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『エターナル・クライシス ~紡がれし未来~』  作者: RANI
第1章少年クラウス
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第2話 幼き兄

それから、4年の月日が流れた。


クラウス・ストライスは、4歳になっていた。


黒い髪には、前髪から頭頂部にかけて一房だけ白い髪が混じっている。

それは、亡き母ユエルから受け継いだものだった。


父であるブリューゼは伯爵として王都へ赴くことも多く、仕事に追われる日々を送っていた。


そのため、クラウスと顔を合わせる時間は決して多くなかった。


執事から言葉や礼儀、様々な物事を教わり、メイドたちと遊ぶこともあった。


時には、ブリューゼの部下たちと剣を使ったごっこ遊びをすることもある。


それなりに楽しい毎日だった。


それでも――食事の時間だけは、少し寂しかった。


貴族という立場上、クラウスがメイドや執事たちと食卓を囲むことはない。


広い食卓に座るのは、いつもクラウス一人だった。


「ねえ、父上は仕事忙しくて、大丈夫かな……?」


ある日の食事中、クラウスが執事に尋ねた。


「旦那様は王都での業務に赴くこともございますので、なかなかお時間が取れないのです」


執事はクラウスを安心させるように微笑んだ。


「ですが、いずれまた、旦那様とご一緒に食事をなさる日もあるでしょう」


「うん、わかった」


クラウスは頷いた。


寂しさよりも、父を心配する気持ちの方が強かった。


そんな日々が続いていた、ある日のこと。


「おぼっちゃま」


メイドがクラウスを呼んだ。


「旦那様がお呼びです」


「えっ?」


クラウスの表情が明るくなる。


「父上が?」


久しぶりに父と会える。


「わかった! 今から行く!」


クラウスは嬉しそうに駆け出した。


⸻


「父上!」


クラウスが部屋へ入ると、そこにはブリューゼがいた。


「おお、クラウス」


「久しぶりです!」


クラウスは嬉しそうに駆け寄る。


ブリューゼも息子を見つめ、穏やかな表情を浮かべた。


「すまんな。なかなか会う時間を作れなくて」


「ううん!」


クラウスは首を横に振る。


「父上、お仕事頑張ってるんでしょ?」


「ああ」


「だったら大丈夫です!」


まだ幼いながらも、父を心配させまいと笑うクラウス。


ブリューゼはそんな息子を見つめ、少しだけ目を細めた。


そして――。


「クラウス。今日は、お前に話しておきたいことがある」


「?」


クラウスは首を傾げる。


「実はな……この後、新しい母が来ることになっている」


「新しい母……?」


四歳のクラウスには、その言葉の意味がまだよく分からなかった。


けれど、父が話すその表情を見て――。


「父上が喜ぶなら……いいです!」


クラウスは笑った。


ブリューゼは一瞬驚いたような顔をした。


「……そうか」


そして、優しくクラウスの頭を撫でた。


⸻


やがて、一人の女性が館へやって来た。


「あら、坊や。あなたがクラウスなのね?」


金色の髪は緩やかなウェーブを描き、その立ち姿には気品があった。


どこか近寄りがたい雰囲気もある。


クラウスは緊張しながら頭を下げた。


「は、はい……!」


「クラウ――」


「クラウしゅ……!」


噛んだ。


クラウスの顔が一気に赤くなる。


泣きそうになるクラウスを見て、女性は優しく微笑んだ。


「あらあら。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


女性はしゃがみ、クラウスと目線を合わせる。


「落ち着いて……ゆっくりでいいの」


クラウスは少しずつ緊張を解いていく。


「……クラウスです」


そして、小さく続けた。


「は……母上」


その言葉が、なぜか口から出しづらかった。


理由は、クラウス自身にも分からない。


女性はそんなクラウスの頭を優しく撫でた。


「そう。クラウスね」


彼女の名は――。


エリーゼ・マキュベリス。


ブリューゼの再婚相手だった。


マキュベリス家は子爵家でありながら、王都に巨大な商店を構える名家だった。


その商業力は王国経済にも大きな影響を与えている。


一方のストライス家は伯爵家。

代々、王国騎士団に仕えてきた武門の家系であり、剣術と魔法に優れた騎士を数多く輩出してきた。

現当主ブリューゼ・ストライスは、若き頃から数々の功績を挙げ、国王より伯爵位を授かった人物である。

現在は王国騎士団を統べる総長の地位に就き、王国でも屈指の実力者として知られていた。


この国の貴族には爵位による明確な序列がある。


男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵。


マキュベリス家は子爵。


ストライス家は伯爵。


