お姫様。悪女の長女を知る。1
間が開きすぎてすみません。
オチが降るまで半年近くかかってしまって。
さらさら書ける人凄い…
その日は朝からいつもと違っていた。まず、この部屋に来てから初めてロラに起こされた。
ここに来てから誰かに起こされた事なんかなかった。自分で昼頃なんとなく起きてぼんやりと1日を過ごし夜遅くに寝てと自堕落な繰り返しだった。侍女としてついてくれているレロとロラは私の着替えやご飯や入浴の世話はしてくれるけど、2人は互いによくお喋りをしながら仕事をしているのに私とは最低限の会話しかない。少し寂しいとも思ったけれど、今までは色々な事があり過ぎて余裕のない私には放ってもらえてありがたかった。
しかし、今朝のロラは苛立ちを隠さず凄い速さで私の身支度を整えていく。
「ああもう忙しい!」
「まぁ、どうしたのロラ。レロは居ないの?」
いつもなら『姫様の気にする事ではありません』の一言で終わらせるロラだったが、苛立ちに口が緩んでいるのかぺらぺらと喋りだす。
「レロは夜警に駆り出されたのでお嬢様のお世話が私だけになったの!もぅ、2人で適当に掃除して食事出して楽な仕事だと思ってたのに。なんで私達がジルの替わりに出なきゃなんないのよ!しかも今日から姫様は勉強会だって時間通りに支度しろなんて。なんで朝イチで言うのよ。レロは夜警の為にって二度寝するし。ずるいわよ!私だってふかふかベッドで昼間ごろごろしたいのに」
「そ、そうなの」
「ええ!だから姫様も今日からはぼけっとしてないでさっさと支度してよね」
侍女としての礼節とかどこかにすっ飛んでしまったようだけど、これはこれで気兼ねなくて良いかもしれない。
ん?そういえば勉強会とかって言った??
「では地理の勉強から始めます。こちらの地図を見て下さい」
私は朝食もそこそこにロラに案内された部屋で本や文房具が置かれた机に座らされた。
そして目の前には黒板とそこに貼り付けられた大きな地図。そして全体的に黒っぽい凄い大柄な青年が眉間に皺をよせて指揮棒をぱしぱし叩いている。苛立たしげに揺れる鱗に覆われた尾からして人型に姿を変えたドラゴンだろう。だろうと思うのは彼にはドラゴンが持っているはずの翼が無かったから。リザードンは翼を持たず形は人型に近いけど、彼の様に美しい人型にはなれない。片目は眼帯をしてるの上からでも隠せない大きな傷があるので怪我をして翼を無くしたのかもしれない。
彼が先生なのかしら。それにしても嫌そうにはなすなあ。
「きぃぃい!!なんでジグがコイツと勉強なんか!」
横には私と同じ様な机に座って居たのは全体的に白っぽい古傷だらけのエルフの少年。こちらは唸りながらあからさまに私を睨んでいる。レロが言っていたのはこの子かな?夜警をするくらいだしきっと強いのだろう。外で会ったら絶対殺されると思うけど、椅子から動かない様にこれでもかというくらい鎖でぐるぐる巻きにされているので多分大丈夫。安全があるとして見ればなんだか猫が威嚇してるみたい。人間なら私より少し若いくらいかな。
2人は私が誰か知ってそうだけど、私は全然分からないのよね。
「えっと、はじめまして。貴方達はどなたですか?なんで急に勉強?」
「ロラに聞いてない?」
青年の問に私が頷くと彼はため息をついた。
「俺はフリード・グレイ。あんたも知ってるグレイ様の養子。姫が無知なままでは外に出すのに困るから勉強をみてやれって言われてる」
グレイの子供にしては下手をすればグレイと同年代に見えるほど大きいけれど、養子ならそういうこともあるのだろう。
「で、そっちは兄さんのジグレイド・グレイ。・・兄さん母さんから教わったのに勉強全然覚えてないだろ。もう一度やれって」
