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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第4部「傾国《けいこく》」

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第70話 「蒼光の裂け目」

 北極圏。


 午後十一時。


 空が、変わり始めていた。


 アーク・ステーション。


 展望台。


 藤宮澪は、空を見上げていた。


 タブレットを手に。


 記録を続けている。


 彼女の目に、異変が映った。


 オーロラ。


 極光。


 北の空に現れる、光のカーテン。


 だが、今夜のオーロラは違った。


 色が、違う。


 通常、オーロラは緑色。


 酸素原子の発光。


 高度百キロメートルで生じる現象。


 だが、今夜のオーロラは蒼かった。


 深い、蒼。


 まるで、海の底のような。


 澪は、タブレットに記録する。


 『2028年11月18日、23時07分。

 北極圏上空に、異常なオーロラを観測。

 色:蒼色(通常の緑色ではない)

 範囲:地平線全域

 明度:通常の3倍以上

 波動パターン:Z波と一致』


 彼女は、データを確認する。


 Z波検出器の数値。


 画面に、グラフが表示される。


 波動強度、急上昇中。


 現在値、一万五千Z-units。


 過去最高値。


 これは、異常だった。


 澪は、通信機を取った。


「管制室、こちら展望台」


 彼女の声が、マイクに響く。


「異常を確認」


「オーロラの色と強度が、通常と異なります」


 通信機から、マリアの声が返ってくる。


『こちらも確認しています』


 マリアの声は、震えていた。


『Z波強度、過去最高値』


『そして、上昇が止まりません』


 澪は、再び空を見上げた。


 蒼いオーロラが、揺らめいている。


 まるで、生き物のように。


 いや、生き物だ。


 これは、Z波。


 生命の波動。


 そして、その波動が。


 今、臨界に達しようとしている。


 午後十一時十五分。


 空が、裂けた。


 文字通り、裂けた。


 蒼いオーロラの中央。


 そこに、亀裂が走った。


 縦、百キロメートル。


 横、五十キロメートル。


 巨大な、裂け目。


 その中から、光が溢れ出した。


 蒼い光。


 いや、白に近い蒼。


 まるで、星の核のような。


 眩しい。


 澪は、目を細めた。


 だが、見続ける。


 記録者として。


 タブレットのカメラが、すべてを記録している。


 裂け目の中から、何かが現れた。


 球体。


 巨大な、球体。


 直径、推定十キロメートル。


 富士山の高さに匹敵する。


 質量、推定一千万トン。


 東京ドーム七十個分。


 色、蒼白。


 まるで、月の表面のような。


 だが、月とは違う。


 表面は、滑らか。


 鏡のように。


 光を反射している。


 だが、脈動している。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 まるで、心臓のように。


 規則的に。


 一秒に一回。


 澪は、カメラのズームを最大にした。


 球体の表面。


 そこに、模様が見える。


 血管のような、模様。


 蒼い線が、網目状に走っている。


 まるで、生命体の血管網。


 そして、その血管が。


 脈動に合わせて、光っている。


 明滅。


 ドクン、光る。


 ドクン、光る。


 これは、生きている。


 これが、Z波核。


 すべての始まり。


 すべての中心。


 地球の新しい、心臓。


 澪は、息を呑んだ。


 そして、タブレットに記録する。


 『23時23分。

 Z波核、詳細観測。

 

 直径:10.2km

 質量:推定1000万トン

 表面温度:計測不能(可視光域外)

 脈動周期:1.0秒/回

 表面パターン:血管様構造

 

 これは、機械ではない。

 生命体でもない。

 その中間。

 

 生きている機械。

 意識を持った構造体。

 

 人類の科学では、分類不可能。』


 管制室。


 警報が、鳴り響いていた。


 ピピピピピ。


 マリアが、モニターを凝視している。


 画面には、衛星からの映像。


 いや、衛星は死んでいる。


 これは、地上カメラからの映像。


 北極圏上空。


 蒼い球体が、浮かんでいる。


「何なんですか、あれは……」


 マリアの声が震える。


 クラウスが、データを確認している。


「Z波の発信源だ」


 彼の声は、低かった。


「すべてのZ波が、あそこから来ている」


 画面に、データが表示される。


 【Z波核】

 位置:北極圏上空、高度50km

 直径:10.2km

 質量:推定1000万トン

 温度:不明(計測不能)

 波動強度:>100,000 Z-units

 

