Nautilus
浮上する物語だった
人生がきっと晴れ間の中を歩き続けるような日々ではない事はとうの昔に理解していた。決して美しいだけの道ではない。足元は整備されていない道が続く。背高草が視界を遮り、歯切れの悪い鎌を使って道を切り裂いていく。時には乾ききった大地を歩き続き、涙すら出ない悲しみを背負い転んで声にならない叫びを上げた。
それでも月明かりに魅入られて、この道を選んだ後悔をいつかの日にするかもしれない。まだ見えない未来は曖昧で、けれどもこの先どうしたいかは理解出来ていて、ただ今の自分がいつかの未来を幻想で終わらせないために走り続けている。その手を掴んで一緒に歩こうとする。世界には色々な人がいるかもしれないけれど、僕は君を晴れ間に連れて行くためにまずは自分の世界を晴れ間にしようと足掻く。
それはまだ僕が月明かりだけを見つめ続けていた時、人生は先の見えない深海のようだと思った。僕らはその中を進むサブマリン、先を示すのは先頭に着いた光だけ。けれどもいつ消えるかは分からない。まるで命のようだった。人が自ら死のうとする時、何を失ったか。それはきっと希望だ。この先の未来に何一つ希望を見出せなかったから。光が消えてしまったから。暗闇の中、誰の助けも無しに進み続ける人生は酷く辛い。だからこそ、人は大切な人の光になろうとする。そして何かに光を見出そうとするのだ。
ってここまで書いてなんだけど、僕はそう思ってこの物語を書いた。格好つけた事書いてました。
あの、本当に昨日は大変で。25日解禁だよって言われてたら、実は勘違い。18日でしたって言われて、オーマイガー今急いで呟きます!って感じでした。浅はかすぎる発言するけど、この作品のために拡散力を手に入れたかったから定石を置いていました。幸か不幸か、情報解禁の次の日、予約商品が在庫切れという今までで見た事のない状態になったので何か困惑してます。いつかこれが当たり前になってしまう日が来るのでしょうか。それもそれで何か嫌だから、この先どれだけ変わろうと本質は変わらないように。いつまでも初心を忘れないようにしようと凄い思った。語彙力の低下。
ところで話変わるけど、僕の祖父母は小説家としての仕事をとても喜んでくれていて。特に祖父は本を読む事が人生の中で深い意味を持つ人だったので僕の作品を読んで饒舌に感想を語ってくれます。電話越しに聞く祖父の声はとても楽しそうで、それだけで僕は書いてよかったと思うのです。住んでいる場所も遠く、色々あって僕の心は遠くなっていなかったけれど疎遠にならざるを得ない状況になりかけたりして。
このまま一度も会う事なく死んでしまったら、きっと後悔するだろうと思いながら流れる時間に身を任せ大人になった僕が、少しでも楽しみを増やせたら。そしてこの状況が終わった時会いに行けたのなら。こんなにも喜んでくれる人の顔が見たいと思い続けているのですが、そんな祖母の友人は紅い糸のその先で、を読んだ次の日玄関先に赤い糸が二本落ちていたらしいです。仲の良いご夫婦だったようなのですが、旦那さんも詳細を知らぬらしく。偶然か意図かはたまた運命か。どれにせよ素敵な話だと思いました。
で、ノーチラスの話。
そんな人生を考えたのです。この原稿に着手した日の僕はただ自分の中の美しさを言及し続けました。人間のどんな所が美しいと思うか、情景が、感情が、全てに色がついているから。薄水色の思い出に朱色から紅に変わる感情、流れる悲しみは透明に、朝焼けが全てを色づけていく。僕の中の美しいと思う物を詰め込んで、そしてどうしようもない僕の人生が浮上した世界の中で一つでも希望を見続けられますようにと願った。
沢山希望を探した。手に入れたと思っては手をすり抜けて涙しては自分の心だけを強く保って、この手に持つ才だけに縋った。そしてどうか、僕だけは傷ついた分だけ誰かに手を差し伸べようと思った。自分の中で大切な人たち全てに幸せが降り注げと願い、傷つけてきた人間はとりあえず全員コキュートスに行けと思ってる。性格悪めです。
