表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第4部「傾国《けいこく》」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/92

第76話 「アマツ機関崩壊」

 アーク・ステーション。


 北緯七十八度。


 永久凍土の上。


 だが、今日。


 別の場所に注目が集まっていた。


 北緯六十五度。


 東経百四十度。


 ロシア、サハ共和国。


 そこに、一つの施設があった。


 アマツ機関。


 天津機関。


 人類最後の、科学研究施設。


 時刻、午後六時。


 施設の外。


 雪原。


 白い、大地。


 だが、その白が。


 今、黒く染まりつつあった。


 黒い波。


 それが、近づいてくる。


 ゆっくりと。


 だが、確実に。


 京の群れ。


 黒層。


 数億体。


 彼らは、施設を包囲していた。


 施設の中。


 中央管制室。


 科学者、五十名。


 彼らが、残っていた。


 人類最後の、科学者たち。


 所長、山本。


 六十代の男性。


 白髪。


 疲れた顔。


 彼は、モニターを見ていた。


 外部カメラの映像。


 黒い波が、見える。


 距離、五キロメートル。


「包囲されました」


 オペレーターが報告する。


 若い女性、佐藤。


 三十代。


 山本は、深く息を吐いた。


「予想通りだ」


 彼の声は、静かだった。


「Z-01の群れが、ここを標的にしている」


「理由は?」


 副所長、リー。


 四十代の男性。


 中国系。


「データだ」


 山本が答える。


「我々が持っている、すべてのデータ」


「Z-Virusの研究データ」


「覚醒体の分析データ」


「Z波の解析データ」


「すべてを、消すために来た」


 施設の外。


 黒層のゾンビたちが、停止した。


 施設から、三キロメートル。


 そこで、円陣を作っている。


 完璧な、円。


 半径三キロメートル。


 面積、二十八平方キロメートル。


 数千万体が、施設を包囲している。


 だが、攻撃してこない。


 ただ、待っている。


 その中心。


 黒層群体の最前列。


 藤原京が、立っていた。


 金色の目で、施設を見ている。


 彼には、見えていた。


 施設の中。


 コンクリートの壁の向こう。


 人間がいる。


 五十名。


 そして、データがある。


 人類の、知識。


 京は、動かなかった。


 ただ、見ている。


 彼は、考えていた。


 消すべきか。


 残すべきか。


 人類の知識。


 それは、脅威か。


 それとも、遺産か。


 施設の中。


 中央管制室。


 山本が、通信機を取った。


「全員に告ぐ」


 彼の声が、館内放送で響く。


「最終プロトコルを、発動する」


 全員が、動きを止めた。


 最終プロトコル。


 それは、自爆。


 施設の地下。


 そこに、核融合炉がある。


 出力、五十メガワット。


 それを、暴走させる。


 制御を解除し、出力を最大にする。


 結果、爆発。


 威力、核爆弾に匹敵する。


 施設も、データも。


 すべてが、消える。


 佐藤が、震える声で問う。


「本当に……やるんですか」


 山本は、頷いた。


「選択肢は、ない」


「Z-01に、データを渡すわけにはいかない」


「人類の知識を、敵に渡すわけにはいかない」


「ならば、消す」


「すべてを」


 リーが、前に出た。


「待ってください」


 彼の声が、響く。


「データを、送信できます」


 山本が、彼を見た。


「送信? どこへ?」


「宇宙です」


 リーが答える。


「我々には、まだ通信衛星があります」


「いや、衛星は死んでいる」


「だが、深宇宙探査機が、まだ稼働しています」


 画面に、データが表示される。


 【深宇宙探査機・ボイジャーX】

 位置:太陽系外縁部、240億km

 状態:稼働中

 通信:可能

 記憶容量:100TB


 ボイジャーX。


 人類が二〇二五年に打ち上げた、探査機。


 現在、太陽系の外縁部を航行している。


 山本の目が、光った。


「データを、送れるのか」


「はい」


 リーが頷く。


「すべての研究データを、圧縮して送信できます」


「時間は……」


 彼は、計算する。


「三十分です」


 山本は、考えた。


 三十分。


 その間、持ちこたえられるか。


 彼は、外部カメラを見た。


 黒い波。


 それが、じっと待っている。


 まだ、攻撃してこない。


 なぜか。


 分からない。


 だが、チャンスはある。


「やれ」


 山本が命令する。


「すべてのデータを、送信しろ」


 リーが、コンソールを操作し始めた。


 画面に、進捗バーが表示される。


 【データ送信準備中】

 圧縮率:90%

 送信データ量:10TB

 送信時間:30分

 