フリードは私の横の少年を指さしそう言った。後半はジグレイドに言ったんだろうな。
ジグレイドは口をへの字に曲げたまま涙ぐんでいる。
あれ、なんかひっかかる。うん、ちょっと変な感じなの。
「ジグレイドの方がお兄さん?」
「ジグの方が先にママの子供になったからね!」
「・・・中身はともかく、実年齢もエルフの兄さんが上だ」
ジグレイドはエルフだから確かに人間の私からしたら見た目より年齢が上なのだろう。少ししか話してないけど滲み出る子供感があるけど・・・でもドラゴンのフリードはエルフより更に長命のはずなのに外見が年上にみえる。腑に落ちないけど魔族の知り合いがたくさん居ないから分からない。
あ、あとそうさっき気がついたんだけど。
「ママって?グレイには奥さんも居るのね?」
フリードが嫌そうにため息をつきながらも教えてくれた。
「グレイ様は『母親』として俺達を子供にした。仲間に棄てられた俺達に『名前』を付けてまっさらに生まれ変わらせてくれた。だから『母親』の様に呼ぶようにと」
そう言われても私の中の常識では子供を産んだ女性や育てた女性を母親だ。フリードの話は精神的な意味での理屈でわかる様な気もするけど、やはり違和感は残る。
「だからグレイが貴方達の『母親』?」
「そうだよジグのママだよ!お前になんかやらないからな」
グレイは言葉遣いも所作もどこか女性らしいし、言われてみれば父親というより母親の方が合ってるのかも。それとも男に見えるけど本当は女の人なのかなぁ。そういえばレロとロラが前に言っていた言葉ってそれに関係してるのかな。
「そういえば、レロとロラが前にグレイはオカ・・」
マを言い切らないうちにばっと私を睨みつけてきた二人に私の方は急停止した。どうやらあんまりいい言葉じゃないのだろう。
フリードは私の発言を無かった事にして授業を再開した。
「・・・勉強始めるぞ。最後にテストするけど、満点取らないと夕飯のデザートは無しだから」
その日の夕食はここに来て初めて1人じゃなくて新鮮だった。ただちょっと残念だったのはジグレイドがずっと泣いてたこと。明日からは居眠りしてたらちゃんと起こしてあげよう。
勉強会が始まって10日ほど経った頃、久しぶりにグレイが私を訪ねてきた。夜になって部屋から出れなくなったけど寝る気にならなくてぼんやりしていた時だったからちょうど良かった。
いつもの美味しいお茶をだしてくれて、勉強会はどうかと聞かれる。
私がちゃんとお勉強した所を見せないとね。今まで教えてもらったこの国の事を大まかにまとめて答えた。
この国は私の国の隣にあるリバンテイン王国。大陸の中でも特に大きく、国力もトップクラス。国民の殆どが人間で、魔族はごく少数。肥沃な農地を持つことから大陸の食糧庫とも言われる。その為、周辺諸国から常に領土を狙われてきたため軍事力も高い。特に30年前に内乱を防いだ国王以降、三代にわたり安定した治世をつくり大きな戦は起きていなかった。侵略されることも侵略することもなくとても豊かで平和な国。
私の国を亡すまではーーー。
「よくお勉強されてる様で良かったですわ。ぼんやりしてる時はジグレイドの様に世事に疎いのかと思いましたもの」
沈みそうになっていた私の気持ちがグレイの言葉でやわらぐ。
褒められた、のかな?とにかく違う話題に変えよう。
「グレイって結婚しないで子供をもらったのね」
「ええ。妻帯に興味がなかったの」
「えっと、それってオカマだから?」
グレイの返事は無い。そっと伺うと少し驚いた顔をしていた。
まずいわ、ジグレイド達だって怒ってたもの。きっと悪い言葉なのかも。なんで言っちゃったの私!
