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北からやって来た、筋肉モリモリマッチョマン Lv.1(七話)

 一日ほぼ一人で仕事をしたムグレカは、ヘロヘロで今すぐに眠りたい気持ちだった。しかし、今は一日、何もしてない支部長のシルフィードに捕まり、飲みに連れてかれた。

 そうして、たどり着いたのは、一軒の酒場だった。


 少し見上げれば、ビールジョッキの看板が付いてある。


 シルフィードが扉を開けて中に入る。

 ムグレカも後に続く。


 中は広い店内に正面にカウンターと隣に二階に続く階段が見えた。

 正面のカウンターには、大柄なおばさんがどっしりと構えている。

 シルフィードが近づいて来るのに気がついて声をかけた。


「やぁ、シルフィードじゃないか、飲みに来たのかい?」


「えぇ、ハイディさん。今日は、部下を連れて来ました」


 微笑みながら椅子に座る。

 目の前のハイディと呼ばれた女性は、立ったままのムグレカを見て言った。


「さーさー座って仕事で疲れているだろ? 何か、今、つまめる物を出すからね」


 促されるまま座る。

 辺りを見渡せば、他の客も来ており、もう大分にぎわっていた。

 ある一人がシルフィードに気づき近づく。


「よぉ、遅かったなーずいぶん待たせるじゃねぇか」


「すまない、今日は部下が一人で働くから見てたんだよ」


 見てた? 寝てたの間違いでは?

 首を傾げる。


「とりあえず、ほら、祝いにいっぱい行こうぜ!」


 何の祝いか分からないが男はシルフィードの手に酒瓶を持たせた。


「あぁ、乾杯!」


 栓を開けるとプシュッと鳴って、ジュワジュワと音が聞こえる。

 支部長は、それを一気に喉に流し込んだ。ゴクン、ゴクンとお酒が流れ込むのが聞こえる。


「ぷはぁーうめぇー!」


 半分ぐらい飲んだシルフィードは、叫ぶ。

 もう一度言うが、彼は今日一日、ほぼ寝て過ごしていた。


 ムグレカからして見れば、怠け者がこんなに美味そうに何かを飲むのは腹が立つ。

 そっぽを向いた。

 隙を見て帰ろうと思ったのだ。


「はい、お待ちどう様、キノコのオリーブ炒め」


 目の前にキノコ料理が置かれる。

 細く切ったキノコと唐辛子の細切りが絡まってパスタのように見えた。


「……」


 ムグレカは黙ったまま取り敢えず、一口食べてみるとオリーブの食欲を誘う香りに続いてキノコの風味と唐辛子の辛さが口の中に広がっている。

 久しぶりにこんな美味しいのを食べた、と目が覚める。


「美味しい……」


 微かに言葉が漏れてしまった。

 料理を美味しく食べているとシルフィードが酔っ払って帰って来た。


「ハイディさん、ビールをいっぱいくださ〜い」


 ぐったりと倒れる。

 ハイディは、はいはいとビールを入れに向かう。

 シルフィードは顔を上げてチラリとムグレカの方を見た。


「お前、酒場に来て何してんだ! 酒だ! 酒飲めぇ〜!」


 ヘニャヘニャとしている。


 ムグレカは支部長の馬鹿らしい姿を見て、ため息を吐いた。


「遠慮しておきます。なんだか、あなたのダメなところが移りそうなので……」


「ダメにゃとろこってにゃんだ!」


 シルフィードは、立ち上がる。


 「この人、仕事もダメなのに酒癖も最悪なのか!?」


 思ったことが口に出てしまった。


「ランサン郵便に来ても、寝てばっかり、今までずっとミラさんと僕だけで仕事をしていたんです。あなたが支部長じゃなくても良いじゃないですか!」


「にゃにお!」


 ムッとした顔になる。


「大体、なんで、ミラさんじゃなく、シルフィードさんが支部長になるんですか!」


 ずっと気になっていた。


「さては、お前……ミラの事が好きなのか?」


 ニヤリと微笑むシルフィード、ムグレカは顔を赤くする。


「ち、違います! ただ僕は……」


 俯いて、拳を強く握った。


「何もしない貴方じゃなく、一緒に働いてくれるミラさんが居てくれた方が心強かったと思ってるんです……でも、そんな風に甘えた考えをする自分が、今はとっても恥ずかしいです……」


