二人しかいない世界で
目覚めると、僕は女の人を腕に抱いていた。西洋風のドレスを着た美しい貴婦人だった。僕はというと、どうやら兵隊のような制服を着ていた。
女の人が目覚めたのは、僕が目覚めたちょっと後のことだった。それまで僕はずっと、身動き一つせずに彼女を抱いていたのだ。
彼女の第一声は、
「あなた、女の子とこんなに近くにいて、恥ずかしくないんですの?」
というものだった。僕はちょっとがっかりして、彼女が眠っているうちに離れておかなかったことを後悔した。
周りは草原のようだった。月明かりに照らされて、草原はどこまでも続いているようだった。比喩でもなんでもない。僕らがどこまで行っても、そこは草原だったのだ。そして月が動くこともなかった。
だから僕はその場所にすぐに飽きて、彼女を観察することにした。
彼女は、際限のない草原よりはよっぽど興味深いものだった。ただし、彼女が僕に温かい言葉をかけてくれたことはほとんどなかった。
いつもツンとすまして、僕の言葉を無視することも少なくない。それでも僕は飽きることもなく彼女に話しかけ続けた。
そんなある日のことだった。
僕はまるで覚えていないんだけど、どうやら僕はずっと意識がなかったらしいのだ。
いつも話しかけてくるやかましい男がいなくなったことで、彼女は一応探してみようと辺りを歩いていたらしい。ドレスの裾を持って、草に足をとられながら毒づく彼女が目に浮かぶようだ。
そこで、草のなかに倒れていた僕を見つけた。彼女の言葉を要約するとそうなるらしい。
僕が目覚めたとき、彼女は泣いていた。
一人が怖くて仕方がなかったという。このまま僕が目覚めなかったらどうしようかと考えてどうしようもなくなって泣いてしまったのだという。
もう僕は慌ててしまって、必死で彼女をなだめて自分自身が動揺してしまって思わず言葉が口をついた。
「大丈夫。もう絶対に君よりも早く眠ってしまったりしないから。そうだ、君が眠ってしまっても、僕は眠らないで君を見てるよ。ああ、ずっと君を抱き締めているよ。そしたら僕は眠くなったりしないから」
ね、約束しよう?
そう言うと、彼女は素直に頷いた。小指を絡ませて、お互いに照れくさくなる。まるで恋人同士だね、なんて言ったら、彼女は顔を真っ赤にして僕を叩いた。
それから僕は、彼女を腕に抱いて過ごした。温かかった。
それがどれくらい経ったのだろう。彼女が、眠りに落ちた。
そして今のこのポーズが、僕が目覚めたときとちょうど同じだということに気付いた。もしかしたら、と思う。
もしかしたら、ここは絵の中の世界なのかもしれない。僕らは絵の中で、なぜだか世界に反して意思を持ってしまったのかもしれない。だから彼女が眠る姿は正しいのだろう。外れているのは僕。それが何故だか、僕は知っていた。
『大丈夫。もう絶対に君よりも早く眠ってしまったりしないから。そうだ、君が眠ってしまっても、僕は眠らないで君を見てるよ』
その約束が、きっとこれを決めたのだろう。僕は後悔などはしていなかった。
彼女の寝顔を見ると、どうしても頬が緩んでしまう。眠る貴婦人と、微笑む兵隊の絵にでも見えるのだろうか。
それでもこの絵を見つけ出した人は見ることができるだろう。微笑む兵隊が、時おり所在なさげに天を仰ぐのを。
彼女の安心しきった寝顔を見る。
嗚呼、可愛いなぁ畜生。
そして前二回と繋がらない話を最後に投稿するというね(笑)




