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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

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第43話「落日の旗」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

皇居。


かつて天皇陛下が住まわれた場所。


日本の象徴。


国家の中心。


政治の心臓。


千代田の森。


緑豊かな、聖域。


江戸城の跡地。


徳川家の居城。


明治以降は、皇室の住まい。


国民に開かれた、場所。


一般参賀では、何万もの人が訪れた。


天皇誕生日。


新年。


人々が、旗を振った。


万歳を叫んだ。


笑顔で、祝福した。


だが、今は――


廃墟でしかない。



正門は、破壊されている。


重厚な鉄の門。


それが、捻じ曲がっている。


ゾンビの群れが、押し破ったのだ。


二重橋は、崩れている。


石造りの、美しい橋。


それが、半分沈んでいる。


爆撃で、破壊された。


宮殿は、半壊している。


白亜の、荘厳な建物。


窓ガラスは全て割れ、壁には無数の銃痕。


機関銃の跡。


ロケット弾の跡。


迫撃砲の跡。


ここで、激戦があった。


御所は、炎に焼かれた跡がある。


黒く焦げた木材。


溶けた金属。


崩れた瓦。


天皇陛下の、お住まい。


それが、炎に包まれた。


誰も、消せなかった。


消す余裕が、なかった。


もう、誰もいない。


警護する者も。


侍従も。


宮内庁職員も。


住まう者も。


全て、消えた。


死んだか。


逃げたか。


それとも――


感染したか。



皇居前広場。


かつては市民の憩いの場。


観光客で賑わった場所。


外国人が、写真を撮った。


家族連れが、弁当を食べた。


ランナーが、走った。


平和な、日常。


今は、死体の山。


数千、数万の死体。


人間の。


ゾンビの。


区別なく、積み重なっている。


腕が、ねじれている。


足が、千切れている。


頭が、潰れている。


血が、地面を覆っている。


黒く、固まった血。


もう、流れない。


乾いた、死の痕跡。


ここで、最後の戦いがあった。


自衛隊の、決死の防衛戦。


第一師団。


第一空挺団。


特殊作戦群。


精鋭中の精鋭が、集結した。


天皇陛下を、守るために。


国家の象徴を、守るために。


彼らは、三日間戦った。


弾薬が尽きるまで。


刀が折れるまで。


体が動かなくなるまで。


だが――


全滅した。


誰一人、生き残らなかった。


群れに、呑み込まれた。


数の暴力に、屈した。



広場の中央に、旗竿が立っている。


高さ三十メートル。


鉄製の、巨大な柱。


その先端に――


日の丸が、掲げられていた。


白地に、赤い円。


日本国旗。


国の象徴。


だが、もうボロボロだ。


風に破れ、血で汚れている。


それでも、まだ掲げられている。


最後まで。



夕暮れ。


太陽が、西の空に沈もうとしている。


オレンジ色の光が、皇居を照らす。


廃墟に、長い影ができる。


風が吹く。


冷たい、秋の風。


旗が、はためく。


バタバタと。


破れた布が、音を立てる。


その音だけが、静寂を破る。



広場に、足音。


ゾンビの群れが、近づいてくる。


数百。


いや、数千。


東京中から、集まってきたのだ。


この場所に。


国家の中心に。


群れの先頭に、二人の影。


藤原京。


神谷刃。


二人の王が、並んで歩いている。



京は、皇居を見上げた。


崩れた宮殿。


焼けた御所。


そして――


旗竿に掲げられた、日の丸。


京の表情は、変わらない。


冷静に。


ただ、観察している。


刃も、旗を見た。


紅い瞳が、赤い円を映す。


「……何だ、あれは」


刃が呟く。


「旗だ」


京が答える。


「日本という国の、旗」


「……国?」


刃が首を傾げる。


もう、その概念が曖昧になっている。



京は、旗を見つめる。


金色の瞳が、赤い円を映す。


「人間は、こういうものを作った」


京の声は、静かだ。


教えるような、口調。


「国家。組織。秩序」


「旗は、それの象徴だ」


「そして、それを守るために戦った」


刃は、旗を見ている。


理解しようとしている。


だが、難しい。


もう、人間だった頃の記憶が薄い。


国家?


