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温泉

「参ったね。」「参りましたね。」


知らない山の中で、僕たちは途方に暮れていた。

気楽な日帰りドライブのはずだった。

ところが知らないうちに台風が近づいていたらしい。

激しい雨が降り、あたりは暗くなり、目の前の道路は

滝のように水が落ちていている。

「このまま知らない山道を走り続けるのは危険だな。

さっき温泉があったところまで戻ろう。

あそこなら泊まれる場所があるだろ。」

僕は何とかUターンさせると、浮かない顔をしている

フェアリーを励ましながら元来た道に戻ってきた。


ところが、やっと見つかった宿は改装中だった。

「今度の休みの日に合わせるつもりだったから、

今は、この部屋しか使えないんだよ

いつもなら一人用の部屋なんだけどね。」

宿の女将は申し訳なさそうに言った。

きれいとはとても言えない4畳半一間。

「他に寝れる場所はないですかね?」

「畳が残っているのが、ここだけなんだ。

狭いけど夫婦二人なら大丈夫だろ?」

「私なら大丈夫ですよ」

雰囲気を悟ったフェアリーが応えた。

「じゃあ食事を用意するね」

女将が出ると、二人とも濡れた服を脱いで浴衣に着替えた。

「これで、おかしくないですか?」

そう聞くフェアリーの浴衣姿がまぶしかった。


布団をしくと女将が部屋の外から僕を手招きしていた。

「何も持ってこなかったんだって?」

「えぇ日帰りのつもりだったんで」

「左側の布団の下に、アレ置いといたから」

「アレ?」

「明るい家族計画のゴム製品だよ。もぉやだね」

僕はちょっと呆れながらも礼を言う。

「で、どこで知り合ったの?出会い系ってやつかい?」

「えっ?」

「あんたたちだよ。夫婦にしては他人行儀だし、

親子でもない。年の離れた中年男と若い女が二人きり。

妻や親には内緒でドライブ。やがて道に迷って山の中。

見つけた旅館は古いけど、

二人でいればパラダイス...ってかい?」

「いえ、あの」

「あぁ大丈夫。こう見えても、私、口が固いんだよ。

それにあの部屋、窓がないだろ?声を出してもだれにも

聞こえないよ。ではごゆっくり。」

ニヤニヤ笑った。


僕が戻るとフェアリーが聞いてきた。

「女将さん、まだその辺にいますよね?」

僕がうなづくと、ファエリーは部屋を出て行った。

5分ほどして手にした紙袋を隠すようにして戻ってきた。

また女将が部屋の外から手招きしている。

「残念だったね。」

「何がです?」

「あの子、生理だってさ。今日はじまっちゃったんだって。」

「そうなんですか。じゃあ温泉入れないな。」

「ばか、残念なのは、そこじゃあないでしょ。

あの子、好きな男と二人で泊まったのに何もないなんて

かわいそうだねぇ。あぁそうだ。シーツももう古いからさ、

汚しても構わないよ。なぁに気にすることはないよ。

あんたもあんなにかわいい子と一緒で何もないんじゃつらいだろ。

あの子まだウブなんだから、優しくしてあげるんだよ。」

グフフと鼻をならしながら去って行った。

「私たち不倫カップルだと思われてたみたいですね。」

フェアリーが少し恥ずかしそうに笑った。


外の雨音が大きく響く。風が強くなり、雨が叩きつけられている。

「先にシャワー浴びてきたら?」

「そうですね。それじゃお先に。」


一人になると浴衣姿のフェアリーと以前見た滑らかな

背中が交互に頭に浮かんでくる。

「何考えてるんだオレは」と頭を振って妄想を払い落とす。

戻ってきたフェアリーと交代で温泉に入る。

なるべく見ないようにと思ったのだが、洗い髪をまとめた

フェアリーを見ずにはいられなかった。


部屋に戻ると布団の上にフェアリーがうつむいて座っていた。

「女将さんからジュースいただいたんですよ。

先にいただきました。」

目がトロンとして、口調が大分あやしい。半分眠っている。

どうしたんだろと、彼女が空けた缶をよく見るとチューハイだった。

ジュースと間違えて飲んだらしい。鎮痛剤の効果もあって

余計に回っているのかもしれない。


「ちょっと早いけど、寝ようか」

電気を消すと、雨の音が一段と大きくなった気がした。

するとフェアリーが聞いてきた。

「旦那様は私とそういうことしたいですか?」

「えっ?」

