月と世界と可能性と時々僕ら
月が綺麗だったんだって
日中の澄み切った青空の中で月を探す癖があるのは随分と昔からだ。四、五年前は全てがいっぱいいっぱいだったから気付くのが遅れていたが、僕の一番古い記憶は青空と頭上に輝いていた太陽だった。僕は多分、昔から空を眺める癖がある。365でも書いたけどね。
だから、月を探すのが好きだ。真昼の月は綺麗だよ。いつもと違う雰囲気を纏っている。真っ白で透けてしまいそうなくらいの存在だけれど確かにそこにある。夜じゃなくても月はいる。
今日は半月が綺麗だった。帰りの電車、ホームで待っている間見上げた群青色の空に半月が輝いていた。家に帰る前に見た月は黄色みを増していて、夜空に飛ぶ飛行機がチカチカ点滅していて、まるでクリオネみたいだと思った。夜空が海に見えた。そんなくだらない事を、常に思いながら生活している。いつか誰かが言った、君は自分の世界があるんだねという言葉はこういう事だったのかなと思う。でも、本当にクリオネみたいだったんだ。
最近の僕は色々な事を考えている。くだらない事から社会情勢、差別、人種問題、ふとした瞬間、人の可能性について考え続けている。僕に出来る事は何だろうとも思う。
最近の僕は、細かな動作に「神は細部に宿る」という言葉を思い出して実践している。別に特段神様を信じているわけでもないんだけど、言うなれば僕が何かをする理由かもしれない。
例えば、20mもない夜中の車が全くいない横断歩道、周りは皆信号無視をして渡る。でも僕はちょっと待ってみる。信号は守らなくちゃいけないけど、本当に疲れた時守りたくなくなる。でも、「神は細部に宿る」と思って守る。別に何かあるわけでもない。
家を出る時、玄関前に置かれた小さな蛙の置物が倒れていた。僕は急いでいた。でも、それが目に入った。放っておいても誰かが直すだろうと思う。だけど思い出して元の位置に戻す。
電車から降りる時、ベビーカーを押した人が持ち上げようとしていた。だからちょっと声をかけて手伝ってみた。だからって何かあるわけでもない。偽善でも何でもない。僕は多分、自分が行動する勇気をその一言に貰っているだけだと思う。まあ、でも。それで誰かを救えたならそれもそれでいいかなと思う。
話を戻して、僕を含め、全ての人間には可能性があると思っている。それが活かせるかは別として。あ、僕ヒトモドキだわっていうボケは一旦置いとく。
ならばその可能性を奪うのは何だと考えた時、それもまた人間である事に気付いた。環境も、地位も、人種も、何もかも、人が作り出したものだって気付いた。
カースト制度って、誰が考えたんそんなん。って、僕は知った時にそう思った。何で人間同士で勝手に立ち位置決めるん?あほちゃう?とも思った。ちょっと言い過ぎた。でもそれでなりたかった自分になれず、可能性が押し潰されたのなら、じゃあ何で生きてるんだろうなと思った。別に誰も好きで生まれたい!って叫んだわけじゃないのになって。
そんな事を色々考えて、僕は僕が思っている以上に周りの人の関心が無く、そういった問題に口を出せば偽善と言われると知った。違うんだよ、そうじゃない。僕は純粋に疑問なんだ。偽善とか自己満足とか、そんなのどうだっていいよ。何で見て見ぬふりをして馬鹿にするのかなと思ったんだ。
僕は性格悪いから、腹立つ事があったら口に出すし結構むかつく奴とか、二度と関わりたくない奴とかもいるので自分と関係している奴らには言っていいと思うんだよ。○○むかつくなって。○ちっちゃいね。
ただ僕は、生涯をかけて忘れられない後悔がある。言葉を使って人を深く傷つけた後悔だ。言葉は救いにもなり誰かを殺す刃にもなる事を充分理解している。だからこそ、可能な限り人前だったり多くの人に言いたくない。だって僕はそれで君を傷つけたから。だから書き始めたんだから。
愚痴はいいと思う。言わないとストレス過多で死にそうになるから。でもわざわざ名指しで公開処刑したり、見知らぬ相手にだったり、果ては死んだ人間に言わなくてもいいじゃん。好きで死んだわけでもないのに。
好きでその地に生まれたわけでも、その家族の元に来たわけでも、その仕事に就いたわけでも、死んだわけでもないのに。何も知らない遠くの土地で、彼らの環境を何一つも知らない僕たちが何で馬鹿に出来るんだろうって悲しくなった。そして多くの人間がそうだという事実にも悲しくなった。
