アイオライト防衛線 Lv.3(一話)
例え、心が折れてしまっても再び立ち上がらなくてはならない。なぜなら、大切な人たちを守るために。
遠くで鳥が鳴いている。
空を見上げれば、燦々と太陽が照りつけていた。
男の名はルーク。
現在、神の国バシレイアから離れスタックタウン前の荒野で待機していた。
周りを見れば、殺気だった兵士たちが下を向いて立っている。
戦いはこれからだと言うのに疲労感で倒れてしまいそうだった。
ルークには妻がいる。
旅立つ時、生きて帰ると約束した。しかし、兵士としての使命を全うすればきっと生きては帰れないだろう。
遠くで前身の合図である、花火が上がる。
ゆっくりと先頭の方から歩き始めた。
ふと、彼は退屈な行進の最中、この戦争は何のために起きたか考え直してしまう。
隊長からは考えるな、従えと言われたが、気になっては止まらない。
結論からして、スタックタウンはバシレイアが邪魔だったのだろう。
光の塔の恩恵を得られず、技術の発展の邪魔になる法律があった。
この二つの理由で独立を唱えたのだ。
この国には、神の世界に繋がる光の塔が立っている。その光によって植物を育て、魔物の出現を抑制していた。しかし、光はどこまでも届くわけじゃない。当然、光の塔の恩恵を得られない場所も出てくる。
それがスタックタウンだ。
スタックタウンは技術の街と言われ、さまざまな工芸品などがある。
飢えた土地で力強く育った人々の作り出す物はオーラを纏っていると言われるほどすごい品だと、ルークは母親から聞かされていた。
技術が優れた街、スタックタウン、この街とバシレイアの相性は最悪だった。
バシレイアの法律には人道とは思えぬ技術の発展を禁じるというものがある。しかし、スタックタウンはその法律を無視し続けた。
そこで注意に行った教会の人間といざこざが起こり戦争に発展したのだと噂を耳にする。
邪魔だったのだ。
光の塔の恩恵を得られず、技術の発展の邪魔になる法律があった。
この二つの理由で独立を唱えたのだ。
「貴様! 聞いているのか!」
ぼんやりと考え込んでいたルークの前に罵声を上げる男が立っていた。
ルークはハッ! と姿勢を直しつつ答える。
「ぼんやりとするな、戦場で死にたいのか? いついかなる時も警戒心を忘れるな!」
男は言い終えると別の兵士に罵声を浴びせる。
(何だったんだろうか?)
ルークは、よく分からないまま、前を見た。
一つ、分かったことは、もうすぐ自分もあそこに飛び込むんだなという事だけだった。
広い荒野、砂煙が舞っているのは、お互いが戦って殺し合っているからだ。
銀色に輝く鎧を着ているのがバシレイアの兵士。対して、スタックタウンの荒くれ者は、まともに身を守れそうにない皮や板を身に纏っていた。
(俺も殺し合いをしなくちゃならないのか……)
ルークは迷ってしまう。
国のためにとなった兵士なのだが、同じ国の人間をこの手で殺さなきゃいけないのか? 鍛えてきた剣技は殺すために身につけたのだろうか?
