第44話「死の会談」
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
埼玉。
さいたま新都心。
かつて政府の出先機関が集まっていた場所。
高層ビル群。
三十階建て以上のビルが、十棟以上。
省庁の出張所。
裁判所。
税務署。
年金事務所。
全てが、ここにあった。
広い道路。
片側三車線。
歩道も広く、街路樹が並んでいた。
整然とした、計画都市。
バブル崩壊後に開発された。
埼玉の新しい顔。
だが、今は廃墟。
ビルは崩れ、道路は亀裂だらけ。
街路樹は枯れ、倒れている。
信号機は、全て消えている。
電力が、ない。
車は、放置されたまま錆びている。
もう、誰もいない。
役人も。
市民も。
全て、消えた。
死んだか。
逃げたか。
感染したか。
⸻
その廃墟の中心。
旧県庁舎の前。
広場がある。
そこに、三つの群れが集まっていた。
東からの群れ。
藤原京が率いる、数千。
西からの群れ。
神谷刃が率いる、数千。
そして――
北からの群れ。
もう一人の、覚醒体が率いる群れ。
⸻
三つの群れは、距離を保っている。
互いに、警戒している。
まだ、敵か味方かわからない。
本能が、告げている。
危険だ、と。
同格の存在がいる、と。
群れが、唸り声を上げる。
低く。
威嚇するように。
だが――
三人の覚醒体は、動じない。
ただ、互いを見ている。
⸻
京と刃は、並んで立っていた。
同盟者として。
二人の前に、もう一人。
背の高い男。
百九十センチはある。
がっしりとした体格。
筋肉質。
腕は太く、胸板は厚い。
元は、格闘家だったのだろう。
それとも、軍人か。
軍服を着ている。
陸上自衛隊の、戦闘服。
迷彩柄。
だが、階級章はない。
引きちぎられている。
名札も、ない。
血で、汚れている。
自分のか。
他人のか。
わからない。
顔は、鋭い。
彫りが深い。
鼻筋が通っている。
鷹のような、目。
だが、その目の周りには傷がある。
爪で引っかかれたような。
感染した時の、傷だろう。
そして――
その瞳は、銀色に光っていた。
鈍い銀。
まるで、古い硬貨のような。
金色でも、紅色でもない。
第三の色。
第三の覚醒体の、証。
⸻
京が、口を開く。
「……お前が、Z-03か」
低く、静かな声。
男は、頷く。
「そう呼ばれている」
掠れた声。
だが、明確だ。
「俺の名は――」
男が、一瞬躊躇する。
名前。
もう、覚えていない。
いや――
思い出せない。
「……ヤマト」
やっと、絞り出す。
「それしか、覚えていない」
京が、頷く。
「俺は、藤原京」
刃も、名乗る。
「神谷刃」
ヤマトは、二人を見た。
銀色の瞳が、金色と紅色を映す。
「……お前たちも、覚醒体か」
「そうだ」
京が答える。
「Z-01とZ-02。人間は、そう呼んでいる」
⸻
沈黙。
三人は、互いを観察している。
力を、測っている。
ヤマトの周囲にも、力場がある。
京のような、空間支配ではない。
刃のような、斬撃でもない。
別の、何か。
空気が、重い。
圧力が、増している。
まるで、深海にいるかのように。
京は、それを感じ取る。
(……圧力操作か)
刃も、感じ取る。
(……厄介だ)
だが、三人とも攻撃はしない。
ただ、様子を見ている。
⸻
やがて、ヤマトが口を開いた。
「……なぜ、ここに」
「北へ向かう途中だ」
京が答える。
「お前の群れを、感じた」
「……そうか」
ヤマトが頷く。
「俺も、お前たちを感じた」
「同じ、存在を」
刃が、口を挟む。
「お前は、何をしている」
「……待っていた」
ヤマトが答える。
「何を」
「仲間を」
⸻
京の目が、わずかに見開かれる。
「仲間?」
「そうだ」
ヤマトが頷く。
「俺一人では、できない」
「俺たちのような存在が、必要だ」
京が、一歩前に出る。
「何をするつもりだ」
ヤマトは、しばらく沈黙した。
そして――
「……新しい秩序を作る」
京と刃が、顔を見合わせる。
新しい秩序?
