Vol.059【ルナティック】
電話の向こうで、安藤の淀んだ空気を感じた……
安藤「私は以前、SoRaに精神的な面で助けてもらったことがある。
感謝しきれないほどにね。」
漓久「なに!?」
安藤「いいわ。
話してあげる。
私がどうしてこれほどSoRaを探すのか。」
漓久「いいのか?
今の俺にアンタのことを話して。」
安藤「勘違いしないでね。
あなたに話すのはあくまでもSoRaを探すため。お互いになんの得もしない駆け引きをしても仕方ないでしょ?」
漓久「そうだな……
話を聞こう!」
安藤「1つ聞くけど、最初、私が刑事だと知って驚かなかった?」
漓久「確かに、俺と同い年だろ?
若くして刑事だなんて驚いたぜ。」
安藤「私の父は元々警視監でね。
今は副総監に就任したわ!
まだ警視監と呼ぶ人もいるけど」
漓久「警視監……副総監?」
安藤「ん!
どうかした?」
漓久「い、いや、別に……
続けてくれ。」
安藤「まぁ、驚くでしょうね。
私は父の影響で、ずっと刑事になることを思い描いていた。
もちろん父は、娘である私が刑事になることに猛反対したの。
それでも私は、その反対を押し切った。
たとえ父が警視庁でどれだけ高い地位にいようと関係ない。
この世界は、親の七光りで通用するほど甘くない。
刑事になろうとしても、そう簡単に辿り着ける場所じゃない。
もちろん、そんなことは父も私も望んでいない。」
漓久「アンタのその勝気な性格なら、親父さんの立場を利用して刑事になろうなんて思わないだろうな。」
安藤「私の場合、18歳ですぐに警察学校へ入学し、初任科から実践実習まで約2年間の実習や訓練を経たの。
訓練は誰もが同じで、とても過酷だった。
だけど父親は自分の権限で、私が訓練を挫折するよう警察学校長に圧力をかけた。
私に対してだけ、想像を絶するような特別な訓練が行われた。
それはまるで拷問……
あまりの苦しさに何度も何度も辞めようかと思った。」
漓久「拷問に近い訓練?
アンタの父親は相当えげつないことをするんだな。」
安藤「それだけ私が警官になるのを止めたかったのね。」
漓久「それは娘が危ない目に遭わないための愛情ではないのか?」
安藤「愛情?ふふ……
笑わせないでよ……
愛情なんて。
私の過去は最悪でね。
特に学生の頃は、何もかもが絶望的に見えていた。
だから、刑事になりたいという思いだけが強くなっていった。
幸い、ネット犯罪やサイバーテロに関する知識は、父の影響である程度あった。
だからその頃、密かに知識を身につけていたの。
時折、父の知人が私のところへ直接来て、解析を頼まれることもあった。
冗談半分だったのかもしれないけど……
私は真剣に受け止めていた。
もちろん、父は知らない。
……というより、父は私に何の興味もなかった。
興味もないくせに、なぜか私のやることには、いつも否定ばかりだった。
理由もわからない。
ただ、拒否されるだけ。
そういう父親なのよ。
何度も将来は警視庁に勤めたいと言っても、まったく聞く耳を持たなかった。
だから私は、本当にこの人に愛されているのかと疑うようになった。
そんな父に嫌気がさして……
だから、わざと父の知人の依頼を受けていたのかもしれない。
それがどんなにいけないことでも――
私のやったことで、ひとつでも多くの犯罪がなくなるのなら、そう思っていた。」
漓久「アンタの正義感には脱帽するよ。」
安藤「警察学校の集中訓練が一番辛かったかもね……
特にSoRaに助けてもらったのは、このあたりかもしれない。
この頃には、父も私を止めることを諦めていた。
そんな甲斐もあって、ようやく採用時教養の課程を修了し、あとは地道に交番勤務よ。
過去に様々な実績があったから、その後はサイバー犯罪対策課に配属されたわけ。
私の年齢では異例の早さだけどね。
自分でいうのもなんだけど。
今は新米刑事。
SoRaのおかげかな?」
漓久「超エリートだな!」
安藤「まぁね。」