そんな疑問が頭をよぎる。
微かな合図とともに遠くの兵士たちが前進を始める
「ゼンターイ! 突撃!」
続いて自分の方でも号令がかかった。
先頭の兵士は、荒野を駆け抜ける。ルークは、真ん中の位置にいるので初めはゆっくりと先頭が散り散りにいなくなると力いっぱいに走りだす。
背後から花火が上がる様な音が聞こえる。振り返ってみると太陽を覆い隠す様な大きな火の玉がいくつも飛んで来ていた。
くらえばひとたまりもないとルークは悟る。
(なんて、戦いだ。俺たち諸共焼き尽くす気なのか……)
ふつふつと心の中で怒りを覚える。しかし、こんなちっぽけな思いなど、あの火の玉に当たってしまったら、消えてなくなる。
いつしか、ルークは走るのをやめていた。
その時、赤黒い閃光が快晴の空に走る。次の瞬間、無数の巨大な火の玉は真っ二つに切られていた。
形を保てなくなり空の上で次々と大爆発していく。
空の上で人影が見えた。
炎の様に真っ赤な髪に大きな剣を片手で握る姿。
「紅蓮の竜巻……」
スタックタウン独立に助太刀したファイアナド騎士団、団長メアリー・ホルスだった。
彼女は着地と同時に薙ぎ払いで兵士を葬っていく。
荒々しい戦いにルークは鬼神を見ているのかと錯覚する。
(あんな、相手と戦うなんて無理だ……)
動揺する彼を置いて、周りの兵は次々とメアリーに向かって走っていく。しかし、淡々と彼らは殺されていった。
運良く一太刀かわせた兵士がいた。だが、彼は戦意を喪失し、ガタガタと歯茎を鳴らして怯えている。
メアリーはゆっくりと怯える兵士に近づいた。
「た、助けてくれ!」
泣き叫ぶ。
体を引きずりながら後退り、砂を撒き散らしながら、命乞いをする。
メアリーは、兵士の目の前に立った。
恐ろしく残酷な目、全てを引き裂く紅オーラ、彼女は剣を突き上げる。
「やめろー!」
背後から一人の兵士が駆けつけ、メアリーの胴に切りかかる。が、彼女は振り上げた剣を迫り来る刃に振り下ろした。
ズバッと降り落とされ剣は、大地を大きく割った。
そばにいた者は全員吹き飛ばされる。
メアリーは、剣を担ぎ上げて、切り掛かってきた兵士の方に目をやる。
吹き飛ばされて、ぐったりと倒れているルーク。
彼女はルークの顔を見ながら言う。
「驚いた、あたしの気迫をもろともしない奴がいるなんて、もし、こいつの剣が少しでも早かったらやられていたかもな」
パン、パン、と音が聞こえた
顔を上げると光の塔がうっすらと見える方で、花火が上がっていた。
周囲のバシレイアの兵士たちは、一斉に自陣の拠点へと走って逃げている。
「なんだ、またか、何がしたいんだ? これじゃあ、向こうの兵士は犬死だぞ?」
よく分からない突撃と退却にメアリーは首を傾げる。
「メアリー!」
戦地に遅れてやってきた仲間が駆け寄る。
「おお、遅かったじゃないか」
「君が早すぎるだけだよ。にしても、以前は毒ガスを山から流して、今度は兵士もろとも消す気だったのか?」
「らしいね。どう見る?」
メアリーに聞かれた仲間は肩をすくめる。
「よく分からない。強いてあげれば過激派の教会の仕業じゃないか?」
「兵士たちと教会は仲良くないのか? 面倒だな……」
頭を抱えながら首を振る。
そんな様子を見ていた仲間は眉を寄せて聞いた。
「で、どうするんだ? また、俺たちも訳の分からない突撃をするのか?」
メアリーは、ゆっくりと歩き始める
「あぁ、でも、別に訳の分からない突撃ではないだろ?」
振り向きながらメアリーは笑みを浮かべる。
ルークが意識を戻した時、自分は宙に浮いているのだとすぐに気づいた。
誰かに抱えられているのだ。
「おい! あのふざけた作戦を考えたのは誰だ?」
女性の声がすぐ近くから聞こえる。
それとざわざわと話す声も聞こえた。
「関係者以外に教える訳ないだろう。それに敵である君になど、なおさら教えるわけにはいかない。なぁ、メアリー・ホルス」
メアリー・ホルスと聞いてルークは咄嗟に顔を上げる。奴がまだ近くにいるのかと。
周囲には自分と同じ鎧を着た兵士たちと目の前に白髪に整えられた顎鬚を生やした男、シルバー様が険しい顔で立っていた。
戦場であったあの化け物はどこにもいない。ふと、今自分を抱えているのは誰なのか見てみた。そこには、炎の様に紅髪をした女性がもう一人鎧を着た兵士を担いでいた。
ルークは自分の目を疑った。
男二人を担ぎ上げて平然とした顔で敵の拠点に入っているのだ。
「おい、一人気がついたみたいだぞ。そろそろ下ろしてやれ」
付き添いの男がメアリーに声をかける。
「ああ、本当だ。立てるか?」
こくりと頷く。
彼女は、そうかと呟いてルークを立たせてくれた。ついでにもう一人の兵士も彼に預ける。
「お前も大変だな、国の為に教会の尻拭きをしないといけないんだから」
メアリーは憐れむ様に見つめる。
「……」
ルークは何も言えずにいた。
「……じゃあ、あたしらはもう帰るぜ。話し合いじゃ、聞いてくれないだろうしな」
