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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第4部「傾国《けいこく》」

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第68話 「空の断層」

 モスクワ。


 北緯五十五度、東経三十七度。


 かつて、ロシアの首都だった場所。


 人口、一千二百万人。


 今は、廃墟。


 時刻、午前零時。


 神谷刃が、到達していた。


 彼は、クレムリンの前に立っている。


 赤の広場。


 石畳。


 誰もいない。


 刃の周囲、半径五百メートル。


 すべてが、紅く染まっている。


 温度、摂氏五十度。


 空気が、揺らめいている。


 刃の後ろには、数億体のゾンビ。


 欧州全域から、集まってきた。


 紅の群れ。


 彼らは、待っている。


 無言で。


 ただ、待っている。


 東から、来る者を。


 空が、明るくなり始めた。


 午前四時。


 夜明け前。


 だが、太陽ではない。


 東の地平線が、黒く染まっていた。


 黒い波。


 それが、近づいてくる。


 ゆっくりと。


 だが、確実に。


 刃は、動かない。


 ただ、見ている。


 三十分後。


 黒い波が、モスクワに到達した。


 藤原京。


 金色の眼。


 黒い波動。


 理性の王。


 彼は、クレムリンの東側に立っていた。


 赤の広場を挟んで、刃と向かい合っている。


 距離、五百メートル。


 京の後ろには、数億体のゾンビ。


 アジア全域から、集まってきた。


 黒の群れ。


 二つの群れが、対峙している。


 黒と紅。


 理性と本能。


 王と鬼。


 静寂。


 風が、止まった。


 鳥も、鳴かない。


 虫の音も、聞こえない。


 世界が、息を止めている。


 京が、一歩前に出た。


 その瞬間、黒い波動が広がる。


 半径一キロメートル。


 刃も、一歩前に出た。


 紅い波動が、爆発する。


 半径一キロメートル。


 二つの波動が、衝突した。


 ゴオオオオオオオオ。


 空気が、震える。


 大地が、揺れる。


 マグニチュード、四・〇。


 アーク・ステーション。


 中央管制室。


 マリアが、モニターを凝視している。


 画面には、衛星からの映像。


 モスクワ。


 黒と紅の波が、衝突している。


「始まりました……」


 マリアの声が震える。


 クラウスが、椅子から立ち上がった。


 彼の顔は、蒼白だった。


「波動強度は?」


「測定不能です」


 オペレーターが答える。


「計器の上限を、超えています」


 画面に、データが表示される。


 【波動強度】

 黒層(京):>10,000 Z-units

 紅層(刃):>9,500 Z-units

 衝突点エネルギー:推定 10^18 joules

 ※広島型原爆の約50倍


 クラウスは、言葉を失った。


「原爆の……五十倍……」


 澪が、前に出た。


 彼女の目は、鋭かった。


「まだ、本気ではありません」


 澪の声が、静かに響く。


「これは、挨拶です」


「挨拶……」


 マリアが呟く。


 その時、新しい警報が鳴った。


 ピピピピピ。


「何だ!?」


 クラウスが叫ぶ。


「軌道上のセラフΩから、異常信号です」


 オペレーターの声が震える。


「通信が……途絶しました」


 画面が切り替わる。


 軌道要塞セラフΩ。


 高度、三万六千キロメートル。


 静止軌道上。


 画面には、ノイズが走っている。


 ザザザザザ。


「どういうことだ!?」


 クラウスが問う。


「分かりません」


 オペレーターが答える。


「セラフΩのAIが、応答しません」


「システムダウンでは……ありません」


「何かに、干渉されています」


 澪が、データを確認する。


「Z波です」


 彼女の声が、低くなる。


「地上から、Z波が放射されています」


「それが、軌道まで到達している」


「そんな馬鹿な」


 マリアが叫ぶ。


「三万六千キロメートルですよ!?」


「到達しています」


 澪が頷く。


「Z波は、電磁波ではありません」


「空間そのものを、伝播します」


「距離は、関係ありません」


 画面に、新しいデータが表示される。


 【Z波放射源】

 座標:モスクワ、赤の広場

 放射体:藤原京(Z-01)