漓久「訓練の時が一番辛いと言ってたけど、やはりその時にネバーランドを知ったのか?」
安藤「そう。
ある日、私はスマートフォンで何気なく見ていたコミュニティゲームの広告を目にした。
普段ゲームなんて絶対しない性格なのに、何故かそのアプリが気になってしまってね。
たまには自分の意思と正反対のことをしてみよう、そう思ったの。
初めての世界だった。
何故か現実の自分を忘れられる。
何を書いても、何を愚痴っても許される世界だった。
そんな時、SoRaに出会った。
彼女の発する言葉には何か感じるものがあったの。
文章が上手いわけでもなく、片言のようなカタカナ交じりの文章。
私は当初、SoRaはわざとこういうキャラクターを演じているんだと思った。
でも、彼女と話しているうちにそうじゃないとわかった。
私がどんなに厳しい訓練に耐え、それでも何度か挫折し、心が折れてしまっても、SoRaがずっとネバーランドの中で傍にいてくれ、支えになり、そして優しく微笑んで私の疲れ果てた心を救ってくれた!」
漓久「SoRa……
アンタがSoRaに拘る理由はそれなんだな。」
安藤「そう!
私が頑張れたのはSoRaがいたから。
刑事になれたのもSoRaがずっと傍にいてくれたからなの。」
漓久「俺がアンタに聞きたいのは、正義を持って捜査をしているのに対し、事件の最中に個人的にSoRaを探すのはアンタの意思に背いていないのか?」
安藤「背いているわね……
完璧に!」
漓久「じゃ、何故あの芹沢さんに背いてまでSoRaを探す!」
安藤「変な言い方をするけど……
本能、かな?」
漓久「は!?本能!?」
安藤「知りたいの……
あなたと同じなのよ……
知りたいの。」
漓久「安藤……」
安藤「もちろん、命をかけて捜査はする!
でも私の中でSoRaに『ありがとう』って伝えなきゃ、前に進めないの!」
漓久「安藤、アンタの過去に何があったんだ。」
安藤「誰にでも嫌な過去はあるものよ。
気にしないで!
ただ、それだけ!」
漓久「安藤……」
安藤「今の私は刑事失格!
だらしないとこ見せちゃったかな。」
漓久「アンタの言い分はよくわかった!
しかし、アンタ程の体験をし、いくら挫折しようとも、見ずも知らずのSoRaの言葉だけで、そこまで立ち直れるものなのか?」
安藤「じゃあ聞くけど、何故あなたは見ずも知らずのSoRaをそんなに必死に追いかけようとするの?
まさか、気になる……
なんて腑抜けた答えを出すんじゃないでしょうね。」
漓久「最初はそうだった。
アンタの言うように気になる存在だった。」
安藤「だった?」
漓久「あぁ。
けど俺は、SoRaに出会ってから知らず知らずのうちに何か自分が変わっているんじゃないか?と感じ始めたんだ。」
安藤「自分が変わる?」
漓久「そうだ。アンタ、俺を調べたからよく知ってるだろ?
俺がどういう人間か。」
安藤「まぁね。」
漓久「そんなことを色々考えてる時に、親友のケンジが『お前は以前と変わった』って。
みつきや沙羅も同じようなことを。」
安藤「知らず知らずのうちに傷ついた人の心を変えてしまうのがSoRaなのよ。
いい意味でね。」
漓久「知らず知らずのうちに……」
安藤「少なくとも、私はそうだったわ。
とっても不思議な力。
見えない力っていうか。」
漓久「見えない力……」
安藤「人間って生き物はね、何かに頼らなければ生きていけない。
それはずっと前からあったこと。
だから宗教というものができた。」
漓久「SoRaのやってることは宗教だと?」
安藤「違う。
SoRaは何もしてない。
ただ私たちを癒してるだけ。
そんなSoRaに取り憑かれたように追いかけるのが私たち。」
安藤「だから私はSoRaの言葉を聞いて過酷な訓練にも打ち勝てた!」
漓久「そんな過酷な訓練をしてまで、刑事に憧れていたのか?」
安藤「そういうことになるわね。」
漓久「一体アンタをそこまで動かしてるのはなんだ?」
安藤「そうね、話してあげるわ。」
漓久「あぁ。」
安藤「幼い頃に、ある事件を見たの!
