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三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
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嘆きを届けろ、仕方ないなんて誰も言うな


やりたい事はありますか。行きたい場所はありますか。


君が信じるものは何ですか?




そんな事を、誰かに問いかけたい。全てに答えられる人間はどのくらいいるのだろう。特に最後の質問に関しては、僕も正確な回答を導き出す事は出来ないだろう。まあ、正しさなんてこの世界のどこにも存在しないけど。


旅に出ていました。約二年振りくらい。ハワイ、ボリビアとペルー、トルコ。これまで訪れた全ての国を憶えている。そこで何をして、何があって、何を見て、何を知ったのか。今回の旅は昨今のウイルス二乗により早く帰る事になってしまったけれど、それでも楽しかったよ。僕のやばめなサバイバルイングリッシュも久し振りに役に立ちました。でもな、空港でPCを開けてくれって言われた時、完全にopen regとしか聞こえなくて、何言ってんだこいつって思いました。あれは僕じゃなくて向こうの発音が悪い。


そんな事はどうでもいいんだけど。


忘れられない事があって。忘れられない事ばかりで。声を上げずにはいられなくて。例え無力で意味がなかったとしても、黙っている事など出来なかった。僕はそういうヒトモドキです。




深夜のフライト、搭乗口は空港の果て、周りには日本人だらけ、英語のアナウンスすら届いていない人もいた。人の事言えないけど、海外に行くなら最低限言ってる事は分かるくらいにした方がいいと思う。僕の友人はトルコ語も英語もまともに喋れなくて、結局僕が英語で話してました。何なら通訳もしてました。この件と、後の事考えずにトルコリラ使い切って水も買えなくなった件に関しては怒ってるっていうか呆れてます。



そんな中、一台のスクリーンが目に入った。耳に届く言葉はトルコ語、たまに英語。字幕は英語。僕はその映像に釘付けになった。


皆はトルコの情勢を知っているだろうか。遠い国過ぎて想像もつかないあの地は、エルトゥールル号を助けた事から親日国になった。僕らは学校の歴史で、習ったような習ってないような、それくらいの印象かもしれない。しかし、トルコ人にとってエルトゥールル号の事件は大きな印象を与えていた。知らない人がいないくらいだ。遠い昔、自分たちを助けてくれたから、彼らはずっと僕らを慕ってくれている。英語は喋れないのに、簡単な日本語は話せるというのだから驚きだ。


現地の人の話だと、日本人と言えば会話が続くけど、その他アジアの国名を出せば会話は終わるらしい。これは嫌いなわけではなく、単純に彼らが日本人大好きの国民性のためであるとか。そういえば南米行った時もそうでした。日本人は僕らが知らないような場所で、誰かを助けている事が多いらしい。後観光でお金落とすからだろうね。


トルコの平均月収は43200円。1トルコリラの相場は現在約20円。ちなみにイスタンブールの家賃は30000円。


トルコリラは元々、ドルと同じくらいの貨幣価値があったらしい。しかし、徐々に価値は落ちていった。ちなみに10枚入りのクッキーは2.5トルコリラ。50円。


どうして価値が落ちたのか。それは情勢が悪いからだ。トルコの近隣にはギリシャやイラン、シリアなどといった紛争地帯が数多くある。トルコも場所によっては戦場だ。今もなお、戦いは日常で息をしている。


僕は日本という平和で小さな島国の生まれだ。そして四年間で歴史学を学んだ。専攻は世界史、戦争は歴史の一部として見てきた。戦場跡地も、死者の数も、遺体も、骨も、現場も全部、僕にとっては歴史が遺した凄惨な悲しみの一部だった。授業を受けていた時に何度も思った。未来を知っている僕がこの場にいたら、少しは何かを変えられたのかもしれないと。そんな都合のいい事はなくて、戦いがあったから今の平和は生まれた。こんな事言いたくないけど、日本は負けたから平和になったんだと思う。もし勝っていたら、原子爆弾が落ちてなかったら、僕らの今に戦いは当たり前に存在していただろう。


でもさ、悲しみはきっと消えないままだよ。


流れる映像、進む字幕、僕以外の日本人は映像を見ていなかった。もしかしたら少しは見ていた人もいるかもしれない。けれど、内容など入っていなかっただろう。現に僕の隣にいた友人も一度も画面を見なかった。



それは10年前から続くシリアとの戦いの記録だった。


何人の人が出てきて、インタビューに答える。その中で、一人の若い男性が目に入った。彼は軍に入って、前線で戦っていたらしい。現在は軍を除隊したようだが、彼が写った写真の中に笑う五人の男性がいた。仲良さげに肩を組んでいる彼らは、同じ部隊の仲間だったらしい。