 波動パターン:空間干渉型

 影響範囲:地球全域+軌道上


 クラウスが、椅子に座り込んだ。


「あの男が……軌道上のAIを止めているのか」


「その通りです」


 澪が答える。


 モスクワ。


 赤の広場。


 京が、両手を広げた。


 ゆっくりと。


 まるで、何かを抱きしめるように。


 その瞬間、黒い波動が爆発した。


 半径十キロメートル。


 いや、五十キロメートル。


 いや、百キロメートル。


 波動が、空間を侵食していく。


 空が、歪んだ。


 まるで、水面に波紋が広がるように。


 空間そのものが、波打っている。


 これが、技。


 覚醒体の、能力。


 《虚界展開ヴォイド・フィールド


 空間支配。


 物理法則の、書き換え。


 京の周囲、半径百キロメートル。


 すべてが、彼の支配下に置かれた。


 重力、温度、時間、空間。


 すべてを、制御する。


 刃は、動かない。


 ただ、見ている。


 紅い眼で。


 彼は、知っている。


 これが、京の力。


 理性の王の、支配。


 だが、刃は恐れていない。


 空の上。


 高度、三万六千キロメートル。


 静止軌道。


 セラフΩ。


 軌道要塞。


 全長、五キロメートル。


 質量、百万トン。


 その中枢部。


 AIコア。


 画面に、エラーメッセージが表示されている。


 【SYSTEM ERROR】

 Unknown interference detected

 Origin: Surface, Moscow

 Type: Spatial distortion

 Effect: All systems compromised

 AI Core: Functional but isolated

 Communication: OFFLINE

 Weapon systems: OFFLINE

 Navigation: OFFLINE


 システムエラー。


 未知の干渉を検出。


 発信源:地表、モスクワ。


 種類:空間歪曲。


 影響:全システム障害。


 AIコア:機能しているが孤立。


 通信:オフライン。


 武器システム:オフライン。


 航法システム:オフライン。


 セラフΩは、無力化されていた。


 三万六千キロメートル離れた場所から。


 一人の男によって。


 藤原京。


 モスクワ。


 京は、手を下ろした。


 そして、前を見た。


 刃を。


 二人の視線が、交わる。


 金色と紅。


 理性と本能。


 京の口が、動いた。


 言葉ではない。


 波動。


 意識。


 『邪魔は、排除した』


 刃の口元が、歪んだ。


 それは、笑みだった。


 『なら、始めるか』


 京は、頷いた。


 その瞬間、空が裂けた。


 文字通り、裂けた。


 空間に、亀裂が走る。


 黒い亀裂。


 それが、広がっていく。


 縦、十キロメートル。


 横、五キロメートル。


 巨大な、裂け目。


 その中から、黒い光が溢れ出す。


 これが、虚界。


 京が創り出した、空間。


 何も存在しない、領域。


 刃は、後ずさった。


 初めて、彼が動揺している。


 周囲の紅層ゾンビたちも、ざわめいた。


 数億体が、同時に動く。


 ザワザワザワザワ。


 だが、京の黒層は、微動だにしない。


 完璧な静寂。


 京が、手を上げた。


 その瞬間、虚界が動いた。


 黒い裂け目が、前進する。


 ゆっくりと。


 だが、確実に。


 刃の方へ。


 刃は、咆哮した。


 ガアアアアアアアアア。


 紅い波動が、爆発する。


 半径百キロメートル。


 温度が、急上昇する。


 摂氏二百度。


 いや、三百度。


 だが、黒い裂け目は止まらない。


 熱も、光も、音も。


 すべてを、吸い込んでいく。


 これが、虚界展開。


 存在そのものを、消去する力。


 刃は、地面を蹴った。


 速い。


 時速三百キロメートル。


 音速に、近い。


 彼は、裂け目を避けようとした。


 だが、京が指を動かした。


 その瞬間、裂け目が方向を変えた。


 刃を追う。


 空間を支配しているのは、京。


 この領域では、京が絶対。


 刃は、さらに速度を上げた。


 時速五百キロメートル。


 音速を、超えた。


 ドオオオオオオン。


 衝撃波が、広がる。


 だが、裂け目も加速した。


 刃の速度に、合わせる。


 距離が、縮まる。


 百メートル。


 五十メートル。


 十メートル。


 刃の背中に、裂け目が迫る。


