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三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
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きっと口にしないと駄目で


きっと口に出した方が






何が欲しい?と問いかけられた時、いつだって口にするのはお金で買えない物だ。お金で買える物なんてたかが知れていると自覚したのは随分と昔。注がれた愛情は簡単に手に入るものではないと、身を持って経験してからだと思う。


お金で買える物は誰かにねだるのではなく、自分自身の手で買うようになった。それを誰かは可哀想と言う。本来なら恋人などに買ってもらう物を自分で買うなんてと言われた事も少なくはない。けれどその言葉に返してきた。僕が好きだから、自分の手で買いたいのだ。


誰かに買ってもらうのもいいでしょう。プレゼントに込められた愛が届くのは、それはそれは素敵な事だと思う。けれど僕は自分の手で買いたいのだ。誰かに頼るわけでもない、この手で稼いだお金で自分自身は自立していると証明したいのかもしれない。好きな服を買うのも、好きな靴を買って歩くのだってそう、ジュエリーを身に着けて装備を固めるのもそう。僕が好きでやってる事だから誰かに何かを言われる筋合いはどこにもないのだ。



と、開き直って生きているが僕も数年前まではそう思えなかった。開き直ったのはここ数年の話。十代の多感な時期はどうしてもそう思えなかった。周りが決める理想を押し付けられて、その理想に随分と前から該当しない事は知っていたのに頑張れば何とかなるだなんて自分自身を偽った。その結果得たものは決して美しくも何ともない、くだらないガラクタばかりだった。思い返して頬が緩むようなものは何一つない。自分を偽るというのは存外しんどい事だと知った。


結局、人生一度きりだと言うのならほどほどに好きに生きればいいのだ。好きに生きて好きな事をして、誰かに迷惑をかけない程度に自由にして、好きな人を想って、希望が潰えた際に死んでも構わないと思うのだ。あ、僕は希望が潰えたらそこから這い上がって何とかする派です。


だからこそ、僕は僕を応援してくれている人たちに変わらず感謝を伝えて顕著でいたい。好きで書いていた。けれど誰かの人生に何か一つでも残せればいいと思った。後悔をして書いた物語を、受け取った誰かが後悔しない選択をすればいいと思った。人生に何か一つでも残せればと思ったくせに、大切にしてくれる人の人生に寄り添う事は酷く怖かった。でもそれじゃ何一つ変わらない事に気付いた。


愛は永遠だと誰かは歌うけれど、そんな物は嘘だと思ってしまうからだ。全ての物事には終わりがある。長々と惰性で続く物語が美しくないように、終わりがあるから美しいのであって終わりがあるからこそ輝くのだとも思う。不老不死だったら、きっとつまらないだろう。この世の全てを手に入れたとして、じゃあその先に何がある?愛しい人が隣にいてくれるのなら別かもしれないけれど、人間はいつか死ぬ。自分だけ残されるエンディングは酷く悲しい。


だから、今の自分が返せるだけ返していきたい。特に死ぬ予定はないけれど人なんていつ死んでもおかしくないくらい不安定な生き物だから、永遠だとか一生だとか、そんな約束は出来ない。それでも今を生きているのなら、同じ酸素を吸っているのなら、今この瞬間に感謝を伝えるべきなのだ。愛を伝えるべきなのだ。


君に辛い事があって世界を恨んで僕の声が届かなくなったとしても、僕は君の前に立ち続けよう。硬い殻になって君を守って、降り注ぐ矢から君を守り、それでもここにいると言おう。沢山沢山悩んできて、時には当たって言葉を交わす日だって億劫になる日もあったけれど、ずっと君が言った言葉に対して考え続けてきた。


僕は全部欲しい。何だかんだ人間だから、貰えるものは全部欲しいのだ。もし貰えないのであればこの手で全てを掴み取りに行きたい。静かな生活の美しさは理解している。特別お金持ちになりたいとは思わない。お金はあるだけいいけれど、豪華絢爛な暮らしはきっと疲れてしまうだろう。お金も愛も名声も称賛も友情も情熱も全部欲しい。手を伸ばして全てを掴みたい。


そしていつか君の大丈夫になりたい。僕がいるから大丈夫。勝手に消えないから大丈夫。もし全てに絶望したらきちんと言ってから消えるから大丈夫。僕は君の知らない所で勝手に誓いを立てたのだ。流れる涙を拭って口にする事もない約束を自分自身にかせた。果たしていつまで効力があるかは分からないけれど、君が僕に命を吹き込んで感情を揺さぶり続ける限りは続くだろう。


きっと願望は口に出した方が叶いやすい。


僕が優しいと誰かは言うけれど、そんな事は一ミリもない。僕は何だかんだで自分の好きな事しか考えていない。悲しんで苦しんで、世界を知って。理不尽を知ったからこそ許されないであろう事を知り、それをどうにかしたいとちっぽけな力で足掻くだけの醜いヒトモドキだ。


トルコに行った時に見た戦争の爪痕とか、差別とか偏見とか、当たり前に死ぬ世界とか幸せを奪われた結末とか、文字もかけず声も発せず物語に一ミリも触れられない人生とか。ふとした瞬間に知ったから、そのままではいられなくなった。綺麗事だって言われてもそんな世界が無くなればいいと思った。


いつか手に入れた力でやりたい事があるのだ。世界中の物語に触れられない子供たちに、自由に描いてもいいのだと伝えに行きたい。自由に描いて自由に空想して、それを形にしてもいい。君の空想を馬鹿にする人間なんて放っておけ。僕がそいつらを否定してやる。だから、好きにしていいんだって言いたい。共に新たな物語を作りたい。


僕はただ、子供の頃の僕が、あの頃の僕が欲しかった言葉を誰かにかけているだけかもしれない。あの頃欲しくて堪らなくて、今も欲しくて堪らなくて。それでも与えられない言葉を、自分の代わりに誰かに送っているだけなのかもしれない。ただの自己満足に過ぎない。でも誰かが救われるのなら、それでいいと思ってしまうのだ。


きっと人生には幾度となく辛い事があって。出会いがあれば別れがあるように、生まれる者があれば死にゆく者がいるように。運命だと錯覚する出来事も、理不尽な結末も、どうしようも出来なかった関係性も、変わらぬ過去も、塗り替えられない現実も、沢山あってここにいる。けれど過去を否定するのは僕を、君自身を否定する事にも繋がる。その過去に戻れたら僕は間違いなく運命を変えてしまうけれど、今の君がここにいて息をして、僕の目の前にいるのは悲しくともその過去があるからだって僕が理解しているから何も言わない。そして今僕がここにいてこの言葉を綴っているのは、誰も知らないような過去があって積み重ねてきた末に書く事を選んだからだ。


ただ珍しく少しだけ。自分勝手に言葉を綴るとするならば。


僕の糸の先は君がいいから、君が嫌になるまで糸を切って僕と繋げておいてくれ。

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