 準備完了まで:5分


 五分後。


 【送信開始】


 深宇宙へ。


 電波が、放射される。


 周波数、八ギガヘルツ。


 出力、一メガワット。


 それが、宇宙へ向かう。


 光速で。


 データが、飛んでいく。


 人類の知識が。


 Z-Virusの研究が。


 覚醒体の分析が。


 すべてが、宇宙へ。


 施設の外。


 京は、感じていた。


 電波。


 それが、空へ向かっている。


 彼には、分かった。


 データ送信。


 人類が、最後の抵抗をしている。


 京の口元が、わずかに歪んだ。


 それは、笑みだった。


 『構わない』


 波動で、呟く。


 『送るがいい』


 『宇宙へ』


 『誰も読めない場所へ』


 彼は、動かなかった。


 ただ、待っている。


 送信が、終わるまで。


 施設の中。


 中央管制室。


 進捗バーが、進んでいく。


 10%


 20%


 30%


 山本は、時計を見ていた。


 残り時間、二十五分。


「持ちこたえている……」


 佐藤が呟く。


「なぜ、攻撃してこないんだ」


 リーが問う。


 山本は、答えなかった。


 だが、彼にも分からなかった。


 なぜ、Z-01は待っているのか。


 もしかして。


 理解しているのか。


 人類が、最後の記録を残そうとしていることを。


 そして、それを。


 許しているのか。


 進捗バーが、進む。


 50%


 60%


 70%


 残り時間、十分。


 その時、警報が鳴った。


 ピピピピピ。


「何だ!?」


 山本が叫ぶ。


「施設内部に、侵入者です」


 オペレーターが叫ぶ。


「地下通路から」


 画面が切り替わる。


 内部カメラの映像。


 地下通路。


 そこに、黒い影。


 ゾンビ。


 数十体。


 彼らが、施設内部に侵入していた。


「どこから入った!?」


 リーが叫ぶ。


「排水口です」


 オペレーターが答える。


「直径五十センチメートルの排水口を、破壊して侵入」


 山本は、拳を握った。


「防げるか」


「無理です」


 オペレーターが答える。


「彼らは、中央管制室へ向かっています」


「到達まで、五分」


 山本は、進捗バーを見た。


 80%


 残り時間、五分。


 間に合わない。


「核融合炉を、暴走させろ」


 山本が命令する。


「今すぐだ」


「待ってください」


 リーが叫ぶ。


「まだ送信が……」


「間に合わない」


 山本が答える。


「ゾンビが来る」


「データを、奪われる」


「ならば、消す」


 リーは、黙っていた。


 だが、彼は理解していた。


 選択肢は、ない。


 山本が、コンソールを操作する。


 画面に、確認メッセージ。


 【核融合炉・緊急停止解除】

 【出力制限解除】

 【冷却システム停止】

 

 実行しますか?

 [YES] [NO]


 山本は、YESを押した。


 その瞬間、警報が鳴り響いた。


 ピピピピピ。


 赤い光が、点滅する。


 施設全体が、震え始めた。


 地下。


 核融合炉。


 出力が、上昇している。


 五十メガワット。


 百メガワット。


 二百メガワット。


 制御不能。


 温度が、上昇する。


 摂氏一億度。


 太陽の核と、同じ温度。


 圧力が、上昇する。


 容器が、軋む。


 ギギギギギ。


 もう、止められない。


 爆発まで、三分。


 中央管制室。


 進捗バーが、止まった。


 85%


 そこで、停止。


「送信を、中断します」


 リーが叫ぶ。


「緊急停止」


 画面に、メッセージ。


 【送信中断】

 送信完了:85%

 未送信データ:15%

 

 再開しますか?