「女将さんは『男はだれでもしたいもんだ』って言うんです。

私は『そんなことはないですよ』って言ったんです。

でも『一緒寝たことあるの?』って言われて...。

『あのタイプはムッツリだから、夜になると変わるよ』って

言われたんですけど、そうなんですか、旦那様?」

フェアリーは僕のほうに体の向きを変えた。

「旦那様がしたいなら、私はいいですよ。」

「あのねフェアリー。」

僕はゆっくり言った。半分は自分に言い聞かせるためだった。

「フェアリーは若くて、かわいくて、きれいで魅力的だよ。

僕はフェアリーのことが大好きだし、愛してる。

でも男女関係とはちょっと違うんだ。」

「そうなんですか?」

「そうだよ。僕たちは20歳も年が離れているんだよ。

親子みたいなもんじゃない。

それとも僕がいやらしく迫ってくると思ったの?」

「そんなことないですけど...。ちょっとつまんないかな。」

「つまんない?」

「旦那様が優しく抱きしめて、『きれいだね』『愛してるよ』

なんて言ってくれたら、嬉しいなぁって。

そうしたら何されても許しちゃうなぁって。」

「フェアリー。冗談でも、そんなこと言っちゃいけないよ。」

僕はいさめた。

「早く寝よ。フェアリーも疲れてるんだよ。

明日は早く出よう。」


雨も風もさらに強くなってきた。

「なんだか怖いなぁ...」

フェアリーは何度かつぶやいた。

「そっちのお布団に入ってもいいですか?」

「えっ?」

「抱っこしてください」

「えーっ?」

「親なら、怖がる子供を抱っこしてください。」

そう言ってフェアリーは僕の腕の中にすべり入り込んできた。

フェアリーの頭が鼻のすぐ下にある。シャンプーの香りが鼻をくすぐる。

「抱っこすると、今ならかわいいフェアリーちゃんに

キスできる特典付きなんですよ。」

「えっ?」驚く僕の口に自分のおでこを押し付けた。

「ヘへへ、これで無料分はお終い。」

「フェアリー、起きてる?」

質問には答えずフェアリーは続けた。

「『かわいいね』って言ったら目にキスできます。

鼻の場合は『きれいだね』かな。

ぼっぺたは『かわいいね』『きれいだね』の両方です。

心を込めて言わないとダメなんですよ。」

やはり酔っぱらっているらしい。

「しょうがないな...。唇はどうなの?」

僕は面白がって聞いてみた。

「うーん」フェアリーはちょっと考えて

「『かわいいね』『きれいだね』『大好きだよ』、

それに『愛してる』です、ヘヘ。

本当はお付き合いしている人限定なんですよ。

旦那様には特別サービス。 」

目を瞑ったまま応えた。

「そうなんだ、それは特別だね。」

僕は必死に笑いをこらえた。

「はい、じゃあ『フェアリー、かわいいねぇ』から。」

「えっ?」

「今日は驚いてばっかりですね、旦那様。

ちゃんと言わないとダメじゃないですか。

私とキスしたいんでしょ?」

寝ぼけているとは思えないほど、しっかりとした口調だった。

「はい!旦那様、しっかり心を籠めて」

「フェアリー、かわいいね。

フェアリー、きれいだね。

フェアリー、大好きだよ。

フェアリー、愛してる。」

顔を覗くと、フェアリーはスースー寝息を立てていた。

つややかな唇が少し開いていた。

僕は彼女のおでこに軽くキスした。

彼女は小さくウーンうなって、また眠ってしまった。


翌朝は快晴。朝食も断って早めに出発した。

女将はすれ違いざまに「意気地なし」とささやいた。


車の中、フェアリーは浮かない顔をしていた。

「どうしたの?まだお腹、痛い?」

「痛いのは痛いんですけど...。

昨日の夜のことよく覚えてないんです。

シャワー浴びて、お布団の上でジュースを飲んだところまでは

覚えているんです。でもその後は...。」

「すぐに寝ちゃたよ」僕が答える。

「そうなんですか?

私、夢の中で旦那様に何か怒ったような気がするんですけど。

それがなんなのか覚えてなくって。スッキリしないな。」

「夢でも見たんじゃない?鎮痛剤が効きすぎたかもしれないし」

「そうですかねぇ....。

あーあ、昨日の旦那様の不倫相手として、大人の

お色気フェアリーさんのつもりだったになぁ。」

僕は笑うと、つられてフェアリーも笑いだした。

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