 目頭が熱くなる。


 ぽつり、ぽつりと自分の腕に水滴が落ちるのが見えた。


「……」


「はい、お待ちどう様」


 ハイディがビールを一杯持って来た。

 話は聞こえていたが、まだ酒が入っていないのに涙を流すムグレカを見て、軽く驚いた。


「どうしたんだい?」


 シルフィードは、苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

 状況を察した彼女はちゃんと上司らしくするんだよ、と言って席を外す。

 シルフィードは、しばらく、何から話せばいいのか分からずにいた。


「……」


「……あーお前は、ランサン郵便協会の三鳥って知っているか?」


 ようやく、口を開いたのは、三鳥に関しての話だった。

 ムグレカは、目をこすりながら答える。


「ええ、まぁ、ミラさんから聞いてます。国のトップの信頼を勝ち取った、優秀な伝書鳩ノイズ、あらゆる場所に即座に荷物を届けるあの金髪の少女キャリー・ピジュン、あと、各地に拠点を広げて運送とその各地の依頼を受けられる様にしたバードスクールの生徒たちですよね」


「あぁ、そうだ」シルフィードは、頷く。「それぞれ鳥に関する名前だから三鳥って呼ばれている。んで、その三鳥のバードスクールには、僕とミラが入っているんだ」


「そうなんですか!」


 思わず声が出る。


「あぁ、まだ、ウチが小さかった頃、先生が各地に受業を拡大しようって思った時に、僕たちが声を上げてやらせて貰ったんだよ。信頼できる生徒たちが動いてくれれば、あの人も余計な心配しなくて済むだろ?」


 シルフィードは向きを変えてカウンターに肘をかける。


「そん時にそれぞれどこに向かうかとか、その地の支部長を誰にするのか決めたんだ」


「そこで貴方が選ばれたんですか?」


 彼はこくりと頷いた。

 ムグレカは信じられず、ないないないと手を振って否定する。

 そんな事はお構いなしに話は進んだ。


「この時、どうやって決めたかと言うと、簡単に言えば、強い奴が支部長になるってなったんだ。理由としては二つ、一つは、最低限の統率を取るためだ。依頼人と冒険者の仲介人の僕らを鬱陶しく思ったりケチって襲って来る奴だっている。そんな奴らに備えるために。次にもう一つ、こっちは、僕が残って、ミラが離れた理由だけど」


 ムグレカは少し驚いて唾を飲み込む。

 シルフィードが普段と違って真面目に話していたからだ。


「ランサン郵便には、様々な依頼が来る。その中には、当然、難しいのだってある。そんな依頼は、冒険者から避けられて誰も手をつけなくなってしまうんだ。残った依頼を解決するのが支部長の役目なのさ、だから、僕はここを離れられない。どうだい、これで僕が支部長なのがよくわかっただろ?」


 微笑みながらシルフィードは顔を向ける。が、ムグレカは、話を聞いても納得ができず苦い顔を浮かべていた。


「全然、分かりませんよ。ミラさんやシルフィードさんが一緒だったらミラさんが支部長で、貴方が雑務でも良いじゃないですか!」


 この意見はあながち間違ってない。

 シルフィードは、何も言い返せない。日頃の行いを忘れたなどと言えないからだ。


「ぐぬぬ、君の意見も確かになんだけども……結果的にミラは、街の人たちと馴染めたんだから、受付嬢やらせて良かったんだよ。そんな事より飲め! お前、酒場に来て飲まないなんてないからな!」