組織?


それが、何だったのか。


「……なぜ」


刃が聞く。


「なぜ、布切れのために戦う」


「布切れではない」


京が答える。


「象徴だ。アイデンティティだ。人間は、そういうものに意味を与える」


「……わからん」


刃が首を横に振る。


「俺たちには、そんなものはない」


「そうだ」


京が頷く。


「我々には、必要ない。我々は、もっと直接的だ」


「……守れなかったがな」


刃が言う。


皮肉を込めて。


「そうだ」


京が頷く。


「守れなかった。我々に、負けた」


「象徴も、秩序も、全て無意味だった」


沈黙。


二人は、旗を見上げている。


風が、強くなる。


旗が、激しくはためく。


まるで、抵抗しているかのように。


まるで、最後の叫びのように。


だが――


もう、誰も応えない。



その時。


旗竿の根元が、軋んだ。


ギシッ、と。


金属が疲労している。


長年の風雨に耐え、今また戦火に耐えた。


だが――


もう、限界だった。


メキメキと音を立てる。


旗竿が、傾き始める。


ゆっくりと。


だが、確実に。


京と刃は、それを見ている。


ただ、黙って。



旗竿が、倒れる。


ゴォン!


巨大な音。


地面が、震える。


土煙が、上がる。


旗竿は、地面に横たわっている。


もう、立つことはない。


旗は、地面に広がっている。


泥にまみれて。


血に染まって。


それでも、赤い円は見える。


日の丸は、まだそこにある。



だが――


風が、旗を巻き上げた。


宙に舞う。


ヒラヒラと。


まるで、最後の舞のように。


そして――


旗は、燃えている建物に落ちた。


御所の、残り火に。


ジュッ、と音がする。


布が、焦げる音。


煙が、上がる。


そして――


炎が、旗を包んだ。



メラメラと燃える。


最初は小さな炎。


だが、すぐに大きくなる。


白い布が、黒く焦げる。


端から、中心へ。


ゆっくりと。


だが、確実に。


赤い円が、歪む。


熱で、縮む。


色が、変わる。


鮮やかな赤から、くすんだ茶色へ。


そして、黒へ。


溶ける。


布が、ドロドロになる。


形が、崩れる。


消える。


もう、円ではない。


もう、旗ではない。


ただの、燃える布。


日の丸が、炎に呑まれていく。


京は、それを見ていた。


静かに。


表情を変えずに。


だが、その目には――


何かがあった。


哀しみか。


それとも、諦念か。


いや――


理解、か。


これが、終わりだという。


時代の、終わり。


刃も、見ていた。


紅い瞳で。


炎を映す瞳で。


その瞳が、揺れている。


炎のせいか。


それとも――


心が、揺れているのか。


刃は、わからない。


自分の中で、何かが動いている。


感情?


記憶?


それとも――


人間だった頃の、残滓?