爵位としては、マキュベリス家の方が一つ下に位置する。


しかし、マキュベリス家は王都に広大な商業網を持ち、その財力と影響力は決して小さくなかった。


そんな二つの家が、婚姻によって結ばれた。


エリーゼはクラウスの頭をもう一度撫でる。


「これからは一緒に暮らすことになるわ」


そして、優しく微笑んだ。


「よろしくね、クラウス」


「は……はい」


クラウスも小さく頭を下げた。


「よろしくお願いします……母上」


⸻


それから、エリーゼとクラウスは少しずつ一緒に過ごすようになった。


一緒に食事をする。


本を読んでもらう。


他愛のない話をする。


そんな時間が増えるにつれて、クラウスが感じていた寂しさも、少しずつ薄れていった。


「クラウス、おいでなさい」


「はい!」


エリーゼのもとへ駆け寄るクラウス。


優しく頭を撫でられる。


「ふふ。今日も元気ね」


「はい、母――」


クラウスの言葉が止まった。


「……?」


自分でも、なぜ止まったのか分からない。


エリーゼは不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」


「……なんでもない」


クラウスは笑った。


エリーゼは優しい。


一緒にいると楽しい。


なのに――。


なぜか「母上」と呼ぶことだけが、心のどこかに引っかかっていた。


その理由を、クラウス自身も知らなかった。


⸻


さらに月日は流れた。


ある日のこと。


クラウスは、エリーゼの姿をじっと見つめていた。


「……母上?」


「どうしたの?」


クラウスはエリーゼのお腹を指差す。


「なんか……お腹が膨れてるような?」


エリーゼは少し驚いたあと、優しく微笑んだ。


「あら、気づいたのね」


「どうしたんですか?」


クラウスは不思議そうに尋ねる。


エリーゼは自分のお腹に手を添えながら答えた。


「ここにはね、赤ちゃんがいるのよ」


「……赤ちゃん?」


「ええ。あなたはもうすぐ、お兄ちゃんになるの」


「えっ!?」


クラウスの目が大きく見開かれた。


「僕がお兄ちゃん……?」


初めてできる兄弟。


どんな子なんだろう。


一緒に遊べるだろうか。


クラウスの胸に、新しい楽しみが生まれた。


「僕、いいお兄ちゃんになるよう頑張ります!」


「ふふっ。まだ少し先の話よ」


エリーゼは微笑む。


「今すぐ生まれるわけじゃないんだから」


「でも、楽しみです!」


クラウスは嬉しそうに、エリーゼのお腹を見つめていた。


⸻


そして、出産の日。


エリーゼが出産を控えていたため、クラウスは別室で待っていた。


「もうすぐ、赤ちゃんに会える……!」


クラウスはワクワクしながら、その時を待っていた。


しかし――。


父、ブリューゼの姿がない。


「父上、大丈夫かな……?」


執事に尋ねると、


「旦那様は王都でのお仕事がまだ終わっていないようです」


とのことだった。


心配ではあった。


だが、それ以上に赤ちゃんが生まれることへの期待が大きかった。


しばらくして――。


館の扉が開く。


「ただいま戻った」


「あっ、父上!」


クラウスが駆け寄る。


ブリューゼは息子を見る。


「クラウスか」


「はい!」


「母は?」


「もう少しで生まれてくると思います」


執事が答えた。


「そうか。では、自室で待つとしよう。生まれたら、また呼びに来てくれ」


「はっ、承知しました」


ブリューゼはクラウスを抱き上げ、自室へ向かった。


⸻


二人きりになったところで、クラウスが尋ねる。


「ねぇ、父上!」


「なんだ?」


「赤ちゃんが生まれたら、なんて名前にするんですか?」


ブリューゼは少し考えた。


「うむ……。色々考えてはいるが、クラウスは何か希望があるか?」


「えっ!? 僕がつけていいんですか?」


「希望があればな」


「えーっと……」


クラウスは腕を組む。


「えーっと……」


「…………」


「むむむ……」


必死に考える息子を見て、ブリューゼは思わず笑った。


「ふははは。そう急ぐではないぞ」


「でも……!」


「今すぐ決めろとは言っておらん。ゆっくり考えるといい」


「あ、わかりました!」


そう言われても、クラウスは腕を組み、考えることをやめなかった。


「うーん……」


「……そこまで考え込まなくてもいいのだがな」


ブリューゼは呆れながらも、どこか嬉しそうだった。


その時――。


「おぎゃあ……!」


産声が響いた。


二人が顔を上げる。


「生まれた!」


クラウスが立ち上がる。


しかし――。


「おぼっちゃま! 旦那様!」


廊下からメイドの声が響いた。


「お待ちください!」


「ぬ? どういうことだ? 生まれたのであろう?」


「それが……一人目じゃないんです!」


「……なんだと?」


「えっ……?」