 支部長は、勢いで話をまとめて、ビールを進めた。

 コップに付いた水滴が、テーブルに落ちて水の線が垂れる。ビールジョッキがムグレカの前に出された。

 黄金色の中で泡が踊りまわり、白い雲が被さる様にふんわりとトロッとした感じに乗っていた。


 ムグレカは、二十歳を超えてお酒が飲める年だった。ただ、小さい頃からお酒は、体に毒だと聞いて育った彼は、まだ一度も飲んだ事がない。


 容量さえ守って飲めば大丈夫な事は知ってはいるのだが、今までずっと避けていたのだ。


「そんな物、飲んだら体を壊しちゃいすよ……」


 今日の失敗で遠慮しているのかつまらない事を力無く言う部下を見て、シルフィードは、軽く背中を叩きながら言う。


「壊せ。壊していいんだよ。ミスするんだから、そんで直せ、次同じミスをしない為に直せ! この世の万物は直せる。時には、どうしようもなく直せない物もあるだろう。だが、人はそれらを直してきた。補ってきた。僕たち大人は壊れても、壊されても、直し方を知らない訳じゃない。だから、壊せ。これ飲んで壊して、次に活かせ!」


 ニカっと彼は微笑む。

 ムグレカは目の前のビールを眺める。


「……」


 勢い良くジョッキを持ち上げて口に運んだ。が、唇が触れる手前で、ピタリと止めてしまった。


 彼は、悩んでいる。


 飲んでしまってもいいのだろうか?

 明日に支障が出ないだろうか? と、正直、まだ躊躇いがあった。でも……


 ムグレカは、寸前で止めていたビールをついに口に含んだ。

 コーヒーとは違う苦さと泡が、口の中を潜って、喉を滑り体に入っていくのが分かる。

 ふわっと浮くイメージを全身で感じた。


 歯を噛み締めてグッと息すらも飲み込んだ。

 こちらのミスだが、待てと言っても待たない冒険者、すぐに適切な対応が出来なかった自分、今日会った大変なことを全部くしゃくしゃに噛み潰す。

 パッ! と口を開いて、ふーと息を吐いた。


 ちょっとだけ、ほんの少しだけ、すっきりした気がする。


「いい飲みっぷりじゃないか」


 気がつくと目の前にハイディが腕を組んでどっしりと構えていた。


「さっき、シルフィードが言った通り、私たちは壊れた物を直す方法を知っている」


 目の前に一杯のお冷が出された。


「酒を飲んだら、寝る前に水を飲むと言い。そうすれば、二日酔いになりづらくなる。ただ、壊しすぎると私たちでもどうしようもない時が必ず来る。だから、明日に響かない様にしなさいよ。あと、甘い砂糖やさっぱりとした貝のスープを飲むといいのよ」


 ふわふわとした気分の中、二人の優しさに胸がグッと熱くなる。


「ありがとうございます」


「まあ、シルフィードはあーだこーだ言って、飲み仲間を作りたいだけだろうけどね」


 ハイディは肩をすくめた。


「あっ、バレてた?」


 イタズラな笑みを浮かべる。一瞬、彼の笑みが、ミラの様に見えたが、すぐに気のせいだと気づく。


(危ない……一瞬、シルフィードさんが、ミラさんに見えた……今日、僕はあの人の事をどんだけ考えていたんだよ……)


 考え始めると途端に恥ずかしくなった。


「おかみさん、もう一杯貰える?」


 かき消す為に追加の注文をした。


 あの一杯で、気にしてた事全部、今だけは、どうでも良く思えたのだ。

 ごくごくと追加のビールを楽しんでいるとふと、ミラとシルフィードの関係を聞きたくなった。

 この機会に聞いてみようと尋ねてみる。


「支部長とミラさんってどう言う……」


 隣を見てみるがそこには誰もいなかった。


「そこの綺麗なお姉さん、僕と今晩寝ませんか」


 階段の方からダイレクトなナンパのお誘いが聞こえて来た。

 そっちを見るとシルフィードが、膝をついて女を口説いていた。


「ごめんなさい、私には、子供と旦那さんが……」


 あっさり断られた。


「なるほど、俄然一緒に寝ましょう!」


 堂々とこの人は何を言ってやがる。

 今、旦那がいて、子持ちだと聞いていないのか? 