 その時、刃が振り返った。


 紅い眼が、光る。


 そして、彼は右腕を振り抜いた。


 何もない空間を。


 ただ、振り抜いた。


 その瞬間、空気が裂けた。


 いや、空間が裂けた。


 紅い斬撃。


 それが、黒い裂け目に衝突した。


 ゴオオオオオオオオ。


 爆発。


 衝撃波。


 閃光。


 マグニチュード、五・五。


 黒い裂け目が、消えた。


 刃の斬撃が、虚界を切り裂いた。


 京は、動かなかった。


 ただ、見ていた。


 刃も、動かない。


 荒い呼吸。


 初めて、疲労の色が見える。


 二人は、対峙したまま。


 静寂。


 風が、吹いた。


 京の口元が、わずかに上がった。


 『やるな』


 刃も、笑った。


 『当然だ』


 だが、これで終わりではない。


 京が、再び手を広げた。


 今度は、両手を。


 天に向けて。


 その瞬間、空が真っ黒に染まった。


 太陽が、見えなくなった。


 星も、月も。


 すべてが、黒い空間に覆われた。


 これが、虚界展開の真価。


 空間そのものを、書き換える。


 モスクワ上空、半径五百キロメートル。


 すべてが、虚界に包まれた。


 刃は、空を見上げた。


 黒い空。


 何も見えない。


 光すら、存在しない。


 だが、彼は恐れなかった。


 なぜなら、彼には見えているから。


 紅い視界。


 熱感知。


 波動感知。


 京の位置が、分かる。


 刃は、地面を蹴った。


 全速力。


 時速七百キロメートル。


 京に向かって、突進する。


 距離、五百メートル。


 到達時間、二・五秒。


 だが、京は動かない。


 ただ、待っている。


 三秒後。


 刃が、京の目の前に到達した。


 右腕を振り上げる。


 紅い爪。


 それが、京の首を狙う。


 だが、京は避けない。


 ただ、左手を上げた。


 その瞬間、空間が歪んだ。


 刃の爪が、止まった。


 空中で。


 京の首の、十センチメートル手前。


 動けない。


 まるで、透明な壁があるかのように。


 これが、空間支配。


 物理法則の、書き換え。


 京の周囲、半径十メートル。


 すべての運動が、停止する。


 刃は、力を込めた。


 筋肉が、膨れ上がる。


 骨が、軋む。


 ギリギリギリ。


 だが、動かない。


 京は、静かに言った。


 波動で。


 『ここは、私の世界だ』


 刃の目が、見開かれた。


 そして、京が指を動かした。


 その瞬間、刃の体が吹き飛んだ。


 後方へ。


 時速五百キロメートル。


 五百メートル吹き飛ばされて、地面に激突する。


 ドオオオオオオン。


 クレーターができた。


 直径、五十メートル。


 深さ、十メートル。


 刃は、立ち上がった。


 体が、傷ついている。


 だが、再生している。


 見る見るうちに、傷が塞がる。


 刃は、笑った。


 『なるほど』


 京は、答えない。


 ただ、手を下ろした。


 その瞬間、黒い空が消えた。


 太陽が、再び見えた。


 虚界展開、解除。


 刃は、京を見た。


 『まだやるか?』


 京は、首を横に振った。


 『今日は、ここまでだ』


 刃は、頷いた。


 『次は、本気でやるぞ』


 京は、微笑んだ。


 『望むところだ』


 二人は、背を向けた。


 それぞれの群れへ。


 黒と紅へ。


 戦いは、終わった。


 だが、これは始まりに過ぎない。


 アーク・ステーション。


 中央管制室。


 全員が、呆然としていた。


 マリアが、震える声で呟いた。


「あれが……覚醒体……」


 クラウスは、何も言えなかった。


 澪が、データを確認している。


「虚界展開の影響範囲、半径五百キロメートル」


 彼女の声が、静かに響く。


「セラフΩは、完全に無力化されました」


「軌道上の全衛星も、通信途絶」


「地球全域のネットワークが、断絶しています」


「つまり……」


 クラウスが問う。


「人類は、空から見ることができなくなりました」


 澪が答える。


「我々は、盲目です」


 画面には、ノイズが走っている。


 ザザザザザ。


 衛星通信、途絶。


 軌道要塞、無力化。


 AIネットワーク、断絶。


 人類最後の切り札が、一人の男によって無効化された。


 藤原京。


 理性の王。


 空間の支配者。


 静寂。


 そして、断層は刻まれる。


(了)

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