僕は聖人君主でもないし、イエスキリストみたいに皆の罪を背負って死ぬとか普通にごめんだし、自分の生活がままならないのに募金しまくるとか出来ないけど、これだけは言える。お前が言うなって。何一つ知らないお前が言うなって。彼らの痛みを少しでも知れって。
僕もし有名になってお金に困らない生活になったら、稼いだ一部をそういった事に使えればいいなと思った。例えばスラム街出身の子供とか、恵まれない人とか、心に傷を負った人たちが才ある人であったなら。僕は才能を咲かせるための手助けがしたいなと思った。
文字が書けなくても空想する事は出来る。物語は作れる。歌は歌えるし地面にだって絵は描ける。僕だって始まりはそうだった。僕らは誰だって可能性があるんだって証明してやりたい。
選択肢を増やしたいんだ。僕も皆も見知らぬ誰かも。名も知らぬ誰かに選択肢を貰う事だってある。僕は僕という名を使わなくてもいい。記憶に残らなくてもいいから選択肢を与えられるヒトでありたい。そういう物書きでありたいなって思うんだ。
あくまで理想論だけど。
まあ僕自身まだ人間が出来てなさすぎるので、誰かの面倒みるにも手助けするにも未熟過ぎるんだけど。ただ、差し伸べられた手を掴める人間でありたいんだ。それが僕の腹立つ人間だったら掴まないんだけど。
そんな話をしていて、僕はまた君の夢を見た。あの頃どれだけ願っても見れなかった君の夢を今年入って二回も見ているなんてどういう事だと思っている。僕も困惑している。ちょっと意味わからない。ていうか今日ずっとこんな感じで無駄話入れてる。自分で自分にツッコミ入れてるけど気にしないで。
僕は忘れてしまったと思っていたんだ。365が世に出て、僕の中の君が消えてしまったと気づいた。君との記憶を書き出さないと思い出せない。全てを思い出す事が出来ない。日が経つ毎により薄れていくのだ。時間は残酷である。
しかし、この脳にはまだ君との記憶が存在し続けていて、この胸がまだ想いを燻らせていた。もうここまで来ると自分でも笑えてくる。どうしようもない選択の末だった。僕の中で好きも後悔も、随分と薄れてきたのに忘れるなと言わんばかりに君は夢の中で僕に笑いかけるんだ。
教室、隣の席、階段、廊下、校庭。夢の中で君と話した事は思い出せない。けれどこれだけは思い出せる。いつだって最後は言わせてくれないんだ。僕の謝罪の言葉、この胸にあり続ける後悔、伝える前に君は必ず笑って目が覚める。君が夢の中で出てきた時、大体何かしらが起こる。前回は君とそっくりの人が現れて仲良くなってしまった。もう、終わりでいいよ。
死んだ人の何を一番最初に忘れるかというデータで、一番最初に忘れるのは声だと言った。それは長年会わなくとも一番最初に忘れる。僕はまだ、君の声を憶えている。僕の名を呼ぶのを憶えている。鼻で笑う癖も憶えている。笑いながら制止する声も、寝ぼけた声も憶えている。ただ、それは憶えていると思っているだけなのかもしれない。
本当はもっと高かったのかもしれない。低かったのかもしれない。鼻詰まりだったかもしれない。もう僕の記憶の中でしか君は生きてないんだ。多分一生会えない。僕の中で君は18歳のままで止まり続ける。永遠に、止まり続ける。
滑稽だ。滑稽なんだよ。僕は自分の事を愚かな奴だと十二分に理解している。馬鹿なんだ。色々。失ってから気づく重さなんていらない。もういらないんだよ。あの日から止まってしまった僕もまだいるんだ。前に進んでいるつもりでも、巻き戻せば必ずその日に戻るんだ。僕の人生の分岐点だったから。
だから余計なお世話かもしれないけれど、僕は皆に後悔をしてほしくないから口には気を付けろって言い続ける。後でいいやと思っていた事は今しとけって言うだろうし、神は細部に宿るかもよって言う。僕の二の舞にはなって欲しくないから。
今日も僕はどうしようもない若造のままで、人生に右往左往するだろう。ただ、もう自分が何をすべきか分かっている。長いようで短い人生で出した一つの答えだ。この先考え方は変わるだろう。けれど今は僕の出来る事を、僕の出した答えを一番に生きていきたい。だから、皆も忘れないで欲しい。
僕はひとかけらの可能性だとしても信じ続けていたいんだ。僕が、そのひとかけらを持っていたから。