彼女は軽いノリで向きを変えて帰ろうとする。
「待て!」
一人の隊長クラスの男が叫ぶ。
「敵の拠点にノコノコと乗り込んで来て、タダで済むと思っているのか? 全員武器を取れ!」
掛け声と共にその場にいた全員は武器を構えた。
「だから、やめとけって言ったんだ」
メアリーのそばにいた男は呆れてため息をこぼす。
「オリパス、走って逃げるのは嫌か?」
「嫌だね。いつもみたいにアレを使って構わない。もう慣れている」
彼女は一瞬、仲間の方を見てから向きを戻す。一呼吸置いく。次の瞬間、世界は赤く染まり、引き裂く様な引力と共に恐怖が伝染病の様に取り囲んだ兵士たちを襲った。
『手を出すなら、タダじゃおかないぞ』
そう、脅された様に身を引いていく。
武器を握る手が緩みカラン、カランと武器は落ちていった。
「やっぱ、慣れないわ……それ」
隣に立っていた男は冷汗をかきながら言う。
「なんで、嘘ついたんだよ」
「そっちの方が手っ取り早いからだよ」
周囲の敵がいなくなった事で帰れる様になった。
二人は他愛無い会話をしながら帰ろうと歩き始める。
ふと、メアリーの足が止まった。
彼女は振り返り一人の男の方を見る。
男はガタガタと奥歯を鳴らしながら、預けられた負傷兵を地面に落とし、剣を抜いて構えていた。
「へーあの状況で戦意を喪失できなかったとは。あんた、名前は?」
「ルークだ……」
「ルークか……いいぜ、やり合いたいならかかって来い!」
そう言うとメアリーはどこからともなく武器を取り出した。
剣と言うより巨大な包丁の様な形をしたそれは真紅に染まり、まるで生きている様にトグロが巻きついて、おぞましい見た目をしていた。
ルークの鼻にツンと悪臭が漂う。
焼き焦げた肉と骨、誰も手をつけられず腐ったそんな匂いだった。
一瞬で十年、二十年分の濃密な争いを体験した気がする。
今、自分はどれほど強大な相手に挑もうとしているのか計り知れずにいた。
(やっと、構えたんだ……せめて……せめて……)
前に出ようとする。しかし、気持ちでは進んだはずなのに彼は一歩も前に出ていなかった。
戦え! 戦え! と駆り立てる様に周りの声が聞こえるが、心に響かず、雑音にしかならなかった。
頬を汗が伝う。息が詰まりそうだった。
「……」
この状況がいつまでも続いてしまうのではと誰かが思った時、メアリーが口を開く。
「おい、ルーク」
声をかけられてルークはハッと前を見た。
「お前、何のために戦っているんだ?」
何のために戦うのか、そんな物兵士になる前から決まっている。
この時だけはルークは自信を持って答えた。
「大事な家族と大切にしている物や場所を守るために俺は戦う!」
これだけは彼にとって確かなものだ。
声を出した事で詰まっていたものが抜けた様に空気が体に入っていく。
大切な家族を思い出したルークは背中を押された様で、構えに迷いがなくなった。
澄んだ瞳で見る相手は、やはり、強大なものでどう崩すべきか頭を巡らせる。
メアリーは、武器をゆっくりと肩の方まで上げる。
薙ぎ払いか、切り落としか、どちらなのか見逃さないように見ていた。が彼女はどちらでもなく肩に担ぐだけだった。
「ルーク……残念だが、ここ(この戦場)にあんたが戦うための理由はない」
悲しいほど暗いような空気に変わる。
「この戦いはスタックタウンが独立するための戦いだ。そこに神だ法だと騒いで首を突っ込んだ教会が返り討ちにあって話がややこしくなってるが、本来なら、はい、そうですか、て頷いてしまいなんだよ」
「それは違うぞ、メアリー。君たちが違法な行為を繰り返したあげく、教会の人間を殺したのが始まりじゃないか」
シルバーが口を挟んだ。
「アレはあいつらが勝手にやった事だろ? 違法な行為て言っているが、あんたはもっと咎めるべき人間を知ってるはずだ」
「こちらもメンツと言うものを保たなくてはならないんだ。君たちの様な身勝手な荒くれ者を咎めなきゃ、勝手する奴らが現れる。他は上に立つ人間の仕事だ」
「何だそりゃ? なんであたしはあのジジイと話してるんだよ」メアリーは再びルークの方を見る。「そう言う事だ、あんたが戦う理由はここにはない」
次の瞬間、彼女は姿を消していた。次に姿を見せた時には、すでにルークの目の前で剣を振り下ろしていた。
遠くで鳥が鳴いている。
武器が手放されたのと同時に彼も膝から崩れ落ちてしまった。
あの瞬間、母親と妻の顔が頭をよぎった。もう彼女たちに会えないんじゃないかと思うとゾッとする。
そんな様子をずっと見ていた付き添いの男がため息をこぼした。
「メアリー、もう十分だろ? そろそろ帰るぞ」
戦いに集中していたメアリーは思い出したかのように口を開いて、付き添いの元に戻る。
ゆっくりと離れていく彼女の紅髪をルークは、ぼんやりと見ていた。
あの瞬間、自分は、確実に殺されていた……なのに、なぜ生きているのだろうか?
