黄金 の森に住む娘と再燃する哀惜 Lv.1(四話)
太陽の光で黄金の様に輝く森。
小さな小道を抜けると、大きな塔が一つ立っていた。
すぐ隣には小さな家が繋がっている。
少女は手を伸ばして扉を叩いた。
三年後、メアリーは死んだ。
彼女はバシレイアに捕まり、戦争を起こした主幹として処刑された。
最後の瞬間をキャリーは見てしまった。
喝采の中、キャリーは一人苦く辛く悲しい思いをした。
あれから何日も経ち、世界中に噂が広まりきった頃、ノーザンは何も知らずに紅茶を啜っていた。
あの頃と同じ暗い木々を抜けて黄金の様に輝く森に建つ塔と隣の小さな家で暮らしていた。
コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
そろそろか、とノーザンには誰が来るのか予想が付いていた。
先日、近くの村にいるランサン郵便に依頼を出したのだ。
(名指しでやると意味わかんない値段になったから、要件だけにしたけど、ワンチ別の人が来たかもしれない。まぁ、そん時はその時っしょ)
ぼんやりと思いながら扉を開く。
「こんにちは、ランサン郵便協会のキャリー・ピジュンです!」
ハキハキとした明るい口調で自己紹介をする少女。
綺麗な金髪に黄色い瞳、あの頃より背と髪が伸びたキャリーが立っていた。
「キャリー! 久しぶりだねーちょっと背伸びた?」
「そうかな?」
ノーザンは久しぶりの再会に大いに喜んだ。
「うん、大きくなってるよ。さあさあ、中に入って一杯飲んでから話そう」
中に案内する。
家の中は、あの頃と違い長い髪が漂う黄金の海の様な光景ではなくなっていた。ただ、物が少し散らかっている。
今のノーザンはあのボサボサになった髪から、肘の辺りまで髪が伸びている。
初めて会った頃に比べれば、まだ、サッパリしていた。
「実はね、大事なクシをまた無くしちゃって、探すの手伝ってくれない?」
あの頃と同じ依頼だとキャリーはクスリと笑う。
「いいよ」
キャリーは差し出されたお茶を一飲みしたら、すぐに探し始めた。
「ノーザン、あれからちゃんとご飯食べてる?」
キャリーは探す手を休めずに尋ねた。
「え? あーまーぼちぼちかな〜たまに面倒で食べない日もあるけど、買い出しは忘れない様にしてるよ」
キャリーと反対側を探すノーザンは答えた。
髪をバッサリ切った事で自由になれた彼女は久しぶりに村へ顔を出しに行ったらしい。
村で仕事をしていた親友が目をひん剥いて気絶しちゃったとおかしそうにノーザンは話す。
村の人たちもすごく喜んでいた。
「あなた達が来てくれて本当に良かったよ……」
ボソリと呟いた。
「そうだ、またこんなに伸びちゃっててさ、メアリーに頼みたいんだけど、呼んでこれる?」
何気ない会話だった。
しかし、 キャリーは息を飲む。
探す手を止めた。
家の中が途端に静かに感じノーザンは振り返る。
キャリーの顔色が悪い事に気がつく。
青ざめて、手が震えている。
「キャリー?」
声をかけるがしばらく帰ってこなかった。
何かを決心する様に目の前の少女は顔を上げる。そして、申し訳なさと悲しさが入り混じった様なくしゃくしゃな顔で掠れた声で話し出す。
「ごめんなさい、メア姉には……メア姉には会えないの、死んじゃったから……」
その言葉を聞いた瞬間、隙間風の様な冷たいものが体をすり抜けた様な気がする。しかし、ノーザンにはどこか他人事の様に感じてしまった。
ショックなのは当然だ。
友達を失って悲しくない訳じゃない。
ただ、漠然としすぎてしまっているのだ。
知らない場所でいつの間にか友人が死んでしまった。
それ以上のことを思うことができなかった。
あとは……髪を切ってくれる唯一の人がいなくなってしまったぐらいだ。
何かできたとか、そばに居てあげたかった。
なんて言える仲でもない。
「そう……」
「ごめんなさい……」
ノーザンには頷く事しかできなかった。
その後、二人は話す話題を見失い黙々とクシを探し続けた。
キャリーはメアリーについて話したいことがあった。
彼女が何のために戦っていたのか 、知っといてほしいと思ったのだ。でも、話す勇気がなかった。
話したら、ノーザンに嫌な思いをさせるかもしれない。
知りたくなかったって言われたら余計に悲しくなるのだ。
それにキャリー自身が、メアリーの死について話せる自信がなかった。
辛いことは乗り越えたと思っていた。でも、やっぱり悲しい。
泣きたいと思った。でも、今はノーザンが一番泣きたいはずだ。
そう思うと話すことも泣き出すこともできなかった。
