アイオライト防衛線 Lv.3(二話)
例え、心が折れてしまっても再び立ち上がらなくてはならない。なぜなら、大切な人たちを守るために。
青い空に目が眩んだのか、視界がぼやける。
一瞬、過去のことを思い出した。
今は紅蓮の竜巻メアリー・ホルスは処刑され、彼女の死によって戦争は終わった。バシレイアには平和な日々がやってきた。
クリアになっていく視界の中で、豊かな街並みと目の前に大きさが全く違う男女二人が現れる。
片方は筋骨隆々の巨大な男だ。
ぼんやりとするルークを前に彼は口を開く。
「正式に依頼を引き受けたのだ。ひとまず、自己紹介をさせてもらいましょう。私の名前はダイン・カメネフ。北の国からやって来ました」
ダインは礼儀正しく自己紹介をする。上半身全裸なことを除いたら。
ルークはそう言うものだと納得して突っ込むことを放棄している。
片手間に挨拶を返して、もう一人の方を見た。
綺麗な金髪に黄色い瞳の少女、斜めがけの鞄を持った彼女は少し暗い表情をしている。
ルークの目線に気づき、笑顔を作りながら顔を上げた。
「あたしの名前はキャリー・ピジュンだ。よろしく」
小さな少女を前にルークはちょっとした不安を感じていた。
これから受ける依頼にこんな小さな子に任せて良かったものかと。数分前、ランサン郵便協会に依頼を出しに行ったルークはそこで支部長を務める男からこの二人を紹介してもらった。
ダインの方は嬉しい限りだったが、キャリーの方は任せきれるか心配で仕方なかった。
「そう言えば、まだ、依頼について詳しく聞かされてないんだけど、どんな依頼だ?」
大通りを歩きながらキャリーはチラチラとルークがいる後ろを振り向きながら聞く。
「そういえば、まだだったな。すまない」
頷いて依頼の内容を話し始めた。
「今朝、バシレイアの博物館に予告状が届いたんだ。今、巷を賑わせている盗人アンリードからの予告状だ」
「アンリード?」
ダインは首を傾げる。彼はこの国に来たばかりで国の話題などよく分からないのだ。
「あぁ、初めはただのコソ泥だったらしいんだが、少しずつ狙う獲物を大きくしているらしい」
「あれ? あんたもよく分かってないの?」
「うちは新聞をとってなくてな……」
ルークは申し訳なさそうに頭をかいた。
「でだ、奴は今回、博物館に展示されているアイオライトコンパスを狙っているんだ」
依頼の全貌がなんとなく分かったダインはポンと手を叩いて喋る。
「なるほど、私たちはそのアイオライトコンパスを盗まれない様に守ればいいのですね!」
それに対してルークはゆっくりと首を振った。
「警備に関してはバシレイアの兵士が担当する」
「じゃあ、あたし達は何をすればいいの?」
「アンリードの捜索だ」
キャリーとダインは訳が分からずお互いの顔を見た。
「警備隊長の指示でな、警備しつつ、奴を捜索して先に捕まえてやろうって魂胆だ」
お宝を盗みにくる盗人を待ち構えるのではなく、こちら側から捕まえにいく作戦。
キャリーには、する糸が全く分からなかった。
ふと、そのアンリードが狙っているお宝がどんな物なのか気になったキャリーはルークに聞いてみた。
「ねえ、アイオライトコンパスってどんな物なの?」
「それは……見た方が早い」
ルークは足を止めて上を見る。
白い円柱の柱で大きな屋根を支える建物、ここがバシレイアの博物館だ。
正面には名前の分からない銅像が建てられていて、天を指差しているように見えた。
多分、神さまの誰かだろうとキャリーは何となく横目で見る。
三人は警備員に挨拶をして中に入ろうとした。しかし、一人止められた男がいる。
ダインだ。
「ちょっと、お兄さんなんで半裸なの? ちゃんと服着なさい」
「服などない。全部、吹き飛びました。なので、代わりの服を買うためにここに来たのです」
「服を買うために? それなら服屋に行きなさいよ。ここは博物館ですよ」
「だから、私は服を買うお金がないので、ここに仕事をしに来たのですよ」
「君の様な変態の職員なんて見たことないですよ」
警備員と話がうまく噛み合ってない、当分動けそうになかった。
ルークは嘆息を吐いてからダインに伝える。
「ダイン、外で待っててくれ。俺らの仕事は外でやるから」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「止まれ!」
無理にでも入ろうとするダインを見て、キャリーはいざこざにならなければいいと思いながらルークの後を追って中へと入っていく。
博物館の中は、白い壁に赤い絨毯の落ち着いた高級感ある色あいだった。
途中、いろんな絵と展示の鎧に混じって兵士が構えているが見えた。
辺りをキョロキョロ見ながら、歩いているとルークが一つの部屋に入って行く。
そこは大きな部屋で、数人の兵士が真ん中の展示品を囲んで立っているのが見えた。
ルークが来たことに警備していた兵士が気づき敬礼する。ルークも合わせて敬礼をした。
「ルーク、ただいま戻りました。隊長殿はどちらに?」
いつか聞いた様にハキハキと声を出す。
初めに二人に気づいた兵士は指を刺して隊長の居場所を教えた。
見ると無性髭を生やした男が高そうなスーツを来た老人と話していた。
ルークは少し駆け足でその人の元へ行く。
「隊長殿、ただいま戻りました」
「おう、おかえり。どうだ、お前の助手は雇えたか?」
老人との話を切り上げてから男は聞く、
「ええ、まあ……」
歯切れの悪い返事しかできない。男はチラッとルークの背後を覗いてみた。
そこには、不思議そうに辺りを見渡す少女の姿が。想像していたのとぜんぜん違う。
