表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/61

第50話「海を渡る群れ」

 東京湾。


 夜明け。


 海は、静かだった。


 だが——その静けさは、嵐の前の静けさだった。


 海岸線に、群れが集まっていた。


 数万。


 いや、数十万。


 ゾンビたちが、波打ち際に立ち尽くしている。


 彼らは、海を見つめていた。


 無言で。


 動かずに。


 まるで——何かを待っているかのように。


 その群れの中心に、藤原京は立っていた。


 彼の眼は、金色に光っている。


 そして——その視線は、遥か彼方を見ていた。


 海の向こう。


 朝鮮半島。


 中国大陸。


 世界。


 京の口が、わずかに動く。


「……時が来た」


 その声は、小さかった。


 だが——全員に届いた。


 波動。


 精神に直接響く、波動。


 数十万のゾンビが、一斉に反応する。


 彼らの眼が、光る。


 金色に。


 京と同じ色に。


 それは——繋がった証。


 群体知性の証。


 京が、一歩を踏み出す。


 海へ。


 その足が、波に触れる。


 水が、はねる。


 だが——京は、沈まない。


 海面が、彼を支えている。


 重力操作。


 京の能力は、水面すらも固体のように変える。


 彼は、海の上を歩く。


 一歩、また一歩。


 まるで——モーゼが海を割ったかのように。


 いや、割ってはいない。


 ただ——歩いているだけ。


 だが、それは奇跡だった。


 背後で、群れが動き出す。


 最初の一体が、海に足を踏み入れる。


 沈む。


 当然だった。


 ゾンビは、京ではない。


 重力を操れない。


 海面を固めることもできない。


 だが——。


 そのゾンビは、沈みながら——泳ぎ始めた。


 いや、泳いでいるのではない。


 歩いている。


 水中を。


 海底を。


 彼は、息を止めていない。


 呼吸をしていない。


 ゾンビには、呼吸が不要だった。


 肺は機能していない。


 酸素も必要ない。


 Z-Virusが、細胞を直接駆動している。


 だから——溺れない。


 海底を、歩ける。


 次々と、ゾンビたちが海に入る。


 彼らは、沈む。


 そして——海底を歩き始める。


 数万。


 数十万。


 巨大な群れが、海の中へ。


 それは——行軍だった。


 死者の、行軍。


 海を渡る、亡者の群れ。


   ◆


 海中。


 深度十メートル。


 そこは、薄暗い青の世界だった。


 太陽光が、水に吸収されて弱まっている。


 だが——ゾンビたちには、関係なかった。


 彼らの眼は、暗闇でも見える。


 Z-Virusが、網膜を強化している。


 群れは、整然と進む。


 列を組んで。


 秩序を保って。


 まるで——軍隊のように。


 いや、軍隊以上だった。


 彼らは、疲れない。


 休む必要もない。


 食事も不要。


 ただ——歩く。


 永遠に。


 海底は、起伏に富んでいた。


 岩礁がある。


 海溝がある。


 谷がある。


 だが——群れは、止まらない。


 岩を登る。


 谷を降りる。


 障害物を、乗り越える。


 その動きは、機械的だった。


 無駄がない。


 迷いがない。


 全員が、同じ方向を目指している。


 北西。


 朝鮮半島へ。


 京の命令が、全員の脳に刻まれている。


 行け。


 渡れ。


 征服しろ。


 それだけ。


 シンプルで、明確な命令。


 群れは、それに従う。


 疑問も持たず。


 恐怖も感じず。


 ただ——実行する。


   ◆


 深度五十メートル。


 そこは、暗闇だった。


 太陽光は、ほとんど届かない。


 水圧も、高い。


 人間なら、潜水服なしでは耐えられない。


 だが——ゾンビたちは、平然と歩いている。


 彼らの身体は、強化されていた。


 骨密度が増加している。


 筋肉繊維が、鋼鉄並みに強靭になっている。


 皮膚は、厚く硬い。


 水圧など、問題ではなかった。


 群れの中を、魚が泳ぐ。


 鯵。


 鯖。


 小型のサメ。


 彼らは、ゾンビたちを避ける。


 本能が、警告している。


 危険。


 近づくな。


 逃げろ。


 魚たちは、群れから離れていく。


 だが——一匹のサメが、好奇心に負けた。


 全長二メートル。ホオジロザメの幼体。


 それが、ゾンビの一体に近づく。


 匂いを嗅ぐ。


 血の匂い。


 腐肉の匂い。


 だが——生命の匂いはしない。


 サメは、混乱する。


 これは——獲物なのか?