確かちょうど去年のこのくらいの時期からある夢を見始めた。そしてそれは夏の終わりに形になって消えた。
後悔の夢だった。
ちっぽけな後悔があった。あるのではなく、あった。もう過去になってしまったからだ。初めにその夢を見た時には、その顔は見えず僕は何かを話していた。そして日を増す事に描けなかった後悔の姿は鮮明になっていく。鮮やかな色彩で、あの日と変わらぬ姿がそこにあって。僕はごめんねと言った。
あの時、あの瞬間、言えなくてごめんね。ずっと後悔していたんだ。そこから何年も傷つけたと思い返しては苦しむくらい、最低な言葉を口にしたんだ。謝って済むとは思わない。けれどこれを言わないと、僕は気が済まない。君が気に留めていなくとも僕はずっと。ずっとあの日から。人を傷つけた痛みが消えないんだって。
そう言うと後悔は微笑んだ。そしてこう言った。
「もういいよ」
もういいんだ。充分だって。そして僕の背後を指差した。その先には変わらず月明かりが差し込んでいて道なき道が続いている。決して楽ではない。心が折れてしまうくらい美しく残酷な道だった。それでも微笑んだまま、僕に向かって口を開いた。
「あの先」
「先って何?」
「今からお前が歩く先」
終わりは見えない。夏の匂いがした。晩夏の終わりに吹く風がやけに印象的だったのを憶えている。
「きっと来年の今頃には自分よりもずっと大切で、人生を変えてしまう存在に出会うはずだ」
僕は笑った。吐き捨てるように、それはないと言った。
「確かに貴方が一番ではないかもしれない。でもこの先は一人で歩くって決めたの。だから誰もいらない。私は私しか信じないままだよ」
彼は、微笑んだ。
あの頃と変わらぬ笑みで。目尻に皴を寄せて。
「ないんじゃない。出会うんだよ絶対に」
そして、目が覚めた。生温い風が部屋を包んでいたのは、寝る前に開けた窓から吹く風だった。空が白んでいて、朝を教えてくれた。僕は意味が分からなくて、でも。何かの終止符が打たれた事だけを理解出来た。始まりは変わらない。けれど僕を縛るものはどこにも無くなった。目が覚めた世界で彼に会ったとしても、僕は迷わず後悔を口にしてその先を一切望まず終わらせられるくらいになった。
ずっと、その言葉が理解出来なくて。一年経った今、夏の匂いが鼻をくすめた時、止まぬ雨が降り注いだ時、不意にその言葉を思い出した。
その言葉は今を生きてしまった。
夢は何だろう。ただの夢か、妄想か、科学的には過去に見た情報を脳内で勝手に整理して作り出すものらしい。ならばあの夢も、僕のただの妄想だったのかもしれない。
でもそれは違うような気がした。だってあの頃の僕は何も望んでいなかった。ただ、一人で進むために力が欲しかった。才が欲しかった。変わらぬ何かを欲した。今を生きなくて良かった。でも生きてしまった。僕もびっくりだ。あの言葉は、今を生き続ける。
だからこそ、浮上しなければならない。
明けぬ夜がないように、人生はいつまでも暗闇の中を進む潜水艦のような時間ではない。いつかは浮上して朝日を目にするだろう。僕らはそれが出来る生き物だ。誰かと手を繋いで真昼の空に向かって鼻歌を歌いながら笑い合えるだろう。長々と続く悲しみは存在しない。一人で立ち上がるか、その手を引く人が必ず現れる。そしてきっかけはどこにでも落ちている。
生きている限り、全ての人間に等しく巡って来るのが季節だ。特に日本にいれば四季の移ろいを嫌なほど感じるだろう。死者はそこに立ち止まる。けれど、僕らは何度も同じ季節を迎えて立ち止まった人を思い出す。だからこそ、進まないと。立ち止まった人が生きた証を残せるのは僕ら生者だけなのだ。
今が明けぬ夜だとしても、季節は何度でも巡り僕らに老いを与えていく。そんな中で、夜が明ける事を願い、変わらぬ想いだけを抱き、歩き続ける。
そんな願いを込めた物語だ。




