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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

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第40話「蠢く王」

東京湾。


夜明け前の、静寂。


海は黒く、空は深い藍色に染まっている。


まだ太陽は昇っていない。


だが、地平線が、わずかに明るくなり始めていた。


その海面に、波紋が広がる。


一つ。


また一つ。


まるで、何かが近づいてくるかのように。


そして――


海中から、影が現れた。



藤原京ふじわら きょう


かつて、日本の田舎に住んでいた青年。


小動物に噛まれて感染し、ゾンビ化した。


それから――どれくらい経ったのだろう。


京は、もう時間の感覚を失っていた。


日も。


月も。


季節さえも。


全てが、曖昧になっている。


ただ、歩き続けてきた。


北へ。


西へ。


そして、海を渡った。


大陸へ。


朝鮮半島を抜け、中国へ。


そこで、京は多くのものを見た。


人間の終焉を。


上海の高層ビル群が、炎に包まれるのを。


北京の紫禁城が、血で染まるのを。


香港の港が、死体で埋まるのを。


ゾンビの増殖を。


数百万、数千万の群れが、都市を覆うのを。


人間よりも多く。


人間よりも強く。


世界の、崩壊を。


文明が、次々と倒れていくのを。


軍隊が、敗走するのを。


政府が、消滅するのを。


そして――京は、変わった。


群れを率いるようになった。


最初は数十。


次に数百。


やがて数千。


彼らは、京に従った。


理由はわからない。


ただ、本能で従った。


京は、それを受け入れた。


進化した。


覚醒した。


人肉を食うたびに、力が増していった。


視界が広がった。


思考が深くなった。


そして――理解した。


自分が、何者になろうとしているのかを。


今、彼は帰ってきた。


故郷へ。


日本へ。


始まりの地へ。



京は海面に立っている。


いや――立っているのではない。


浮いている。


水面に、足をつけたまま。


まるで、固体の上に立っているかのように。


それは、ありえない光景だった。


だが、京にとっては自然なことだ。


彼の足元には、見えない力場がある。


空間を固定する、力。


それが、京を支えている。


京は東京の方を見た。


遠くに見える、灰色の街。


煙が、あちこちから上がっている。


燃えているのだ。


人間の時代が。


京の瞳が、光る。


鈍い金色の光。


まるで、古い金貨のように。



京の背後には、群れがいた。


数千のゾンビが、海底を歩いている。


彼らは、京に従っている。


大陸から、ずっと。


京が命じれば、動く。


京が止まれば、止まる。


完全な、支配。


だが、それは暴力的な支配ではない。


理性的な、秩序ある支配。


京は、ただの力では動かない。


意思で。


理屈で。


そして――目的のために。


京は、進化の先を見ている。


ただ生き延びるだけではない。


新しい世界を、築くために。



京が一歩、前に進む。


水面が、わずかに波打つ。


だが、京は沈まない。


もう一歩。


また一歩。


京は、東京へ向かって歩き始めた。


海の上を。


群れが、それに従う。


海底から、無数のゾンビが這い上がってくる。


波打ち際に、次々と。


まるで、津波のように。


いや――それ以上に、不気味に。


彼らは、音を立てない。


ただ、静かに上陸する。


そして、京の後を追う。



お台場。


かつて観光地だった場所。


今は、廃墟でしかない。


フジテレビの球体展望台は、半分崩れている。


中のスタジオは、機材が散乱している。


カメラは倒れ、照明は落ちている。


もう、誰も放送することはない。


観覧車は、止まったまま錆びている。


ゴンドラは、いくつか地面に落ちていた。


中には、まだ死体が残っている。


ショッピングモールは、略奪され、焼かれている。


ガラスは全て割れ、商品は散乱している。


服。


靴。


食器。


全てが、無価値になった。


その廃墟に、人影があった。


生存者たちだ。


二十名ほど。