やがて、旗は灰になった。


風が、灰を舞い上げる。


空に、散っていく。


何も残らない。


旗も。


国も。


全てが、消えた。


京が、口を開く。


「……終わったな」


「何が」


刃が聞く。


「人間の時代が」


京が答える。


「これで、完全に」



刃は、何も言わない。


ただ、灰が舞う空を見ている。


夕日が、さらに沈む。


空が、赤く染まる。


血のような、赤。


まるで、世界が泣いているかのように。


京が、踵を返す。


「行こう」


「……どこへ」


「北だ」


京が歩き出す。


「まだ、人間が残っている」


刃も、それに従う。


二人が、皇居を後にする。


群れも、それに従う。



静寂が、戻る。


皇居前広場。


死体の山。


倒れた旗竿。


燃え尽きた旗。


全てが、終わった証。


風だけが、吹いている。


冷たく。


虚しく。


そして――


夜が来る。


長い、長い夜が。



東京の空に、星は見えない。


曇っているから。


いや――煙が、空を覆っているから。


街中で、火災が起きている。


誰も、消さない。


消す者が、いない。


炎は、燃え続ける。


全てを、焼き尽くすまで。


東京タワーが、倒れる。


ゆっくりと。


まるでスローモーションのように。


三百メートル超の鉄塔。


それが、横倒しになる。


ズガァン、と巨大な音。


地面が、揺れる。


衝撃波が、広がる。


周囲のビルが、崩れる。


連鎖的に。


ドミノ倒しのように。


もう、誰も驚かない。


もう、誰も見ない。


もう、誰も悲しまない。


感情すら、失った。



スカイツリーは、まだ立っている。


六百メートル超。


日本一の高さ。


だが、傾いている。


十度ほど。


いつ倒れても、おかしくない。


塔の周囲は、亀裂だらけ。


地盤が、緩んでいる。


東京ドームは、屋根が破れている。


巨大な穴。


中は、死体だらけ。


数万の死体。


ここは、避難所だったのだ。


政府が、指定した。


安全だ、と言った。


だが、全滅した。


群れが、押し寄せた。


一晩で、全員が死んだ。


国会議事堂は、半壊している。


中央塔が、崩れている。


時計は、止まっている。


午後三時二十分。


それが、国会が機能した最後の時刻。


もう、議会は開かれない。


法律は、作られない。


民主主義は、死んだ。


いや――


人間が死ねば、主義も死ぬ。



首相官邸は、炎上している。


メラメラと、燃えている。


もう、政府はない。


行政は、停止した。


東京駅は、崩れている。


赤レンガが、散乱している。


もう、電車は走らない。


人は、移動しない。


浅草寺は、焼け落ちた。


五重塔は、倒れた。


もう、祈る者はいない。


神も仏も、見捨てた。



東京は、死んだ。


完全に。


徹底的に。


一千万人が暮らした、大都市。


世界有数の、メガロポリス。


それが、今や墓場でしかない。


そして――


それは、東京だけではない。


大阪も。


名古屋も。


福岡も。


全ての都市が、同じ運命。


日本列島全体が、墓場になった。



だが――


それでも、まだ生きている者がいる。


北海道に。


数万の、生存者。


彼らは、まだ抵抗している。


まだ、諦めていない。


だが――


二人の王が、向かっている。


数万の群れを率いて。


もう、時間の問題だ。


北海道も、陥ちる。


人類最後の砦も、崩壊する。


そして――


人間の時代は、完全に終わる。



皇居前広場。


灰が、まだ舞っている。


日の丸の、灰。


それが、風に乗って遠くへ飛ぶ。


日本中に。


いや、世界中に。


まるで、メッセージのように。


終わった、と。


人間は、負けた、と。


新しい種族が、勝った、と。



だが――


その灰の中に、小さな赤い欠片。


布の、燃え残り。


それが、地面に落ちる。


誰も、気づかない。


誰も、拾わない。


ただ、そこにある。


最後の、日の丸の欠片。


それは、やがて風化する。


土に還る。


消える。


だが――


今は、まだある。


小さく。


弱々しく。


だが、確かに。



それが、人間の最後の証。


存在した、証。


戦った、証。


そして――


負けた、証。


落日の旗。


沈む太陽の下で、燃え尽きた旗。


それが、時代の終わりを告げる。


人間の時代の。


文明の時代の。


理性の時代の。


全てが、終わった。


そして――


新しい時代が、始まる。


覚醒体の時代が。


進化した種族の時代が。


それが、どんな時代になるのか。


誰にも、わからない。



夜が、深まる。


東京は、闇に沈む。


光は、ない。


電気は、ない。


ただ、炎の光だけ。


あちこちで、燃えている炎。


それが、唯一の光。


破壊の、光。


終焉の、光。


だが――


遠く、北の空。


そこに、わずかな光がある。


北海道の、光。


人間最後の、光。


それも、やがて消える。


時間の、問題だった。



(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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