「なんだ、ただのガキじゃないか、こいつだけか?」
「もう一人いるんですけど……そいつは外で止められています」
「あっそ」
そっけなく呆れた様に答える。
ルークは拾いきれない返事にどう答えたらいいか分からなくなった。
「とりあえず、じゃあ、頼んだぞ」
男はルークの肩を軽く叩いてその場を去っていく。
その際、眠気に襲われたのだろうか、大きなあくびを一つした。
数秒、立ち尽くしたていたがやがてルークはやれやれと言ってキャリーの方を振り返る。
「そこの兵士に囲われているのがアイオライトコンパスだ」
キャリーはくるりと、ルークがいった方を見る。
兵士が邪魔で見えなかったので少しずれてみた。
キャリーの小さな手のひらにぎりぎり収まるか分からない大きさの青紫色の宝石が、赤い豪勢な枕の上に置かれていた。
綺麗な八角形の真ん中には真っ白いコンパスの表面が見える。
針の先端は赤く、真っ直ぐに北を指していた。
「これが……」
豪勢な代物にどんな感想を言ったらいいか分からず、言葉に詰まる。
「これがアイオライトコンパスだ」
ルークが横に立って解説してくれた。
「偉大な錬金術師が作ったとされる物で、使用者の向かうべき道を示してくれるそうだ。もっとも、実際に使用しても何の効果もなかったらしい」
「詳しいね」
「そこの台を交換する時に読んだ」
ルークはお宝が展示されている台を指差す。
「念のため、わられない様に防護魔法で作られた強化ガラスに変えている。例え、どんな腕力の持ち主でもこれを壊すことはできない」
「できるよ……メア姉なら」
一瞬、キャリーはつぶやく。
思わず口に出てしまった。
彼女は急いで口を覆い隠した。
「……?」
ルークは誰のことか分からず、首を傾げる。鍵開け職人でも友達にいるのだろうか?
(そもそも、鍵穴などない。
メア姉……どこかで聞いたことある様な……)
『あいつはいつも、あたしの事をメア姉! メア姉! て呼ぶんだよ! 可愛いだろ?』
(頭の中に誰かが微笑む顔が浮かぶ。もしかして、この子はあの女の……)
ぼんやりと横に立つ少女が何者なのか気になり始めた。その時、遠くの方から騒がしい音が近づいてくる。
二人は入ってきた扉の方を見た。
「不法侵入者だ!」
「不法侵入者ではない!」
「「「早や!」」」
「どこに行った?」
「おい、どんな奴だ?」
「筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ」
「おい後ろ!」
と警備員たちの騒ぐ声が聞こえる。
「ここか? ここか! こーこーだーな!」
バンと扉が強く開く。
キャリーとルークの目の前に筋骨隆々の大男、ダインが現れたのだった。
「ダイン! 何してるの?」
「私も、そのアイオライトコンパスを見てみたいのです」
髪を開きあげながら部屋に入ってくる。
見張の警備が身構えたが、ルークが収める様に指示を出す。
彼らは素直に言う事を聞いて、一人は仲間を呼びに行った。
「入館チケットをなけなしの小銭で買ったのだが……なぜか、入れてもらえなかったのだ。何でも、裸な奴を神聖な博物館に入れるわけはないと言って、通してくれない!」
そら、そうだ……と二人は頭を抱える。
上半身裸な奴を入れたがらないよ。
「ズボンは履いています!」
「そう言う問題じゃない。と言うか、そのなけなしのお金で上着を買ったらどうだったんだ?」
「あれじゃ、ギリ足りないのだ。仕方ないでしょう。ところで、例のアイオライトコンパスはどれなのですか?」
ダインはキョロキョロと辺りを見渡す。
ルークは教えたくない、とっとと外に出そうと思った。しかし、親切なキャリーは善意でそこにあるよと教えてしまう。
「おお、これか! 見事な物だな。魔法で作り出したものにしては不規則で美しい反射、こんな見事な宝石はいくらになるだろうな……」
彼の様子を見て意外だとルークは思った。見た目は紳士……変態だが、こういった品物に詳しそうな彼を見て、育ちはいいのだろうと思う。
「二人とも、そろそろ出て調査に移るぞ。ここの警備の人に迷惑をかけたくは……」
「すでに迷惑は掛かっているよ」
二人に外へ出てもらう様に声をかけようとした。その時、先ほどの無精髭の男が不機嫌な顔を浮かべて戻ってきた。
背後には大勢の兵士たちが長棒を手に身構えている。
ルークはやってしまったと天を仰いだ。
「すみません、すぐに追い出します」
「全くだ。ルーク、ここにはシルバー様はいない。甘えた考えはやめろ」
男はゆっくりとルークに歩み寄る。
「戦場で泣き言を言って帰ってきた貴様の様なお荷物などいらない。とっとと、外に出て調査を始めろ」
高圧的な雰囲気にお宝を見ていたキャリーたちは、二人の方を向く。
ふと、男の後ろの兵士たちがニチャニチャと笑っている様に見えた気がする。
「……」
ルークはしばらく、男と睨み合っていたが、すぐにやめ、何も言わず横を通り過ぎる。
「ダイン、キャリー、いい加減出るぞ」
若干、ぶっきらぼうに二人を呼ぶが、彼女たちは気にせず、彼の後をついて行った。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
今回は盗人アンリードを捕まえる依頼ですね。
前の話から続いて出ているダインですが、今回も暴れていますね。まだ暴れ足りませんよ。
「キャリー・ピジュンの冒険」の中ですごい癖のある人物で上げたら、五本の指に入りそうな気がしています。
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