 【影響範囲】

 地球全域

 すべてのZ波実体と接続中


 クラウスは、椅子に座り込んだ。


「地球全域……」


 彼の声が、かすれる。


「あれが、すべてのゾンビを支配しているのか」


「支配ではありません」


 澪の声が、通信機から聞こえてくる。


『接続です』


『Z波核は、すべてのゾンビと繋がっています』


『神経網のように』


「つまり……」


 マリアが問う。


『地球全体が、一つの生命体です』


 澪が答える。


『そして、あのZ波核が、その脳です』


 管制室が、静まり返った。


 地球全体が、一つの生命体。


 Z波核が、その中枢。


 これが、Z-Virusの真の目的だった。


 個体の支配ではない。


 惑星全体の、統合。


 モスクワ。


 藤原京は、空を見上げていた。


 北の空。


 蒼い光が、見える。


 遥か彼方。


 数千キロメートル先。


 だが、彼には見えている。


 明確に。


 Z波核。


 彼は、それを感じていた。


 全身で。


 波動が、届いている。


 脳に。


 心臓に。


 細胞に。


 すべてが、共鳴している。


 これは、呼び声。


 Z波核からの、呼び声。


 『来い』


 言葉ではない。


 波動。


 意識。


 だが、意味は明確だった。


 京の周囲、黒層のゾンビたちも感じている。


 数億体が、一斉に北を向いた。


 完璧な同期。


 神谷刃も、空を見上げていた。


 紅い眼が、光る。


 彼も、感じている。


 Z波核の呼び声を。


 『来い』


 刃の口元が、歪んだ。


 それは、笑みだった。


 『ああ、行くさ』


 彼の周囲、紅層のゾンビたちも動いた。


 数億体が、北を向く。


 荒々しく。


 だが、確実に。


 南米。


 緑層。


 アフリカ。


 青層。


 オセアニア。


 白層。


 すべての覚醒体が、感じていた。


 Z波核の呼び声を。


 そして、動き始めた。


 北へ。


 すべてが、北極圏へ向かっている。


 数十億のゾンビが。


 一つの目的地へ。


 これは、収束。


 すべてが一つになる、瞬間。


 アーク・ステーション。


 展望台。


 澪は、記録を続けていた。


 タブレットに、文字を打ち込む。


 『23時47分。

 Z波核、完全に顕現。

 地球全域のZ波実体が、北極圏へ移動開始。

 

 これは、収束。

 すべての生命が、一つになろうとしている。

 

 目的:不明。

 だが、確実なのは。

 地球が、変わる。

 