 自分の上司の異常性に酔いが覚めてしまった。


「シルフィードさん! 何やってるんですか?」


 呼びかけてもこちらを無視して彼は全力で口説続けていた。


「貴方の様な綺麗な方を今まで見た事ありませ。金ならいくらでもあります。寝ましょう」


「めちゃくちゃ、ド直球! 何しているんですか! 本当!」


「おい、私の義娘に手出してんじゃないよ」


「あなたの義娘なのですか、ハイディさん! どうか、一晩だけ、彼女と寝かせてください」


 何も隠さず話す姿に言葉を見失うムグレカだった。


「ほぉ、俺の女と寝たいのか?」


 ドスの聞いた声が背後から聞こえる。振り返ってみると、昼間、依頼を出しに来たバシレイアの兵士、ルークが、指を鳴らしながら立っていた。


「あっ……」


 シルフィードの顔から一気に血の気が引いていく。


「ムグレカくん、僕らこの後も仕事があったよね? そろそろ、帰ろうか……」


「いえ、ないので思いきりしちゃってください」


 シルフィードはそろり、そろりと図々しくも立ち去ろうとする。しかし、誰がそんな事を許すだろうか?


 確実に言えることは一つ、妻に手を出されかれかけた夫のルークだけは、絶対に許さない。


「待テヨ……そんなに一人で寝るのが寂しいなら賑やかな酒場で、寝かしてやるヨ……」


 兜を被ったままの姿でも分かる。

 鬼の形相だった。


「ま……ちょ……ギアアアアア!」


 逃げるシルフィードは、絶叫をあげて酒場を走りだす。


「フハハハ! 酒場はやはり、どこもこうなのだな! ルークさん、私も加勢しますよ」


 逃げた先には、大柄のダインが待ち構えていた。


「抱きしめたいな、マッスル!」


 巨大な二本の腕を大きく振り回し、シルフィードを挟み込んだ。

 そのまま、抱え上げ、首と足を掴んで、担ぎ上げた。

 周りにいた他の客は、何かの演目だと思って楽しそうに見ている。


「ギブギブギブ!」


「マッスル、マッスル、私はマッスル!」


「ぎゃあああ!」


 悲鳴の叫びがじわじわと聞こえてくる。


「わ、脇が……あ痛たたた!」


「酒場には、あまり来ないけど、こんなにカオスなのか?」


 ムグレカは、今、とてつもない間違った常識を覚えそうになる。


「そんな事ないと思うよ」と隣に座り込む者がいた。


 綺麗な金髪に、この酒場の明るさにも負けない黄色い瞳をした少女だ。

 キャリー・ピジュンが横にいた。


 幼いキャリーは、どこか懐かしむ様にシルフィードたちを眺めて微笑む。


「騎士団のみんなあんな風に騒いでいたな……」


 ぼそりとつぶやく。

 彼女の事をよく知らないムグレカだったがその様子からして


「やっぱり、普通なんですか?」ともう一度聞いてみる。


 キャリーは首を振って答える。


「いやいや、あんな風に騒いでたら体が持たないよ」


「じゃあ、助けに行きます?」


 大柄な男と殺気だった旦那さん、二人を見て助けるか提案したムグレカは、シルフィードは助からないと悟った。


「無理ですね」


「そうだね」


 向きを戻して、残りのビールを口に含んだ。

 人生初のアルコールが疲れた体に染み渡る、賑やかな夜を大いに楽しんだムグレカだった。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。どうも、あやかしの濫です。

僕はまだ未成年でお酒を飲んだことないのですが、きっとこんな風に飲んだらいいんだろうなと思って、今回の話を書きました。

外伝的な話でしたね、次回は元の道に戻ってキャリーの話です。

「北からやって来た、筋肉モリモリマッチョマン」を読んでくださりありがとうございます。

次回の作品も読んでくださると嬉しいです。

「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、

ブックマーク、評価を付けてくださると嬉しいです。

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