ノーザンは聞く勇気が持てなかった。
なぜメアリーは死んでしまったのか、一番聞きたいことだ。しかし、自分よりも小さいキャリーに辛い思いをさせるのは酷だと思ったのだ。
彼女に懐いていたのはこの子だ。
話すのも嫌なのかもしれない、と考えてしまい聞けずにいた。
二人して遠慮してしまって いた。
不意にノーザンが探していた辺りに小さな宝箱を見つける。
これは久しぶりに村に行った時、買ったものだ。そんで、この中に大事なものは入れとこうと思っていた。
もしや、この中にとノーザンは開けてみる。
「あった……」
箱の中には貯金のミンツの袋とヘヤセットが一式入っていた。
髪留めに、油、ハサミ、そして、探していたクシが入っていた。
キャリーの方を振り返り、見つけたことを伝える。
「キャリー、見つけた。ありがとね、一緒に探してくれて」
「ううん、依頼だから……」
彼女は無理して笑顔を作ろうとしていた。
「……」
キャリーの顔を見ているとノーザンはどこか居心地の悪さを感じてしまう。
何か別の話題があればと考えこむ。しかし、すぐに思い浮かばなかった。
そうこうしているうちに、キャリーは斜めがけの鞄から依頼を終えたことを記録する証明書の紙を取り出していた。
ちゃっちゃと終わらせてしまおうと思ったのだ。
「はい、これお願い」
気まずい空気が広がり続ける。
言われるがまま、ノーザンは証明書を記入した。
書き終えてミンツを貰うとそそくさと逃げる様にキャリーは外に向かう。
もどかしさを感じていたノーザンは、キャリーの名前を呼ぶ。
「キャリー」
キャリーは首を傾げながら振り返った。
髪をいじりながら言葉を探す。そして、キャリーの方を見て一つ話題を見つけた。
「だいぶ髪伸びたっしょ。切ってあげようか?」
キャリーは思い出した様に自分の前髪をいじる。
確かに何かのきっかけで前髪がずれると、見づらい事を思い出す。
キャリーはしばらく考えてからこくりと頷いた。
「オーケー、じゃあちょっと外に出て待ってて、切る用意するから」
そう言いながらノーザンは椅子を抱え始める。
キャリーは言われた通り外に出て待つ事にした。
ノーザンは抱えた椅子を外に持って行き、窓のすぐ前に置いた。
背もたれが壁に付かない絶妙な間を開けていた。
そのまま、彼女は家の中に戻ってしまう。
なんだろうとじっと待っていると椅子を置いた窓が開く。
「さあ、座って」
ハサミをチョキチョキと動かしながらノーザンが姿を見せる。
彼女は優しく微笑みながら話す。
「家の中で切るより、外で切った方が後片付け、楽なんだよね」
キャリーは言われた通り座る。
なんだか、じっと座っているとぼんやりとしてくる感だった。
目の前には黄金の様に輝く草木が見える。
遠くで鳥の声が聞こえてくるぐらいで、ここはとても穏やかな場所だった。
「じゃあ、切るよ」
ノーザンは言いながらキャリーの髪を少し濡らす。その後、見つけたクシで髪をとかし始めた。
シャキシャキと耳元に髪が切れる音が聞こえてくる。
「やべ……」
不意にノーザンが呟く。
「?」
キャリーは首を傾げた。
「あー大丈夫、失敗はしてないよ。ただ、私も外に出て切った方が楽だったなーって」
「……」
キャリーは再び遠くを眺めることにした。
ぼんやりとする意識の中、キャリーは先ほどの自分を思い出す。
(あたし、乗り越えたと思ってた……メア姉がいなくなった事。でも……)
考えると悲しくなる。
目頭が熱くなってくる。
涙が溢れそうだった。
(でも……泣けない。だって、今はノーザンの方が悲しいと思うから、あたしが泣くのはおかしい)
キャリーは自分に言い聞かせる。
でも、押さえ込もうとすればするほど、心の中は、鳥籠の中で暴れる鳥の様にざわつく。
気づけば全身を強張らせていた。
このまま、覆い隠したらどうなるのか、想像がつかなくなる。
我慢して黙って岩の様に固まった自分は、砕けてしまうのではと思い始めた。その時、ノーザンの手が止まる。
「キャリー……」
名前を呼ばれて、ハッとする。
息をすることすら忘れていたらしい。
気づけばゼェ、ハァと呼吸をしていた。
何と返したらいいのか分からず、じっと黙っているとノーザンがゆっくりと呟く。
「キャリー、さっきからずっと我慢してるっしょ」
答えられず俯く。
「メアリーがいなくなった事でしょ。分かるよ、私ら友達だもん」
(あぁ……ダメだ。隠さなきゃ……泣いちゃダメ。泣いちゃダメ……)
俯いたせいで、涙が集まり、だんだん重くなる。
キャリーは溢れないように必死に祈った。