でも、生き残ったのは彼だけだった。


何もない、荒れ地と化した街で、銃撃が鳴り響いた。戦車が走って、撃たれた足を掴み必死に痛みを堪える人、ほふく前進で前に進む誰か、止まぬ爆撃音。戦場がそこにあった。


そして、あるものを見た。


初めは犬が寝転んでいると思ったんだ。あの国はイスラム教徒が98%を占める国だから、ペットを飼う文化がない。その代わり、街中にいる犬や猫、鳥などに人々が餌を上げる。選挙ではそんな動物たちの平穏を守る管理人を選ぶ。当たり前に街中に大型犬が寝転がっている姿を見た。そして、すり寄って来る事も何度もあった。


でも違った。


モザイクがかけられた先、確かに僕は気づいた。言葉が分からなくとも、あれだけは分かる。寝転がっている何かは軍服を着ていた。



人の死体だったんだ。



何もない街に、人の遺体がポツリと転がっていた。誰も埋葬しない、布すらかけない。ただ、そこに遺体は転がっていた。僕は自分の無力さを知った。



いつも言っているけれど、物心ついた時からずっと悔しいんだ。それは一つ上の兄がいるから、歳の離れた弟がいて、真ん中っ子で特に才能もなく勉強も出来ない僕は、図体ばかりでかくて性格は捻くれ、誰かから好かれるような才もない。詰まる所、屑だったんだ。必要のない人間だった。ずっと、ずっとそうだった。誰かはそうじゃないと言うかもしれないけど、僕は子供の頃には既に、自分がいなくても世界は周り、何なら自分がいない方が周囲が平和になる事を気付いた。


それからずっと、劣等感の塊だ。何も出来なくて、唯一運動神経だけは良かったけれど、それも大それたものではなかった。何も出来ない僕はずっと悔しかった。自分以外の誰かになりたかった。愛される存在になりたかった。消えてしまいたかった。


今でも悔しさは残る。でも、今の僕は武器を手に入れたから、このままでもいいんだと自分で自分を肯定出来るようになったから大丈夫。ただ、今抱く悔しさは間違いなく自分の実力不足に対するものだ。僕結構自分が決めた何かには厳しめです。



ずっと悔しいんだ。でも最近は悲しい気持ちもついて回るようになった。虚しさがこの胸に冷たい風を吹き込むようになった。昨年の秋頃、冷凍コンテナから移民の死体が大量に出てきた事件を目にしてから、今回の件もあってずっと悲しい。


僕らは選べるはずなんだ。選んでいいはずなんだ。自分の中にある選択肢を増やす権利は、誰にも奪えないはずなのに、世界がそうはさせてくれないんだ。どうしてって嘆いても、周囲が君の本音を殺すんだ。


悲しいんだよ。言葉が冗長過ぎる。この気持ちを表す適切な何かが見つからない。ずっと探しているのに、僕はそれを伝える術を持たない。それすら悔しくて悲しい。どうしたらこの悲しみを、理不尽を、孤独を、苦しみを、希望を伝えられるかずっと探しているんだ。


ふと、僕の眉間に皴が寄ったのが分かった時、後ろから聞こえた誰かの言葉に思考が止まった。


「見て、死体!笑える」


「気持ち悪い何でこんなの映してるの」



君はこの言葉を言うだろうか。画面に映る世界を見て、まだ自分と関係ないと言えるだろうか。遠い国で見知らぬ誰かが死んだ。だからどうした?って問えるか。そんな人が近くにいるのなら、僕は永遠に一人でいいと思った。


でもね、確かにそうなんだよ。僕らには関係ないんだ。冷凍コンテナの件で友人と話した時、そいつは悲しい話だね何で移民なんかしたんだろうねと言って終わった。関係ないねと言った。僕の周りは皆そう言った。それが当たり前なんだ。何なら僕が異色なだけ。



でもさ、仕方ないで済ませられるか。



無知は恥だ。知らない事があるのは良い事だけれど、知ろうとしないのは恥だ。知らないまま生きて来て、いい歳こいて何それ?っていうような人にはなりたくない。だから食わず嫌いは以ての外だし、苦手な食べ物が出てきても、必ず少しは口にする。だってもしかしたら、違う土地で違う形で口に入れれば美味しいと思えるかもしれないから。人生は発見の連続だから。僕はそうしてる。でも自分が正解だとは一ミリも思っていない。何ならどこに行ってもナッツは美味しくない。申し訳ないけど無理。ピスタチオとアーモンドだけは何とか行ける。でも後は駄目。