自分はまだ生きているのか分からなくなった彼は両手を眺める。
震えていた。
消えてしまいそうに、掠れていくように、指先が痒くなる。
強く手を握っても止まる気配はなかった。
(ここに俺の戦う理由はない……どうなのだろうか? そうなのかも知れない……)
「君、大丈夫かい?」
ふと、肩に手を置かれる。
振り返るとシルバーが、じっとルークを見つめていた。
大丈夫です。と嘘でも言うものなのかもしれない。しかし、正直に答えてしまった。
「いいえ、分かりません。私は何のためにここに来たのでしょうか? いいえ、それはあるのです。忠誠を誓った国のためです。しかし、彼女の話が本当なら我々は教会の尻拭いの様な立場になるのではないでしょうか? その様なことを考えてはいけないのは分かっています。分かっているのです。ですが……」
「もうよい」
シルバーの一言で我に帰る。気づかないうちに、自分の世界にのめり込んでいた。
ルークは錯乱しすぎて今さっき自分が言っていたことが分からなくなる。
何のためにここに来たのか?
家族を守るためなら、なぜ離れたのだ。
国のためならなぜ戦わなかったのか?
あの女にことごとく何かを折られた気がする。
シルバーは、力無くこちらを見上げているルークにひとこと言った。
「お前は優秀な兵士だが、ここでは使い物にならん。明日、負傷兵と共にバシレイアに帰れ」
言い終えるとシルバーは黙ってその場を立ち去った。
一人取り残されたルークは、他の兵士に連れられて食堂に座らされた。
そこでは紅蓮の竜巻に一矢報いようとした英雄として讃えられたが、ルークにはそうは思えなかった。
翌日早朝、彼は言われたとおり、負傷兵と共に帰国する。
帰還したルークに待っていたのはただただ続く暗闇だった。
我が家の酒場に帰った時、母もアレッサも喜んで迎え入れてくれた。でも、周囲の人間はそうは思わない、特に戦って死んでいった兵士たちの家族は彼を遠目から睨みつける。
傷一つないのに帰ってくるなんて。
よっぽど、使えなかったんでしょうね。
夫を返して!
この戦争の全ての責任を背負わされた様な気分だった。
帰ってきたルークは、国の防衛の仕事と囚人の看守の二つを任されていた。
これはシルバーが手配してくれたらしい。
彼は毎日、外壁の点検と囚人の世話をする事になる。特に不満はなかった。
ただ一つ、許せないことがあった。
それは自分自身の不甲斐なさだ。
強敵を前に何もできないのは当然かもしれない。しかし、たかが一度の敗北でのこのこと帰ってくるなんて、家族が許しても自分自身が許せなかった。
マグマの様に腹の底から怒りが湧いて出てくる。
「何しにいったんだ?」
気づいた時には、職場の鏡を叩き割っていた。
周囲の視線と自分自身への劣等感でいつしかルークは兜を外すことが出来ずにいた。いや、最初からだった。
帰って来たその日からずっと、ルークは自分から兜を外すことはなかった。
何があったのか、聞きたかった家族だが、触れる勇気が出ず、そっとしてしまっていた。
彼はこのままずっと兜を自分の意思で外さないのかもしれない。
そして、本音も何も出さずに壊れていくのだと思った。
そんな日々が続いた一年後、暗い半地下の牢で眩しい光を見た。
彼はそこでかつての強敵に心を救われる事となった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
毎回、過去か、夢の中から話が始まっているような気がしますが、別にそんなつもりじゃないです。
でも、こうしないと彼女を語る手段がほとんどないんですよね。
今回は少し長い物語ですが、どうか、お付き合いお願いします。
「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、
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