 そして——。


 サメが、噛みついた。


 ゾンビの腕に。


 鋭い歯が、肉に食い込む。


 だが——。


 ゾンビは、反応しない。


 痛みを感じていない。


 ただ——歩き続ける。


 サメは、驚く。


 獲物が、動かない。


 抵抗もしない。


 逃げもしない。


 異常だった。


 サメは、歯を離す。


 そして——逃げようとした。


 だが。


 ゾンビの手が、サメを掴んだ。


 一瞬。


 素早く。


 確実に。


 サメが、暴れる。


 尾びれを振る。


 だが——ゾンビの握力は、人間の十倍。


 サメは、逃げられなかった。


 ゾンビが、サメを引き寄せる。


 そして——。


 噛みついた。


 サメの首に。


 歯が、皮膚を貫く。


 血が、噴き出す。


 サメの動きが、止まる。


 死んだ。


 ゾンビは、サメを放す。


 そして——再び、歩き始める。


 死体は、海底に沈む。


 やがて——他の魚たちが、それを食べるだろう。


 だが、ゾンビには関係なかった。


 彼らは、獲物を求めていない。


 ただ——前進するだけ。


   ◆


 深度百メートル。


 そこは、完全な暗闇だった。


 光は、一切届かない。


 水温も、低い。


 摂氏五度。


 人間なら、数分で低体温症になる。


 だが——ゾンビたちは、影響を受けない。


 体温調整の必要がない。


 寒さを感じない。


 彼らは、機械のように正確に、歩き続ける。


 海底の地形が、変わる。


 平坦だった地面が、急激に落ち込む。


 海溝。


 深さ、二百メートル。


 群れは、躊躇しない。


 崖を、降りていく。


 垂直に近い斜面を。


 手足を使い、岩にしがみつきながら。


 落ちる者もいる。


 だが、彼らは死なない。


 海底に激突しても、骨が砕けても、立ち上がる。


 そして——再び、登り始める。


 何度でも。


 永遠に。


 死なない限り。


 いや——既に死んでいる。


 だから——止まらない。


 群れは、海溝を越える。


 そして——再び、平坦な海底へ。


 前進は、続く。


   ◆


 東京湾から、五十キロ。


 海底ケーブルの敷設路。


 かつて、通信ケーブルが這っていた場所。


 今は、放棄されている。


 群れは、そのケーブルを踏みつけながら進む。


 ケーブルが、断線する。


 だが、もう誰も使っていない。


 通信網は、崩壊している。


 インターネットは、死んだ。


 電話も、繋がらない。


 人類の文明は、既に機能していなかった。


 群れの先頭を、京は歩く。


 彼だけが、海面の上。


 他の全員は、海底。


 だが——彼らは、繋がっている。


 精神が。


 意識が。


 京の視界には、全員の視界が見える。


 海底の光景。


 暗闇の中を進む、無数の影。


 それは——壮観だった。


 数十万の群れが、一つの意志で動く。


 それは——生命進化の頂点。


 いや——生命を超えた何か。


 新しい存在形態。


 個と全体が、融合した存在。


 京の口元が、わずかに歪む。


 笑ったのか。


 それとも——。


「これが——俺たちの道だ」


 その声は、波動となって広がる。


 全員に届く。


 数十万のゾンビが、同時に理解する。


 ——これが、俺たちの道だ。


 ——海を越え、大陸へ。


 ——世界を、征服する。


 それが——彼らの使命。


 京が与えた、使命。


 いや——彼ら自身が選んだ、道。


 新種族として、生きる道。


   ◆


 日本海。


 対馬海峡。


 日本と朝鮮半島を隔てる、狭い海。


 最短距離で、五十キロメートル。


 群れは、そこを目指していた。


 京は、計算していた。


 速度——時速三キロメートル。


 距離——百二十キロメートル。


 到達時間——四十時間。


 二日以内に、朝鮮半島に到達する。


 そして——。


 釜山を、制圧する。


 ソウルを、制圧する。


 朝鮮半島全域を、制圧する。


 それが——第一段階。


 次は、中国。


 その次は、ロシア。


 そして——世界。


 京の眼が、金色に輝く。


 彼の視界には、世界地図が見えていた。


 それは——征服地図。


 赤く塗りつぶされていく、地図。


 やがて——全てが赤になる。


 その時。


 人類の時代は、完全に終わる。


 そして——新種族の時代が、始まる。


 京は、歩き続ける。


 海の上を。


 群れを率いて。


   ◆


 海底。


 深度八十メートル。


 群れの中に、一体の特異な個体がいた。