 山本は、首を横に振った。


「もういい」


 彼の声は、静かだった。


「八十五パーセント、送れた」


「それで、十分だ」


 リーは、椅子に座り込んだ。


「終わった……」


 山本は、全員を見た。


 科学者、五十名。


 彼らは、静かに立っている。


 誰も、逃げない。


 誰も、泣かない。


 ただ、受け入れている。


 終わりを。


「諸君」


 山本の声が、響く。


「我々は、最後まで科学者だった」


「恐怖に屈せず」


「絶望に負けず」


「人類の知識を、守り抜いた」


「誇りを持て」


 全員が、頷いた。


 爆発まで、一分。


 施設が、激しく震える。


 ゴゴゴゴゴ。


 床が、波打つ。


 まるで、海のように。


 天井から、亀裂が走る。


 バキバキバキ。


 コンクリートが、崩れる。


 壁が、崩れ始める。


 ガラガラガラ。


 破片が、落ちてくる。


 だが、誰も動かない。


 ただ、立っている。


 五十名全員が。


 佐藤が、手を合わせた。


 祈るように。


 リーが、目を閉じた。


 静かに。


 他の科学者たちも、それぞれの方法で。


 最期を、迎えようとしていた。


 爆発まで、三十秒。


 山本は、窓の外を見た。


 黒い波。


 それが、見える。


 藤原京。


 彼は、じっと見ている。


 金色の目で。


 静かに。


 まるで、見送るように。


 まるで、敬意を払うように。


 山本は、微笑んだ。


 安らかな、微笑み。


「ありがとう」


 彼が呟く。


「待っていてくれて」


「我々を、見送ってくれて」


 爆発まで、十秒。


 彼は、最後に呟いた。


「人類よ、永遠に」


 そして、世界が白くなった。


 爆発。


 核融合炉が、臨界を超えた。


 ドオオオオオオオオオン。


 閃光。


 それが、すべてを飲み込む。


 白い光。


 太陽よりも、眩しい光。


 衝撃波。


 それが、広がる。


 音速の十倍。


 マッハ十。


 熱。


 それが、すべてを焼く。


 摂氏一千万度。


 核融合の、温度。


 施設が、消えた。


 一瞬で。


 蒸発した。


 科学者、五十名。


 彼らも、蒸発した。


 痛みを感じる間もなく。


 原子レベルで、分解された。


 クレーターができた。


 直径、一キロメートル。


 深さ、百メートル。


 地面が、溶けた。


 岩が、ガラス化した。


 黒い、ガラス。


 衝撃波が、周囲に広がる。


 半径十キロメートル。


 すべてが、なぎ倒される。


 樹木が、倒れる。


 岩が、砕ける。


 雪が、吹き飛ぶ。


 だが、黒層のゾンビたちは。


 倒れなかった。


 彼らは、三キロメートルの距離にいた。


 衝撃波を、受けた。


 だが、耐えた。


 強化された肉体で。


 進化した筋肉で。


 すべてが、消えた。


 科学者、五十名。


 施設。


 データ。


 記録。


 装置。


 すべて。


 何も、残っていない。


 ただ、クレーターだけが。


 黒いガラスのクレーターだけが。


 残った。


 だが、一つだけ。


 残ったものがある。


 宇宙。


 ボイジャーXへ送信された、データ。


 それは、残った。


 八十五パーセント。


 人類の知識の、八十五パーセント。


 それが、宇宙を飛んでいる。


 光速で。


 太陽系外縁部へ。


 そして、いつか。


 何百年後、何千年後。


 誰かが、見つけるかもしれない。


 人類が、存在したという証を。


 施設跡。


 クレーター。


 京は、立っていた。


 その縁に。


 彼は、空を見上げた。


 データが、飛んでいった方向。


 彼には、感じられた。


 電波の残滓が。


 『行け』


 京が呟く。


 波動で。


『人類の、遺産よ』


『宇宙の、彼方へ』


『いつか、誰かに』


『届くように』


 彼は、手を下ろした。


 そして、北を向いた。


 黒層のゾンビたちも、北を向く。


 そして、歩き始めた。


 アマツ機関は、消えた。


 人類最後の科学施設が。


 だが、その意志は。


 宇宙に、残った。


 アーク・ステーション。


 展望台。


 澪は、南を向いていた。


 遥か彼方。


 数千キロメートル先。


 そこで、光が見えた。


 一瞬だけ。


 閃光。


 彼女は、理解した。


 アマツ機関が、消えた。


 タブレットに、記録する。


 『2028年11月24日、午後6時35分。

 アマツ機関、自爆。

 

 科学者50名、全員死亡。

 施設、完全消滅。

 

 だが、データは送信された。

 85%が、宇宙へ。

 

 ボイジャーXへ。

 人類の遺産として。

 

 これが、科学者の最後。

 

 恐怖に屈せず、絶望に負けず。

 最後まで、知識を守り抜いた。

 

 人類の誇り。』


 澪は、タブレットを閉じた。


 そして、深く息を吐いた。


 白い息。


 それが、風に流される。


 科学は、終わった。


 だが、遺産は、残った。


 宇宙に。


 永遠に。


 静寂。


 そして、機関は崩壊する。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