたらすため、オリパスは動こうとしている。
そのためにまず、自分たちの騎士団を解散させなくてはならなかった。
祝祭の翌日には、旅立ち数日かけてスタックタウンに帰ってきた。
オリパスはそこでファイアナド騎士団を招集させる。
作られた兵器をしまう貯蔵庫、かすかに聞こえる機械音の中、睨みをきかせるものたち。
彼らの視線の先にはただ一人オリパスが立っていた。
「で、どう言うつもりだ? オリパス」
どっしりと木箱の上に座る大男マト。
赤い髪に豪快に生やした髭を触りながら尋ねる。
「俺たちが知らねえ分けねえだろ?」
ギロリと睨みつける。
オリパスは臆する事なく答えた。
「あぁ、助かるよ……マトさん」
「つまり、認めるってことか? メアリーをバシレイアに渡したってのは……」
オリパスはこくりと頷く。
彼の毅然とした態度に痺れを切らしたオットーは、近くの箱を壊しながら近づく。
血走った目にむき出しの牙。
逆立つ尻尾の毛
食い殺す一歩手前だった。
「どう言うことだよ。なぁ! 何しに来たんだ!」
胸ぐらを掴み尋ねる。
「メアリーの姉貴を殺して、のこのこと顔を出しに来て! 仲間ぶって、ふざけんじゃねぇぞ! ぶっ殺してやる!」
爪を掻き立てオリパスの顔を引き裂こうとした。しかし、腕を掴まれ、止められる。
見るとファイアナド騎士団、サソリの尻尾暗殺者レサトがオットーの手首を掴んでいた。
ベージュのコートを羽織、口元を布で隠す、うっすらと開く瞳は夜の冷たさを思わせるものだった。
「離せよ! 離してください、レサトの姉貴! こいつは生かしておけねぇ! 離してくれ!」
オットーは無理にでも動こうとするが手首を強く握られて勢いを押さえ込まれる。
「……クッ!」
オットーの怒りっぽいところは、前から困ったものだと思いながら、レサトはため息を吐く。
そして、オリパスの方を見た。
「話してちょうだい。でないと次はもう、私は止めないわ」
彼女の重い言葉にオリパスは頷く。
息を吸って、自分たちの意思を話し始めた。
「スタックタウンは独立のために戦ってきた。そして、長い戦いの末、独立を認める紙をもらった」
コリパスは一枚の紙を取り出す。
そこにはメアリーとオリパスのサインが書かれてあった。
これはメアリーを渡す前に取った契約書である。
「ファイアナド騎士団は当初、スタックタウン独立のために戦ってきた。それが今、達成された。そして……」
オリパスは口籠もる。
未だあの選択だと思っていないからだ。しかし、決して心情に気づかれない様に険しい顔を浮かべ続けていた。
「そして、我々の団長メアリー・ホルスはもういない」
「お前が殺したんだろうが!」
オットーが叫ぶ。
彼女の声を無視して話を続けた。
「俺は団長の代理、副団長としてお前たちに告げる……ファイアナド騎士団は今日を持って解散だ」
「……」
「……」
オリパスは静寂の中、自分が孤立していくのを感じていく。
何をすればよかったんだ。
どうすれば良かったんだ。
迷いが頭をよぎる。
周りが見えなくなりそうになった。次の瞬間、オリパスの頬に強い痛みが走る。
オットーが走ってきて殴り飛ばしたのだ。
「ふざけるな! 一体、何があったんだよ」
「オリパス、これじゃ誰も納得しないわ」
オットーもレサトも他の連中も何も分からず怒っていた。
オリパスはしばらく、ほんの少しの間、動けずにいた。が、出来るだけ早く動こうと体を起こす。
立ち上がり頬を伸びると出来る限り正確に、したくもない話をし始めた。
話せば彼女を思い出す。
話せば仲間を失望させる。
話せば自分の無能さが目に入る。
それでも、手放すことの出来ない約束があった。
「俺たちは戦争に勝った!」
無理矢理にでも話すため、誰に向けるでもない。
