表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
148/234

褪せるその日まで


君と一緒なら生きてもいいかなと思った




夏がやってきて、30度を超える日々に身体が追い付かず、部屋の窓からただ外を眺めれば蜃気楼を見つけて目を伏せる。そんな日々がやってきました。僕は寒がりなので程々の暑さまでならいけるんですが、さすがに30度後半になって来ると半袖かなって思ってます。普段は絶対白いロングカーディガンを羽織ってます。寒いのが嫌いなので夏はそこまで嫌いなわけでもないです。


8月は思ったよりも暑くて、そして思ったよりも空が高いです。月は見えず、白んだ昼の青空にその姿を見ただけでした。君はいかがお過ごしでしょうか。


僕の言う君って、もうあの頃の君に向けてじゃないのです。僕の中の君は随分薄れてしまいました。花が散るように想いが散って、誰かの足で踏まれて原型をとどめなくなったように。雨が降って全てを流してしまったように。前までは心のほとんどを占めていた君はどこかに消えてしまいました。まるで初めからいなかったかのように。白昼夢だったように。


だから、今の僕が言う君は、不特定多数の誰かに向けての言葉なのです。本当に届けたい人に届ける言葉を、僕はもう失ってしまいました。何を言えばいいのか、何を伝えたかったのか、たった二言しか思いつきません。もっと、沢山あったはずなのに。


思い出を脚色している気がしました。全ての記憶は脚色されて美化されるものですが、僕のそれは酷かったような気がします。無駄な想像力のせいで君をコンテンツにしました。僕こそが、一番最初に君をコンテンツにした張本人なのです。君は知る由もないでしょう。もし、知った所で僕らはあの頃に戻れません。僕の想いは土の下に埋められたままです。


君が夢に現れて、手を伸ばして、その体温を確認して。伝えたかった言葉を伝えて、それでも一緒に生きていこうと君が言いました。僕は泣きながらその手を取りました。目を覚ました先に見えたのは真っ白な天井と伸ばした掌、そして頬から流れた一筋の涙でした。


その瞬間感じたのは、たった一つ。


ああ、もう終わってしまった。


僕の想いは永遠に届くことなく、この後悔はやがて薄れていって消えるのだと確信が持てたのです。有り得ない話ですが、本当にそうなのです。


もういいよ。と。君が言った気がしました。もう充分だ。と。僕が言った気がしました。諦めろでも飲み込めでもなく、もう、もう、もうこの物語はこういう結末なんだと言われた気がしました。


電車に乗りながらドアに背を預け、変わる街を眺め続けました。君の顔を思い描きました。そして気づきました。


あ、もう君が描けなくなっている。と。


自分の中で薄れていっていることに気付けないまま大人になって、思い出の中の君が描けなくなってしまった。遅かったことに気付いた僕は目を伏せました。


そして、君によく似た別の人が現れました。君に似ても似つかぬ性格で、似ても似つかぬ趣味で、全く別人だと分かっているのに、僕を呼ぶ声が、その顔が、笑った瞬間に出来る目尻の皴が。全部全部君と同じで、思い出の中の君と重なっていって苦しくなった。そして僕は気づくのです。


僕らの物語はここで終わりなんだ。と。


君の手で、僕の手で、それとも運命的な何かが終わらせた結末なのだと。僕はこの先ずっと君に会えることもなく、君にそっくりの容姿を持った誰かを見て、君を思い出すのでしょう。僕を苦しめる罰みたいだって思いました。君となら生きてもいいと思えた頃には全てが遅くて、全てが終わった後でした。


違うんだよ。僕は君だから良かったんだ。君の容姿が好きだったわけではない。君の声が好きだったわけでも、その目尻に出来る皴が好きだったわけでもない。


君が。君だったから。不器用で素っ気なくて正直で、それでも言葉を待ってくれる君だったから。僕は好きだったんだ。君だったから、その声が愛おしく感じたんだ。目尻に出来る皴をなぞったんだ。君だから僕は好きになったんだよ。


君の見た目でも、君じゃなければ意味がないんだよ。僕の名前を呼んで、馬鹿にしたように鼻で笑って、仕方ないと言わんばかりに眉を下げて僕を見るから、だから僕は君が良かった。君の中で特別として生きる僕が良かった。僕の中で輝く君が好きだった。


全てが終わった後で、僕はようやくその重みに気付くのです。戻れない青春を書く事で必死に繋ぎ止めて、君の記憶を書き綴って君を生かし続けるのです。傲慢で最低な行為だと分かっていても、君を消したくなくて必死に足掻くのです。僕の中から消えるその瞬間まで、僕は君が好きだと言い続けられるために。


前に進みました。新しい世界を見て、知らない人と出会い、新たな関係を築きました。それでもこの人と先を見たいと思える人が現れなかったのは、僕の中で君がその枠だったからです。いつまでも執着するなんて馬鹿みたいです。しかし、もうこれは執着ではなく、思い出に浸っているだけだと知るのです。


今年も夏が来て、いつか夜が長くなって月が空に浮かぶまで。僕は最後の思い出に浸りましょう。届かない思いに涙することも、君を描けず焦ることも、もう何もないけれど。思い出した時、目を伏せて笑えるくらいの思い出になってしまっても、それでも。


君が褪せる日まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