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三秒前と、お別れしよう  作者: 優衣羽
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君は悪くないんだよって言った時、その瞳から涙が零れた。




先週先々週と、僕にとってとても珍しい週末お泊りがあった。僕は人と遊びたい気持ちはあるんだけど

その前に自分のやりたい事が先行する人間だから、中々ないんだよね。週末棒に振るのも、誰かの家に泊まるのも。けれど何を思ってか。どんな因果か。二回も違う人達とお泊り飲み会をしてきた。両者ともに魅力があって楽しかったんだけど、僕にとって楽しかったのは先週だった。


高校生の時からずっと一緒にゲームをしていたメンバーの一人が一人暮らしをするお家にお邪魔してきたのだけれど、さすが男性の一人暮らしというべきか。調理器具が何にもなくて笑ってしまった。フライ返しはあるけど油はないという謎のキッチン。サランラップすらなかったのはさすがに舌を巻いた。


三人で懐かしい話をしたり、これまでの話をしたり、これからの話をしたり。馬鹿を言い合ったたりしたんだけど、どうしてその話が始まったのか、きっかけすら忘れてしまったんだけど一人が自分の命を軽率に扱う場面が出てきた。


今ある仕事を辞めて軍隊にでも入る。僕は驚いた。だってそういう事を言う人じゃなかったから。前向きな言い方ではなかった、何か裏にあって言っているのが分かった。


軍隊に入るのも一つだろう。構わないと思う。僕には絶対出てこない選択肢の一つだ。もしかしたら立つかもしれない戦場を見越して行くのだから、生半可な努力じゃ務まらない。素晴らしい考えの一つだと思う。


けれど、僕には何故か。それがただの自殺願望に聞こえた。


そこから口論になった。僕は君の裏に隠した事情が知りたくて。君はそれを教えてくれなくて。けれど。ぽつりと。君は何があったのか話してくれた。


二週間前に祖父が亡くなった。一緒に住んでて一人暮らしした後、体調があまり良くなかったのも分かっていた。亡くなった時、自分は泣けなくてこんなものかと思ってしまった。何て酷い人間だと思った。


そう言った君の声は震えてて。僕が今まで何のために書いてきたのか、ここでようやく理解したんだ。



今。ここで。君に伝えなければ。僕は一生後悔する。


そう思ってからの僕の行動は早くて。君の飲んでいたロックグラスを取り上げた。君は驚いたけれど、僕は早口でまくし立てた。


「酷い人間なんかじゃない。本当に酷い人間だったなら、僕等は今日ここに来て君と一緒に食事なんてしていない」


「5年以上つるんできたんだ。君が最低じゃない事は僕らが知っている。君が良い奴だって事、ただ、感情を表に出すのが苦手な事。冷たい人間じゃない。君は驚いてしまっただけだ。人間の死の呆気なさに、頭が付いて行かなかっただけなんだ」


「軍隊に入る。構わないと思う。最後に決めるのは君だ。僕らに決定権はない。どんな形で死に近づいてしまっても、自分の命の終わりは自分で決めて良いと思う」


「けれどさ。ただ命の重みが分からない冷たい人間だから戦場に近い所に立ちたいって言うなら僕らは反対する。それはただの自殺願望だ。僕は後悔した。言えなかった事。もう遅くなってしまった事。伝える術も無くなった事。だから、もう二度とそんな思いはしたくないから言わせてくれ」


「僕等は君が大好きだ。大事だし家族みたいに寄り添ってきた。だから君がどんな形であれ死を選択しようとするなら僕らは反対する。だってまだ君と話足りない。まだ一緒にいたい。いつかは疎遠になってしまうかもしれない。でも、このまま一緒にいたい。最後に決めるのは君だ。けれど忘れないでくれ。君が死んだら、僕等はきっと今の君と同じように後悔するよ。一生、忘れられなくなるよ。君と一緒に歩けないまま生きて行くんだ。そんなのしたくない」



「君は君が思う以上に誰かに愛されていて大切にされてるんだ。そうなったのは、今までの君がそういう関係を作り出してきたからだ。だから、君は決して酷い人間なんかじゃない。僕らが保証する」



言い放った後。君の目から涙が零れた。ごめんと言いながら、君はその滴を服の袖で拭った。


「ありがとう」


しんどかっただけなんだ。大切な人が亡くなって。新しい環境も上手く行かなくて。心が追い付かなかった。軽率な事を言った。別に軍隊であろうが何でもよかったんだ。死にたいなと思ってしまっただけで。でも、今それが無くなった。って。



僕はようやく、誰かに大切な事を伝えられた。君の人生が狂ってしまう前に、止める事が出来た。言葉は言わないと伝わらない。思っているだけでは意味がない。ようやく。ようやく、僕は。同じ轍を踏まずに済んだ。


その後、お互いの褒め合いが始まって。僕は他の二人の事を褒めたんだけど、いや、別に良いんだけどさ?僕もちょっと褒められたかったよね。キャラじゃないのは分かっているし、言われた所でってなっちゃうのかもしれないけれど、少しだけ欲しかったのは事実だ。


でも、まあ。僕の言葉で君が救われたなら。それでもう充分だ。僕に対してなんて何もいらない。僕は一人で立ち上がる術を知っているから。だから大丈夫。君はそれを知らなかったから。僕の言葉が届いてくれてよかった。



こういう事がある度に思うんだけど、僕は結局お返しを貰っているわけじゃないんだ。僕が言って誰かを救っているだけ。僕がしんどい時は、誰も救ってくれない事も分かっている。でも、僕はそれを理解しているからこそ一人で立ち上がって、同じ想いをしている人に声をかけてやりたいんだ。



「僕は君が大事だよ」って。

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