自分自身に言い聞かせるように声を張り上げる。
「なら!」
オットーが口を挟もうとする。
黙っていろと言わんばかり叫び声で遮った。
「決定的な勝利を決めた日、みんなで喜んだよな……」天を仰ぐように見る。「これで辛い重税に縛られなくて済む。たくさんの命が救える」
(そう言って終われたらよかったのに……)
奥歯を噛み締める。
「みんなで喜んだ。だが、お前らは誰一人、戦争というゲームのテーブルから立とうとしなかった!」
オリパスの脳裏には必死に訴えるメアリーの横顔が映る。
「これ以上、戦争を続ければ他国も加勢することになった。だから、あいつは自らの首を差し出して戦争を終わらせることにしたんだ」
オリパスは相手の様子を伺うために黙り込む。
話を聞いてマトは顎髭を触りながらオリパスの考えを読み取っていた。
「なるほど、あの人が死ぬことでバシレイアとこちらの戦力を同じ……いや、向こうのほうが少し上でこちらが不利になるようにしたのか……」
「そ、そんな事しなくても、話してくれればよかっただろ!」
オットーは涙を浮かべながら手をはらう。
(話してくれれば……?)
彼女の言葉に押さえきれない怒りが込み上げてくる。
無責任な、今更な、出鱈目な、言い訳だ!
「誰も耳を貸さなかったじゃないか!」
彼の顔を見てオットーは唖然とする。
「なに泣いているんだ……お前?」
オリパスはここにきて初めて感情をあらわにした。
歯を食いしばり、険しい顔で涙を流している。しかし、彼は自分が泣いているなんて微塵も思っていなかった。
涙を流すことすら許せなかった。
「……話してくれれば? 話したじゃないか! 何度も、メアリーはちゃんとお前らに聞こうとした。それなのにヘラヘラと……ふざけやがって! 真剣に聞こうとしなかったじゃないか!」
心当たりがあるのか、顔を背ける奴らがいる。しかし、オットーは目を逸らさずにオリパスを見て言い切る。
「そんな事ない。お前が、お前が生き急いだせいで、あの人は死んだんだ!」
最後の言葉にオリパスの心が揺らぎかける。しかし、それ以上にオットーの何も知らないという態度が腹立たしくなっていった。
「じゃあなんだ! お前らが話を聞いてくれるまで、誰かが犠牲になるまで、待って、足並みを揃えて地獄に落ちろって言いたいのか⁉︎」
二人の口論に熱が入っていく。
「別にそうじゃねえよ!」
「そういう事だろ! お前が言いたいのは」
「何をふざけたことをそうやって決めつけて!」
「能無しのお前に何ができた?」
「はぁ? ふざけんな!」
口論はエスカレートしていき、ついには手が出る始末だった。
先に手を出したのはオットーだ。
オリパスの顔面を殴る。
彼が倒れる前にここぞと言わんばかりに殴り続けた。
「うああああ!」
殴られ続けるオリパスだが、倒れないように必死に足で堪える。
ほんの少し、一瞬だけオリパスは本気でこいつを殺したいと思ってしまった。
ギロリと目玉を動かし、オットーの顔を覗き込む。
震えるほど力を込めて握り拳を作った。
一発だ、一発だけ打ち込む。
そう思ったはずだった……
何故だか、急に馬鹿らしくなってしまい手に力が入らなくなる。
(こいつに言い聞かせても無駄なんだ……
これは自分への罰なんだ……)
そう考えてしまった。
殴られ続けるオリパスを見て、そろそろやめさせた方がいいと思った仲間たちが動き出す。
「オットー、そろそろやめよ。オリパスさんが死んじゃう!」
後ろに回り込み羽交いじめをする青年。
「安心しろ、死にやしねえから」
必死に押さえ込む青年を見ながらオリパスの右につくサソリの右腕、サンツは呟く。
まだ、立とうとするオリパスの顔を覗き込みながらレサトはため息をこぼした。