「辛いね……」
(うん……そうだね)
小さく頷く。だから、泣くのを我慢するんだ。ノーザンが悲しめるように。でも、ノーザンが言いたいのはそうじゃなかった。
「だから、堪えなくていいよ。我慢しなくていいよ」
ノーザンは優しくキャリーの頭を撫でる。
「あなたの方が、ずっとそばにいたっしょ、私なんかに気を使わなくていいから……」
彼女の言葉にキャリーは押さえつけていたものが全部崩れるのを感じた。
今までにないぐらい大きな声で泣き出してしまった。
黄金に輝く森の中で綺麗な金髪に、黄色い瞳をした少女が一人、泣きじゃくっていた。
何か思いを言うでもなく、隠す事もなく。
大切な人の死を嘆いていた。
そばにいたノーザンにとってごく普通と思える、自然な事だと彼女は考えている。だから、彼女からしたら風が吹く様な些細な物と捉えていた。
ただ、ようやく、メアリーに会えないのだと分かった気がした。
これで唯一髪を切ってくれる友達がいなくなったのだと知る。
ノーザンの頬にも涙がこぼれ落ちる。
もらい泣きをしてしまったのだ、と自分に言い聞かせる様に彼女は涙を拭き取る。
そして、あと少し目の前の少女の髪を整えるため、ハサミを置いて油を手に馴染ませた。
手で解く様にしてキャリーの髪に馴染ませる。
作業が終わるころ、ようやくキャリーも落ち着きを取り戻していた。
「ノーザン……」
「ん?」
「ありがとう……」
鼻を啜りながらお礼を言う。
ノーザンは軽く返した。
髪の手入れは趣味の一環でしかない。
キャリーがきっと別の事についてお礼をしているのだと気づいていたが、それに関しては気づかないふりをした。
「ほら、終わったよ。うわ、顔がぐちゃぐちゃじゃん。はい、タオルとちり紙」
キャリーの顔は涙と鼻水でびしょびしょに濡れていた。
何度も拭き取ってようやく、元の可愛らしい顔に戻った。
これでようやくと言わんばかりにノーザンはため息を吐く。
「はい、手鏡」
手に持っていた鏡をキャリーに向ける。
まだ赤く腫れている黄色い瞳と目があった。
キャリーは口を小さく開けている自分の姿が見えた。
全体の雰囲気は前とそんなに変わってない。
ただ、髪のボリュームが少なくなっていた。
頭が小さくなって、後ろ髪も少し短くなっていた。
気持ち頭が軽い気がする。
「どんな、髪型にするか考えずに始めちゃってさ、まぁ、少し短くさっぱりさせとこっかなって」
ノーザンは腰に手を当てて言った。
キャリーは自分の髪を撫でてみたい。
ツルツルとして綺麗だった。
「ノーザンの髪みたいだね」
ポツリと呟く。
言われて彼女はほんとっと嬉しそうに聞いてきた。
キャリーはこくりと頷く。
手鏡を下ろしてキャリーはもう一度お礼を言った。
「髪を切ってくれてありがとう」
ノーザンは髪をいじりながら嬉しそうに答える。
「どういたしまして」
二人は椅子をしまって、道具を片付けた。
依頼を完了したキャリーは配達証明書にノーザンからサインをもらう。
自分の荷物、鞄と中に入っていた大事な手紙を確認してから入ってきた扉を開けた。
目の前には黄金に照らされる森が見える。
キャリーは大きく息を吸った。
メアリーがいなくなって、やっぱり辛いし、寂しい。でも、いつまでもクヨクヨしていられない。
(前に進まなきゃ。じゃないときっとメア姉が心配する)
ふと、後ろを振り返る。
長い金髪を切ることができず、いじりながら、こちらを見るノーザンの姿があった。
彼女は軽口を叩く様に言う。
「後ろ髪なんて引っ張らないよ」
一瞬、口をつぐんだ。
「また、おいで、今度はいいニュースを聞かせてね」
キャリーはこくりと頷いて前に踏み出した。
「また、来るね!」
嬉しそうに微笑むキャリーはノーザンにはとても眩しく見えた。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
話の初めに三年前って書けばよかったと、投稿した後に気づきました。
キャリーは祝祭の日、メアリーが死んだあの日、彼女はむせび泣きました。
あれは大切な人の死への絶望と拒絶されたショックの涙で、
今回キャリーが流した涙は心の整理と決着だと思って書きました。
キャリーは前に進みたがる性格で、中途半端に気の利く子なんです。だから、敬語が時々変になって、ノーザンのために我慢しちゃて、そんな子なのだろうなと見てて可愛いなと思ってしまうんですよね。
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