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三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
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星月夜は来ないけど


何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう。



って言った人がいる。今を生きている人間の言葉よりも、この世界にもういない人間の言葉の方が胸に響くのはなぜだろう。当人を知らないからか、それとも死んだ後、僕らが彼らを脚色したからなのか。何にせよ言えるのは、死者は僕らに干渉出来ないから、僕らはそれを知っているから余計に言葉を噛み締めるのかもしれない。


それでも思うのが、生きている人間に自分を投影する事は出来ないけれど、死んだ人間には投影出来てしまうからだと思う。


僕はこれまでの人生で、自分が何の才もないようなただその辺にいる村人Aだと思っていた。Aにもなれない。モブキャラにもなれない、映画の最初でパンデミックにより死ぬうちの一人にでもなれればましだろう。僕の人生は光の当たらない所で生まれ、そして終わるのだと思っていた。今だってそう思っているけれど、考え方が変わったのは確かだ。



その絵を初めて見たのは小学生の時だったと思う。教科書に印刷された、元の色彩を失った大衆に馴染む姿に変わり果ててしまったその絵を、僕は見た。そして何よりもそれを気に入った。結局、インクジェットで出力された絵画なんて、元の油絵具を越える事は出来ない。僕が初めて見たその絵は、量産されたものだった。


けれど、確かに僕の目はそれに釘付けになった。何を思って、何を見て、どんな道を選んで筆を走らせたのだろう。ただ、印刷された絵からでも分かる、悲しさがそこにある気がした。世界に何かを訴えるような強い意志は感じられない。けれど、どうしようもない虚しさと人間が作り出した悲しみが、その絵に籠っている気がした。そして狂気を見た。


月に魅入られる事が狂気と言った人がいた。分かる気もするし分からないような気もする。ただ、多くの人が陽の光の中を歩みたいと願っているのに、反対に月明かりの道を歩きたいと言い出す人間はまあ変わってると思う。僕もその一部だから何も言えないんだけど。


その絵には狂気が籠っていて、僕は狂気に魅入られた。その人の人生を知って、終わりを知って、死んだ後に有名になるなんて笑い話もいい所だと思った。だってきっと当人は生きている間に称賛を浴びたかったはずだ。それなのに彼は死んでから評価され、彼の売れなかった絵は今や美術館に欠かせないものとなった。


フィンセント・ファン・ゴッホの星月夜が好きで堪らない。渦巻くように描かれた空は、見る者をおかしくさせる効果があるって論文で言ってやりたい。彼の精神が病んでたからなのかは分からないが、あの絵は他の作品と比べてもおかしいのは明らかだと思う。だって向日葵思い出して?普通じゃん。


魂が宿ってるって思ったんだ。どこを見てそう思ったのか、言葉にするのは難しい。いつかこの感情が全て言葉に出来ればいいと思っているけれど、きっと永遠に文字には出来ないだろう。感覚を全ての人間に分かるように書くって、これから先もずっと、僕の人生の課題なのかもしれない。


そんな彼が遺した言葉を見た時、僕は思わず笑ってしまった。だって、僕と同じような事を言ってるんだ。笑うしかないだろう。どれだけ時間が過ぎて、人種、性別、時代、生まれ、貧富、様々な違いがあったとしても、結局人間って同じような事を言うんだ。人の本質は変わらないままだ。そこに美しさを見出して、醜さを知るのもまた同じなんだ。僕らは変わらないままだ。


たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ。なんて。僕と同じ事言ってるじゃないか。


僕の人生はそれほど長くないだろう。だから僕は一つのことしか目に入らない。無知な人となって仕事をするつもりだ。ここ数年のうちに何がしかの仕事をやり遂げてみせる。って。人の本質が変わらない事を教えてくれる。本当に同じような事言ってる。


だからって同じだと言うつもりはないけれど、やっぱりそれに惹かれたっていう事は同じような性質を持っている事なんだ。考えは似る。人生は芸術は模倣する。憧れの存在になろうと努力すれば、自ずと同じような人間になるだろう。


面白いなって思ったんだ。誰かに似ていく事に嫌悪感を抱くのではなく、ただ面白さを感じている。けれど僕が彼と違うのは耳は絶対に落とさない。耳なんて切った暁には、死後の世界で有名になった場合3Dプリンターで再現されてしまう。絶対嫌。耳は穴開けるくらいで止めるよ。



いつか、おかしくなる日が来ると思う。


多かれ少なかれ、全ての人間に素質は存在する。しかし、間違いなく、僕はそういう性質を持っている人間だ。精神障害とか、名前のつくものはないけれど、間違いなくおかしくなる性質を持っている。おかしいと認める事は、先人たちのように素晴らしい芸術家だと言ってるようで嫌なんだけど、まあでもそっち寄りだろう。


おかしくなった日に、誰かを悲しませたり傷つけたりするような人間にはならず、一人で解決して終わらせるような人間でありたいと思う。僕は僕が思っている以上に空想家で現実主義者っていう意味の分からない側面を持ってるから大丈夫だと思うけれど。


どれほど素晴らしい作品を見ても、現実が空想を追い越す事は絶対にないんだ。前々から言ってるけど、死んで好きな世界で多くの人に愛されてその世界で生きられるなら、僕は間違いなくすぐ死んでる。でも、現実はそうじゃないだろ。向かう先はただの空虚だ。生まれ変わりとか、素敵だと思うよ。でも確証のない概念に踊らされるほど純粋じゃないんだ。


僕は僕の力で出来る事をして、僕の力で変えられる事しか出来ない。それが世界の真理だ。


だから、もしその真理が壊れる日が来たなら、僕は絶対どこかに消えるだろう。一縷の望みをかけて、先を見に行くだろう。そんな日が来ない事を願っている。

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