⸻
ヤマトが、続ける。
「人間は、終わった」
その声には、確信がある。
迷いがない。
「だが、我々は続く」
「覚醒体。新しい種族」
ヤマトが、一歩前に出る。
「今、我々は何をしている?」
「ただ、群れで蠢くだけか?」
「本能のままに、肉を求めるだけか?」
「人間を殺すだけか?」
ヤマトの声が、強くなる。
「それでは、獣と同じだ」
「いや――獣以下だ」
「獣には、本能がある」
「だが、我々には理性がある」
「ならば――」
ヤマトが、二人を見る。
銀色の瞳が、金色と紅色を捉える。
「何か、新しいものを作るべきではないか?」
「ただ破壊するだけではなく」
「創造するべきではないか?」
京は、黙って聞いている。
ヤマトの言葉。
それは、京自身も考えていたことだった。
大陸を渡り、多くを見た。
人間の文明が、崩壊するのを。
だが、その後は?
ただ、廃墟が残るだけか?
それとも――
新しい何かが、生まれるのか?
⸻
京が、口を開く。
「……秩序、か」
「そうだ」
ヤマトが頷く。
「今は、混沌だ。群れは、本能のままに動く」
「だが、我々は違う」
「理性がある。意思がある」
「ならば――」
ヤマトが、拳を握る。
「我々が、導くべきだ」
刃が、眉をひそめる。
「……導く?」
「そうだ」
ヤマトが答える。
「群れを。覚醒していない個体を」
「秩序ある社会を、作る」
⸻
刃が、笑う。
短く。
皮肉を込めて。
「社会? ゾンビが?」
「覚醒体だ」
ヤマトが訂正する。
「もう、ゾンビではない」
「新しい種族だ」
刃は、何も言わない。
ただ、ヤマトを睨んでいる。
京が、間に入る。
「……具体的には?」
ヤマトが、京を見る。
「お前は、理解しているな」
「少しは」
京が頷く。
「だが、方法がわからない」
「俺もだ」
ヤマトが答える。
「だから、お前たちが必要だ」
⸻
ヤマトが、周囲を見回す。
三つの群れを。
数万のゾンビを。
「今は、バラバラだ」
「それぞれの覚醒体に従っている」
「だが――統合できる」
「一つの、大きな群れに」
「そして、その中で役割を作る」
京が、聞く。
「役割?」
「そうだ」
ヤマトが頷く。
「戦う者。守る者。狩る者」
「階層を作る。秩序を作る」
「それが、社会だ」
⸻
刃が、口を開く。
「……なぜ、そんなことを」
ヤマトが、刃を見る。
「お前は、納得していないな」
「当然だ」
刃が答える。
「俺は、ただ強くなりたいだけだ」
「秩序など、必要ない」
ヤマトは、微笑んだ。
わずかに。
「強さだけでは、生き残れない」
「人間を、見ろ」
「彼らは強かった。武器があった」
「だが、負けた」
「なぜだと思う?」
⸻
刃は、答えない。
わからない。
考えたこともない。
ヤマトが、続ける。
「秩序が、崩壊したからだ」
ヤマトの声は、教師のようだ。
説明している。
分析している。
「国家が、機能しなくなった」
「政府は、逃げた」
「指導者は、死んだ」
「軍が、バラバラになった」
「指揮系統が、寸断された」
「補給が、途絶えた」
「個人では、強い」
「訓練された兵士。優秀な武器」
「だが、組織が崩れれば、弱い」
「一人では、何もできない」
ヤマトが、拳を握る。
「我々も、同じだ」
「今は、勝っている」
「数が多いから」
「人間よりも、速く増える」
「死なないから」
「だが――いずれ、人間は反撃する」
ヤマトの目が、鋭くなる。
「核兵器を使うかもしれない」
「広島、長崎を思い出せ」
「一発で、数十万が死んだ」
「生物兵器を開発するかもしれない」
「我々だけを殺すウイルスを」
「化学兵器を使うかもしれない」
「その時――」
ヤマトが、二人を見る。
銀色の瞳が、光る。
「バラバラの群れでは、勝てない」
「統一された力が必要だ」
「秩序が、必要だ」
⸻
京は、考えている。
ヤマトの言葉は、正しい。
人間は、まだ終わっていない。
どこかで、生き延びている。
そして、反撃の機会を狙っている。
その時――
覚醒体も、組織が必要だ。