直後――。


「おぎゃあ……!」


二人目の産声が響いた。


「……二人目?」


ブリューゼが驚く。


クラウスも呆然としていた。


「二人……?」


そして、クラウスの身体がふらりと揺れた。


「お、おぼっちゃま!」


「……名前……」


「え?」


「名前……二人分……?」


ブリューゼは一瞬黙り――。


「……ふははは!」


思わず笑った。


「そうだな。二人分だ」


「……どうしよう……」


クラウスは、本気で悩み始めた。


⸻


出産を終えたエリーゼは、ベッドの上で休んでいた。


その傍らには、ブリューゼとクラウスがいる。


「エリーゼ、大丈夫か?」


「あなた……ええ。でも……まさか二人だったなんて……」


一人目に生まれたのは、ブリューゼと同じ赤い髪を持つ男の子。


そして、二人目に生まれたのは、エリーゼと同じ金色の髪を持つ女の子だった。


一人目を産んだ後も痛みが治まらず、不安を感じていたエリーゼ。


その原因が、まさかもう一人の子供だったとは思いもしなかった。


体力的にも精神的にも、疲れ切っていた。


「それで、あなた……二人の名前はどうするの?」


「うむ……。まさか双子だとは思わなかったからな。名前も改めて考え直さねば……」


すると――。


「はいはい!」


クラウスが元気よく手を挙げた。


「なんだ、クラウス?」


「名前、決めました!」


ブリューゼが目を丸くする。


「ほう。もう決めたのか?」


「はい!」


エリーゼも驚く。


「え? クラウスが名前を決めるの?」


「はい!」


「あなた、本気なの?」


エリーゼがブリューゼを見る。


「あ、うむ……希望があれば、という話だったのだが……」


クラウスは二人の赤子を見つめる。


「弟は……ベルセ!」


「ベルセ?」


「はい! ベルセ・ストライス!」


続いて、もう一人の赤子を見る。


「妹は……テラ!」


「テラ……?」


「テラ・ストライス!」


クラウスは少し不安そうに両親を見る。


「どうですか……?」


ブリューゼはしばらく黙った。


「その名は、なぜだ?」


「父上、見てください!」


クラウスは二人の赤子を指差した。


「弟は父上と同じ赤い髪です!」


そして、もう一人を指差す。


「妹は母上と同じ金色の髪!」


クラウスは得意げに続けた。


「昔のおとぎ話に、兄妹の神様がいたんです!」


「神様……?」


「はい!」


「先駆者ベルセルクと、豊潤神テラス!」


「この二人の名前から考えました!」


そして、クラウスは二人の赤子を見つめる。


「僕とベルセと二人で立派な騎士になって、王国を守るんです!」


「それで、テラはみんなを癒してあげます!」


ブリューゼとエリーゼは、呆気に取られたように口を開けたまま固まっていた。


そして――。


「……ふっ」


ブリューゼの口元が緩む。


「はははは! おとぎ話の神の名から取った、か……!」


エリーゼも笑い始める。


「ふふふ……! クラウスがそんなことを考えるなんて……!」


「……?」


クラウスは首を傾げた。


なぜ二人が笑っているのか分からない。


それでも、二人の笑い声は止まらなかった。


やがて館中に、笑い声が響き渡った。


⸻


その夜。


クラウスは、新しくできた弟と妹のことを考えながら眠っていた。


自分は兄になった。


弟と妹を守れるような、立派な兄になろう。


幼いながらも、そんな決意を胸に抱いていた。


一方、その頃。


ブリューゼとエリーゼは二人で話をしていた。


「あなた……まさか、クラウスがあそこまで先のことまで考えているなんて、思わなかったわ」


「うむ。私もだ」


ブリューゼは穏やかに笑った。


「だが、王都では少し面白い話が出ていてな」


「面白い話?」


「ああ。教育方針についての会議で、帝国が使用している魔道具を、我が王国にも導入できないかという話があった」


「帝国の魔道具……?」


「子供が持つ属性を判別する魔道具だそうだ」


「属性判別……」


エリーゼが興味深そうに呟く。


「それで属性が分かれば、その子供がどの属性に適しているのかを判断できる。早い段階から、それぞれに合った教育を施せるそうだ」


「……なるほど」


「王都では導入について議論が進んでいる。実際に王国へ導入されるのは、およそ10年後になる予定だ」


エリーゼは、眠っているクラウスの方を見る。


「そう……。三人が、どんな属性になるのか楽しみね」


「ああ」


ブリューゼも微笑む。


「クラウスはどんな道を歩むのか。ベルセは……テラは……」


まだ見ぬ未来。


それぞれがどんな力を持ち、どんな人生を歩むのか。


二人は我が子たちの未来を思い描きながら、静かに語り合っていた。


館には、穏やかな夜が流れていた。

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