「安静にさせないとダメね……バカ……誰か、水と包帯持ってきて!」
オリパスは薄れゆく意識の中、離れていく仲間たちの姿を目に焼き付けていた。
次に目を覚ました時、仲間は誰一人彼の元にいなかった。
赤い煉瓦の建物と瓦礫に包まれた町の中、オリパスの返事を聞いた男は、なるほどと呟く。
事情を暗号越しに聞いていた彼はヘラヘラと笑っていう。
「うちも猫を持ってるんスけどね。とんだじゃじゃ馬ならぬ、じゃじゃ猫なんスよ」
「……」
オリパスに目を逸らされた。
「すいやせん……」
男はフードを深く被り直す。
「しかし、大変ですな。他にも問題があるんでしょ?」
オリパスは頷いて、暗号で答えた。
「他にも水道管の修理に、隣人への挨拶もまだなんだ。同居人に任せてしまっている」
水や食料の安定化、住人のほとんどを絞める技術者たちに説得するのが、まだ終わってない。
仲間には頼んではいるが……
その仲間にはいささか、不安しかない。
オリパスは深いため息を吐く。
困った顔を浮かべる彼を見て、男はニヤリと笑う。
「旦那だ。いい事をお教えしましょう」
そろそろ、本来の情報を教えなくてはと耳打ちする。
「荒野の谷に向かってください。そこにシルバー様達がおります。必ずやあなた達の役に立つでしょう」
男は顔を戻しニンマリとした笑顔を見せて手を振った。
「それじゃあ、落ち着いたらまたきてくだせぇ」
こくりと頷いてオリパスは歩き出す。
流れ行く人だかりの中、オリパスは気づかないうちに心の奥底まで思考を落としていた。
(今でも分からない。どうすれば良かったんだ……戦いを終わらせる為に俺たちはどうすれば良かったんだ? 何も答えを見出せない自分に腹が立つ。今すぐにでも、ぐちゃぐちゃに引き裂いてやりたい)
メアリーが困った時に手を差し伸べられなかった自分を、
解散する際にしっかりと向き合わなかった自分を、
今すぐにでも、殺したい。
何千何百とオリパスはこんな風に自分を追い詰めるような事ばかり考えてしまっていた。
許せない、グズで、ノロマで、能無しの役立たず。
死んでしまえ。
死んでしまえ。
願いに応えられない裏切り者は死んでしまえ。
周りの音がくぐもって聞こえてくる。
彼は今、自分が生きているのか、死んでいるのか分からなかった。
ふと、顔を上げると懐かしい少女が立っていた。
綺麗な金髪に、黄色い瞳。
丘の上で強い恨みを買ってしまった少女。
オリパスはこぼす様に言葉を漏らした。
「キャリー……?」
なぜ、ここに? と思った。
次の瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。
見るとお腹に果物用ナイフが刺さっていた。
触れてみれば、べっとりとした赤い、赤い血が張りつく。
オリパスはガクンと地面に倒れる。
「オリパス!」
キャリーの叫ぶ様な声が聞こえてくる。
(そうか……これで、やっと……)
薄れゆく意識の中、オリパスは赤い手を見ながら思いを浮かべる。
(君のところに……)
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
オリパス……その考え方はダメだ。
心を病む理由って色々ありますけど、
自分を卑下するのと無理にやろうと考えるのは、
あまり良くないですね。
死ぬな! 馬鹿やろ!!
「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、
ブックマーク、評価を付けてくださると嬉しいです。
さいかいって言葉、「再開」「再会」があるんですね……
若干意味が違ったみたいです。
物語としてこっちの「再開」は、意味が違ったので
タイトルを修正させていただきます。