 人類の時代は、終わった。

 新しい時代が、始まる。』


 彼女は、タブレットを閉じた。


 そして、空を見上げた。


 蒼い光が、脈動している。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 まるで、地球の心臓のように。


 いや、本当に心臓だ。


 地球という生命体の、心臓。


 風が、止まった。


 雪も、止まった。


 静寂。


 ただ、蒼い光だけが脈動している。


 午前零時。


 日付が、変わった。


 2028年11月19日。


 その瞬間、Z波核が動いた。


 ゆっくりと。


 下降し始めた。


 高度五十キロメートルから。


 四十九キロメートル。


 四十八キロメートル。


 降下速度、毎秒百メートル。


 一定の速度で。


 まるで、計算されたかのように。


 澪は、息を呑んだ。


「降りてくる……」


 彼女の声が、震える。


 周囲の空気が、変わり始めた。


 温度が、上昇している。


 マイナス三十度から。


 マイナス二十度。


 マイナス十度。


 Z波核が近づくにつれて。


 気温が、上がっている。


 風が、吹き始めた。


 南から北へ。


 温かい風。


 この北極圏で、ありえない風。


 管制室でも、全員が画面を凝視していた。


「高度、二十キロメートル」


 オペレーターが報告する。


「降下速度、毎秒百メートル、維持」


「このまま降下を続ければ、三分後に地表到達」


 クラウスが、立ち上がった。


「到達地点は?」


「北極点です」


 オペレーターが答える。


「北緯九十度、東経ゼロ度」


「地球の頂点です」


「我々の位置から、約千三百キロメートル」


 マリアが、計算する。


「Z波核の質量、一千万トン」


 彼女の声が震える。


「もし地表に衝突すれば……」


「運動エネルギーは、五×十の十六乗ジュール」


「広島型原爆の、三千倍以上」


「マグニチュード九・〇」


 澪の声が、通信機から聞こえてくる。


『北極圏全域が、崩壊します』


『氷床が砕け、津波が発生します』


『沿岸部は、すべて水没します』


 クラウスは、何も言えなかった。


 画面の中で、Z波核が降下し続ける。


 高度十五キロメートル。


 十キロメートル。


 五キロメートル。


 近づいてくる。


 そして、周囲の空気が、光り始めた。


 蒼い光。


 Z波核から放射される、波動。


 それが、大気を電離させている。


 プラズマ化。


 温度、摂氏一万度。


 だが、地上には届かない。


 Z波核が、制御している。


 高度一キロメートル。


 もう、肉眼で見える距離。


 澪は、裸眼でZ波核を見た。


 巨大な、蒼白い球体。


 それが、ゆっくりと降りてくる。


 美しい。


 恐ろしいほど、美しい。


 そして、地表に到達した。


 北極点。


 氷の大地。


 Z波核が、着地した。


 だが、衝撃はなかった。


 地震も、爆発も、何もない。


 ただ、静かに。


 まるで、羽毛のように。


 着地した。


 そして、氷の大地に、沈み始めた。


 溶けるように。


 いや、融合するように。


 Z波核が、地球と一つになっていく。


 澪は、その光景を見つめていた。


 蒼い光が、地面に染み込んでいく。


 まるで、水が砂に染み込むように。


 三分後。


 Z波核は、完全に地中へ消えた。


 だが、光は残っていた。


 地平線全体が、蒼く光っている。


 まるで、地球そのものが発光しているかのように。


 これが、融合。


 Z波核と地球の、融合。


 惑星が、胎動を始めた。


 澪は、タブレットを開いた。


 そして、記録する。


 『00時12分。

 Z波核、地球と融合。

 地平線全体が発光。

 

 これは、始まり。

 新しい生命の、誕生。

 

 地球は、もう岩と水の惑星ではない。

 生きている。

 意識を持っている。

 

 そして、進化している。』


 彼女は、タブレットを閉じた。


 そして、深く息を吐いた。


 白い息が、空に溶ける。


 空は、まだ蒼く光っている。


 オーロラではない。


 もっと深い、何か。


 地球の意識。


 それが、光として現れている。


 澪は、手すりに手を置いた。


 冷たい金属。


 だが、わずかに。


 ほんのわずかに。


 温かい気がした。


 地球が、生きている。


 その実感が、手のひらから伝わってくる。


 管制室。


 全員が、呆然としていた。


 画面には、蒼く光る地平線。


 クラウスが、椅子に座り込んだ。


「終わったな……」


 彼の声が、かすれる。


「いいえ」


 マリアが答える。


 彼女の目には、涙が浮かんでいた。


「始まったんです」


「何が」


 クラウスが問う。


「新しい世界が」


 マリアが答える。


「人類の世界は終わりました」


「でも、新しい世界が始まっています」


 クラウスは、何も言えなかった。


 ただ、画面を見つめている。


 蒼く光る、地球を。


 モスクワ。


 藤原京は、動き始めていた。


 北へ。


 黒層のゾンビたち、数億体が従う。


 完璧な隊列で。


 彼らは、北極圏を目指している。


 Z波核へ。


 地球の中心へ。


 神谷刃も、動いていた。


 北へ。


 紅層のゾンビたち、数億体が従う。


 荒々しい奔流で。


 彼らも、北極圏を目指している。


 南米の緑層。


 アフリカの青層。


 オセアニアの白層。


 すべてが、動いている。


 北へ。


 収束が、始まった。


 地球上のすべてのZ波実体が。


 一つの場所へ。


 集まっている。


 これは、進化の最終段階。


 個から全体へ。


 分離から統合へ。


 多から一へ。


 アーク・ステーション。


 展望台。


 澪は、立っていた。


 蒼い光の中で。


 彼女は、一人。


 人類最後の記録者。


 だが、孤独ではなかった。


 なぜなら、彼女には見えているから。


 新しい世界が、生まれる瞬間が。


 それを、記録する。


 見る。


 覚えている。


 それが、彼女の使命。


 風が、吹いた。


 温かい風。


 マイナス三十度の世界で。


 温かい風が吹いた。


 地球が、変わっている。


 気候が、変わっている。


 すべてが、変わっている。


 澪は、微笑んだ。


 初めて、彼女が笑った。


 終わりは、美しい。


 そして、始まりも、美しい。


 蒼い光が、脈動している。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 地球の心臓が、鼓動している。


 新しい生命の、鼓動。


 静寂。


 そして、裂け目は閉じる。


 だが、光は残る。


 蒼く。


 深く。


 永遠に。


(了)

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