苦し紛れにカップのお茶を飲み干す。慌てて挽回の言葉を探した。慣れてない事をするので顔に血が上って暑い。
「あ、あのね誰かが偶然言ってたのを聞いて。私の知らない言葉だからそのままそうかなって!し、失礼な事ならごめんなさい」
「はぁ、レロとロラね」
グレイは喉で笑うとそう言った。
秒で犯人がバレたわ。
グレイは少し考える風に見せたあと、いつもの笑顔を浮かべた。
「オカマとは女性的な思想の男性かしら。私もハッキリとは分からないけれど、傍から見れば私はそうなのかもね。でも女性的か男性的かなんて考えなくていいの。私と姫様が違うように、皆それぞれ違うんだから。その人自身を見れば良いの」
「そっか!」
「それにね私は女性になりたいわけじゃないの。『母親』になってみたかったのよ。種族が違って、産みの親も違うけれど、私は可愛い子達の『母親』になりたいのよ」
グレイの話でずっとあったモヤモヤがだいたい晴れた気がする。ちょっと風変わりな家族だけど、互いを好きなのは伝わってきた。
そっか、彼らは『家族』なんだ。ちょっと羨ましいな。
グレイがベッドに入るように促すので、素直に布団に潜り込む。
グレイはまた髪を撫でてくれる。
「良い子ね。せっかくこの国のお勉強をしたなら今の王様がどんな人か教えてあげましょうか」
私はすぐに頷き返した。
グレイがにやりと笑ってベッドに腰掛ける。
お勉強みたいな難しいのじゃなくて、この前みたいに面白い話だといいな。
俺はアルフ・リバンテイン18歳。産まれた時から勝ち組の眉目秀麗な王子だ。俺の人生は計画通り俺のカッコイイ髪と同じ薔薇色なはずだった!そう、ちょっと前まではーーーな。最悪だ。俺はおそらく今か人生で最悪な状況に違いないと確信している。
夕日が差し込む学園の一部屋。ぐるりと囲む女達の目はほとんどは蔑みに満ちている。
その中心で俺は幼き頃に教えられた"せいざ"と言う姿勢で項垂れていた。足の感覚が無い、どうやら俺の足は死んでいる様だ。
「うゔ・・・・け、ケツが。われる」
「うぇええええん、割れないでゲイにいちゃんのおしりぃ!!」
俺の隣には腫れ上がったケツを晒して突っ伏した幼馴染(15)とその青年の尻にすがる幼馴染(12)。お涙頂戴の兄弟愛が繰り広げられていた。
くっそ情景が最悪すぎる!!!だいたいケツは元々割れてるんだよ!ちょっと身動ぎしたら足めっちゃ痛い!
そう思い、俺がぎりっと歯を食いしめた時だった。
パシッ
その乾いた音は部屋に響いた。
その音に俺は思わず顔を上げる。そして見たものに顔を上げて後悔した。
その音は居並ぶ女性陣の中でも飛び抜けて背が高いガリガリな女の手元から聞こえた。彼女は喪服の様に真っ黒なドレスにベールを被っており、肌が見えているのは真っ白な手だけだ。お化けか。その手の中、畳まれた扇子がパシッっと打たれる。
扇子の音に無意識に背筋が震える。額から冷たい汗が伝う。何度となくそれで打たれた情景が頭の中に浮かんでは消えた。刷り込まれたのは痛みとーーー恐怖。
「で?」
恐ろしくて震える一音が黒衣の女から発せられた。怒りを抑圧して無理やり絞り出した様な声だった。
ああ怒ってる!!めちゃくちゃ怒ってるーーーー!!
俺の乳母にして教育係のセルーナ・リリースは悪夢の様な見た目に反して普段は子供好きな優しい人だ。だが子供達に、また子供達が悪い事をすると豹変する。そう今回みたいにーーーーーー『自分の娘が婚約破棄などという辱め』にあおうものならば。
目せしめに実母に尻叩きの刑に処された乳母兄弟には悪いが洗いざらいはかせてもらおう。例えそれで奴の尻が更に腫れあがろうとも・・・俺は!俺は好きな女の前でお前みたいに尻を晒したくないんだぁあああ!!!