父親が担当した事件で、それは惨い事件だったわ!
父親はほとんど家に帰らず、来る日も来る日もその事件の捜査が続いた!」
漓久「どんな事件だ!?」
安藤「私たちの世代なら、あの事件は子供ながらに鮮明に記憶に残ってるはず!」
漓久「子供ながら、あの事件?ひょっとして……」
安藤「2003年12月に起こった関東女児連続誘拐殺人事件!!
犯人は5人の子供を誘拐し、次々に殺害した。
事件の舞台は東京にまで及び、日本中を震撼させた!」
漓久「あの事件か……
確か犯人は32歳無職の男……」
安藤「数々の捜査の末、私の父親がある特定の男を絞り込み、犯人と断定した!」
漓久「アンタの親父が?
事件を解決……」
安藤「そう。
しかし、この事件は私が刑事という仕事に興味を示したきっかけにすぎない!」
漓久「どういうことだ?」
安藤「本気で刑事になりたいと思った事件は、その半年後に起きた。」
漓久「半年後?」
安藤「そう!
2004年6月15日、ある姉妹が起こした新宿歌舞伎町での放火事件。」
漓久「わからないな……
記憶にない!」
安藤「それもそのはず。
小さな事件で、報道でも大きくは取り上げられていない。」
漓久「数ある事件の中で、その事件がきっかけに?」
安藤「そう。
あれは親が狂っていた、幼い姉妹の悲しい事件……」
漓久「悲しい?」
安藤「歌舞伎町で遊び歩いていた親が、借金の挙げ句、自分の子供を人身売買しようとしたの。
その倶楽部に姉が火を放ち、妹をかばって焼死した事件よ。」
漓久「そ……そんなことが!」
安藤「私には兄弟姉妹がいない!
姉が妹をどんな思いでかばったのか、その気持ちを本当の意味で理解することはできない!
でも、とても悲しい事件。」
漓久「……」
安藤「この世の中、完全に悪を断つことはできない!その親にしたって実際に人身売買はしていないから、刑期もさほど長くはなかった。
しかし、その親が心で思ったことは、どんな罪よりも重い!!」
漓久「安藤。」
安藤「人間の猟奇的な思考は、密かに心の闇に潜んでいるもの。
ある些細なきっかけで、それは目に見えないところで大きくなっていく!
そして、魔が差したように犯行に及ぶ……
そんな事件の犠牲となった姉妹のためにも、どんな小さな事件でも少しでも私が役に立てたならと思った!」
漓久「その事件がきっかけで、アンタは必死に刑事になろうと!」
安藤「そう。」
漓久「よくわかったよ、安藤!!」
安藤「いつになくお喋りをしてしまったわね。」
漓久「いや、よく話してくれたよ!
これで俺もアンタという人間を少しは理解し、信用することができそうだ。」
安藤「私はあなたをまだ信用していないけど。」
漓久「そんなことはいいさ。
アンタは刑事なんだ。
仕方ないことさ。」
安藤「随分と物分かりが良くなったみたいね。」
漓久「協力するよ!
このイヤリングをアンタに渡す!!
だから、アンタの知ってるSoRaの情報を俺にもくれないか?」
安藤「もちろん。
証拠を渡してもらえるなら、SoRaの情報を私からも提供するわ。」
漓久「本当だな!?」
安藤「交渉成立ね。」
漓久「あぁ!
そしたら1時間後、代々木公園で落ち合おう。」
安藤「わかったわ!」