 他よりも大きい。


 筋肉が、異常に発達している。


 眼が——金色に光っている。


 だが、京ほどではない。


 薄く、淡い金色。


 それは——覚醒体だった。


 Z-03。


 名前は、まだない。


 だが——彼は、進化していた。


 群体知性に接続されながら、独自の思考を持つ。


 彼は、周囲を見回す。


 仲間たちが、整然と進んでいる。


 全員が、同じ方向を向いている。


 それは——美しかった。


 秩序。


 統一。


 完璧な調和。


 Z-03は、それを理解していた。


 自分は、群れの一部。


 だが——特別な一部。


 王の次に位置する存在。


 将軍。


 指揮官。


 彼は、周囲のゾンビたちに命令を送る。


 波動で。


 精神波で。


 ——速度を上げろ。


 ——列を整えろ。


 ——遅れるな。


 ゾンビたちが、反応する。


 歩調が、揃う。


 列が、真っ直ぐになる。


 効率が、上がる。


 Z-03は、満足する。


 彼は——指揮することに、喜びを感じていた。


 それは、本能ではない。


 理性。


 自我。


 彼は——個として、存在していた。


 群れの中で。


 全体の一部として。


 だが——確かに、個として。


 それが——新種族の形。


   ◆


 二十四時間後。


 群れは、対馬海峡の中間点に到達していた。


 距離、六十キロメートル。


 残り、六十キロメートル。


 京は、立ち止まる。


 海面の上で。


 彼は、振り返る。


 背後には——無数の波紋。


 それは、海底を進む群れが作る、水流の痕跡。


 数十万の個体が、同時に動く。


 その規模は、圧倒的だった。


 京の眼が、金色に光る。


 彼は、群れ全体に命令を送る。


 ——休むな。


 ——止まるな。


 ——前進しろ。


 群れが、応答する。


 数十万の意識が、同時に返答する。


 ——了解。


 ——前進する。


 ——征服する。


 京は、再び前を向く。


 そして——歩き出す。


 海を渡る、王。


 群れを率いる、支配者。


 彼の足跡は、波に消える。


 だが——その意志は、消えない。


 群れの中に。


 全員の心に。


 刻まれている。


 永遠に。


   ◆


 四十時間後。


 朝鮮半島。釜山沖。


 夜明け前。


 海は、静かだった。


 だが——その静けさは、偽りだった。


 海底では、数十万の群れが蠢いている。


 彼らは、陸地に到達しようとしていた。


 最初の一体が、浅瀬に足を踏み入れる。


 深度、五メートル。


 三メートル。


 一メートル。


 そして——。


 頭が、水面から出る。


 ゾンビが、陸地に上がる。


 水が、滴り落ちる。


 彼は、周囲を見回す。


 そこは——砂浜だった。


 かつて、海水浴客で賑わった場所。


 今は、無人。


 ゾンビすらいない。


 釜山は、既に放棄されていた。


 住民は、北へ逃げている。


 ソウルへ。


 あるいは——それより北へ。


 だが——逃げても無駄だった。


 群れは、来る。


 必ず。


 次々と、ゾンビたちが上陸する。


 十体。


 百体。


 千体。


 一万体。


 砂浜が、群れで埋め尽くされる。


 彼らは、整然と並ぶ。


 列を組む。


 秩序を保つ。


 そして——。


 京が、上陸した。


 海面を歩いて。


 最後に。


 彼は、砂浜に立つ。


 そして——群れを見る。


 数十万の眼が、彼を見つめている。


 金色に光る眼。


 服従の眼。


 だが——そこには、何かがあった。


 意志。


 誇り。


 彼らは——ただの奴隷ではない。


 新種族。


 進化した存在。


 京の口が、動く。


「よくやった」


 その声は、波動となって広がる。


 全員に届く。


 そして——全員が、理解する。


 彼らは——成し遂げた。


 海を渡った。


 不可能を、可能にした。


 それは——進化の証明。


 新種族の、誕生。


 京が、前を向く。


 北を。


 ソウルを。


 そして——世界を。


「進め」


 その一言が、命令となる。


 群れが、動き出す。


 一斉に。


 整然と。


 圧倒的な規模で。


 数十万の群れが、朝鮮半島へ侵攻する。


 人類は——また一つ、領土を失った。


 そして——新種族は、また一歩、世界に近づいた。


 海を渡る群れ。


 それは——人類の終焉の、象徴だった。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