誰かが言ったんだ。あれは必要な犠牲だったって。僕は耳を疑った。そして叫んでやりたかった。


「ここはチェス盤じゃねぇんだぞ」って。


でも彼らにとってみれば自分はチェスを差す人間で、駒は現場にいる人間なんだ。全て取られれば負けるけど、多少の犠牲など気にも留めない。さらに言うなら、僕らはそのチェス盤に触れすらしない人間だ。



僕はずっと、自分が無力で仕方ない。この声で何かを変えられたら良かった。大切な人の命が奪われるのも、大切な人が誰かの大切な人の命を奪うのも嫌だ。この手で全てを終わらせられれば良かった。戦いたくて戦っている人間なんてどこにもいない。この言葉が遠くに届けばよかった。ペンは剣よりも強しと言うけれど、目の前に武器を持った人間がいたらペンなんてただのゴミだ。大切な人の命すら救えないただの屑だ。ペンは遠くにいるから強いだけ、僕らは手に持つものをどこで間違えたんだろう。



一秒でも早く、こんな世界が終わればいいと思った。争いなんてない世界であればいいと思った。違いを認められる世界であればいいと思った。ぶつかり合わなければ、悲しみから悲しみは生まれず、憎しみから悲劇は生まれない。誰かの命を奪ったら、必ず憎しみが生まれて戦いは終わらなくなる。僕らはそれを知っているはずなのに、どうしてこの手は止まらないのだろう。



全部、全部最低だよ。戦いも原因も僕らも皆最低だ。この言葉が届きはしない事も知っている。綺麗事と誰かは言うだろう。僕自身もそう思っている。だってそう思われても仕方ない。結局の所、僕はそれっぽい言葉を並べるしか出来ないんだ。力がないんだ。


目の前から大切な人が消えて欲しくないと願うだけなのに、どうしてそんな簡単な願いが湾曲して誰かの大切な人を奪わなくてはいけないのだろう。


どうしようもない無力な僕だけど、自分が出来る事を探した。


一つは誰でも出来る事、そんな地に行った時観光としてお金を飛ばしまくる事だ。換算したらたかが知れてるかもしれない。でもこの金銭が巡り廻って誰かを救うかもしれない。それしか出来ないから、出来る限り財布の紐は緩める。トルコの税金のほとんどは軍が持って行っているらしい。だから遺跡やモスクの観光地の修復が中々進まないんだとか。そんな場所に行った時、僕らは修復費として一円でもいいから募金すればいいと思う。小さな一歩がいつか世界を救うと、僕は信じたい。三秒後の世界が輝くように、この手に持てるだけの力を使って、悲しみを生み出したくはない。



もう一つは僕にしか出来ない事だ。


書く事。


無力でどうしようもない僕が手に入れたたった一つの力、それが書く事だった。誰かに比べれば大した事はないかもしれない。僕は変わらず底辺小説家で、影響力なんてどこにもない。作品だけ有名になればいいと思うし、僕の活動なんて見なくてもいいと思ってる。でも、この瞬間だけは見て欲しいと思った。


僕の文章は、誰かに届くのだ。


形を変えて、名前を変えて、遠い国の誰かまで、この嘆きを悲しみを切望を何もかもを届けられる一筋の希望を抱いているのだ。僕は僕の言葉に責任を持たなくてはならない。何度だって吟味して誰かを傷つけないよう、湾曲されないよう、言葉を届けなくてはならない。これは僕にしか出来ない、僕だけの力だ。だからそれを誇って最大限に使ってやりたい。


人生全部で証明してやりたいんだ。馬鹿げていると自分でも分かっている。でも、この目から止まらない涙が、消えない悲しみが綺麗事だなんて言われないために、この人生全部で証明してやりたい。無価値な命なんてどこにも存在しなくて、悲しみの重みは比べるものではなくて、空想は誰にでも出来て、希望は抱いてもいい物だって証明してやりたい。全部終わってから死んでやりたい。今の僕の生きる目的なんて、酔っていると思われるかもしれないけどそれくらいなんだ。


この手に残された希望が、誰かに届いて世界が変わるのなら。変わるまで僕は書き続ける。頑張って貪欲にしがみついて有名になって発言に影響が出るようになれたなら、僕はこの嘆きを止めるために動き続けよう。大切な人の記憶が脳から消えないように、忘れ去られないように、書き続けて書き続けて、全てに絶望した日に、海沿い高台正午過ぎのハンモックに揺られて、毒薬でも飲んで静かに死んでやろう。



これはそういう物語だ。

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