統一された、力が。
京が、口を開く。
「……わかった」
ヤマトが、目を見開く。
「協力するのか?」
「条件付きだ」
京が答える。
「お前が、支配者になるわけではない」
「我々三人で、対等に」
ヤマトが、頷く。
「もちろんだ」
⸻
刃が、舌打ちする。
「……俺は、反対だ」
京が、刃を見る。
「なぜだ」
「面倒だからだ」
刃が答える。
「秩序とか、社会とか」
「そんなもの、人間のやることだ」
京が、刃に近づく。
「刃。聞いてくれ」
刃は、黙っている。
京が、続ける。
「お前は、強い」
「だが、それだけでは足りない」
「我々には、仲間が必要だ」
「組織が、必要だ」
刃は、京を見た。
金色の瞳が、紅色を映す。
⸻
しばらくの沈黙。
刃は、考えている。
京の言葉。
ヤマトの言葉。
それらが、頭の中で渦巻く。
仲間。
組織。
秩序。
面倒だ。
本当に、面倒だ。
刃は、一人で戦いたい。
自由に、動きたい。
縛られたく、ない。
だが――
京の顔を見る。
金色の瞳。
そこには、信頼がある。
期待がある。
刃を、必要としている。
(……くそ)
刃は、内心で毒づく。
だが、拒否できない。
京とは、同盟を結んだ。
契約を、交わした。
裏切れない。
いや――
裏切りたくない。
やがて、刃が口を開く。
「……わかった」
声は、小さい。
だが、はっきりしている。
京が、安堵する。
「ありがとう」
刃が、付け加える。
「だが、秩序だの何だの、お前たちに任せる」
「俺は、戦うだけだ」
ヤマトが、笑う。
「それでいい」
「お前の役割は、戦闘だ」
「俺たちが、組織を作る」
⸻
三人は、向かい合う。
金色の瞳。
紅色の瞳。
銀色の瞳。
三つの色が、互いを映す。
これが、新しい社会の始まり。
覚醒体社会の、萌芽。
ヤマトが、手を差し出す。
「契約だ」
京が、手を重ねる。
「同盟だ」
刃も、渋々と手を重ねる。
「……面倒だ」
だが、手は重ねた。
三人の手が、重なる。
⸻
その瞬間。
三つの群れが、動いた。
一斉に。
まるで、見えない命令を受けたかのように。
互いに近づく。
東の群れが、西へ。
西の群れが、北へ。
北の群れが、南へ。
境界線が、消える。
もう、どれがどの群れか、わからない。
混ざり合う。
だが、混乱はない。
秩序がある。
まるで、最初から一つだったかのように。
スムーズに。
自然に。
統合されていく。
もう、境界はない。
もう、別々ではない。
一つの、巨大な群れ。
数万の、覚醒体軍団。
その頂点に、三人の王。
金色と紅色と銀色。
理性と破壊と秩序。
三つの力が、一つになった。
三位一体。
新しい種族の、支配層。
これが、覚醒体社会の始まり。
人間の後に来る、何かの。
⸻
ヤマトが、言う。
「まず、群れを整理する」
「強い個体を選別する」
「役割を、与える」
京が、頷く。
「北への進軍は?」
「続ける」
ヤマトが答える。
「だが、今度は組織的に」
「計画的に」
刃が、呟く。
「……人間みたいだな」
ヤマトが、笑う。
「そうだ」
「人間から、学ぶ」
「彼らの知恵を、我々のものにする」
⸻
三人は、歩き始める。
北へ。
群れが、それに従う。
数万のゾンビが、秩序を持って進む。
列を作って。
隊列を組んで。
もう、ただの群れではない。
軍隊だ。
覚醒体の、軍団。
そして――
その先には、人類最後の砦。
北海道。
そこで、最後の戦いが始まる。
組織対組織の。
秩序対秩序の。
人間対覚醒体の。
最終決戦が。
⸻
空は、曇っている。
灰色の雲が、空を覆う。
だが、雲の切れ目から、光が差す。
わずかな、光。
それは、希望か。
それとも、絶望の前兆か。
誰にも、わからない。
ただ、時代は動いている。
新しい種族の時代へ。
そして――
その時代がどうなるのか。
まだ、誰も知らない。
⸻
(了)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。
また次の物語で、お会いできる日を願っています。