男性が十二名。


女性が五名。


子供が三名。


彼らは、ここを拠点にしていた。


海に近く、ゾンビが少ない。


食料も、モールの残りがある。


そして――船を見つければ、逃げられる。


そう考えて、留まっていた。


だが、船は見つからない。


もう三週間も、探している。


港にある船は、全て使えない。


燃料がないか、エンジンが壊れているか。


希望は、少しずつ消えていった。


だが――



「何だ、あれは……」


見張りの男が、双眼鏡を覗いている。


四十代、痩せた体に汚れた作業服。


彼の名は、木村きむらという。


木村は、海を見ていた。


そして――見た。


海の上を歩く、影を。


「嘘だろ……」


木村の手が、震える。


双眼鏡が、ガタガタと音を立てる。


海面に立つ、人影。


その背後には、無数のゾンビ。


津波のような、群れ。


木村は叫んだ。


「みんな! 逃げろ! ゾンビだ! 海から来る!」



生存者たちが、慌てて動き出す。


荷物を掴む。


武器を手に取る。


子供を抱き上げる。


だが、どこへ逃げる?


もう、逃げ場はない。


陸には、既にゾンビが溢れている。


海は、今まさにゾンビに覆われようとしている。


絶望。


それしかない。


木村は、もう一度海を見た。


海面を歩く影が、近づいてくる。


ゆっくりと。


だが、確実に。


まるで、死神のように。



京は、お台場に上陸した。


足が、砂浜を踏む。


サクッ、と音がする。


乾いた、軽い音。


京は立ち止まり、周囲を見回す。


廃墟。


崩れたビル。


錆びた観覧車。


そして――


怯える人間たち。


京の瞳が、彼らを捉える。


金色の光が、強くなる。



木村と、京の視線が合った。


その瞬間。


木村の体が、硬直する。


動けない。


金縛りにあったように。


いや――それ以上に、強い何かが、体を縛っている。


見えない力。


空間そのものが、固まっているような。


まるで、透明な壁に押し潰されているような。


呼吸が、苦しい。


心臓が、バクバクと音を立てる。


だが、体は動かない。


指一本、動かせない。


木村だけではない。


周囲にいた全ての人間が、動けなくなっていた。


子供も。


女性も。


老人も。


全員が、その場に立ち尽くしている。


まるで、彫像のように。


時間が止まったかのように。


ある女性は、子供を抱きかかえたまま固まっている。


子供は泣いている。


だが、母親は動けない。


慰めることも、抱きしめることもできない。


ただ、涙だけが頬を伝う。


ある男性は、銃を構えたまま固まっている。


引き金に指がかかっている。


だが、引けない。


筋肉が、言うことを聞かない。


恐怖が、全身を支配している。



京は、彼らに近づく。


一歩。


また一歩。


足音が、静寂に響く。


ザッ、ザッ、と。


乾いた音。


それが、まるで死の鐘のように聞こえる。


人間たちは、目だけを動かす。


それしか、動かせない。


京を見る。


近づいてくる、死神を。


ある者は、祈る。


神に。


仏に。


助けてくれ、と。


ある者は、後悔する。


なぜ、ここに留まったのか。


なぜ、逃げなかったのか。


ある者は、諦める。


もう、終わりだ、と。


死ぬしかない、と。


京が、木村の前に立つ。


見上げる木村。


見下ろす京。


二人の視線が、交差する。


木村は、京の瞳を見た。


金色の瞳。


それは、人間のものではない。


だが、獣のものでもない。


何か――別の存在の瞳。


理性がある。


明確な、意思がある。


それが、逆に恐ろしい。


ただの化け物なら、まだいい。


だが、これは違う。


考えている。


判断している。


そして――


京の口が、開く。


「……動くな」


低く、静かな声。


だが、その声には絶対的な力があった。


命令の力。


支配の力。


木村は、従うしかない。


体が、言うことを聞かない。



京は、木村の顔を見る。


恐怖に歪んだ、顔。


死を覚悟した、目。


京は、何かを考えている。


この人間を、どうするべきか。


食うべきか。


殺すべきか。


それとも――


京の瞳の光が、揺れる。


金色が、明滅する。


そして――


京が、踵を返した。



「……行け」


京の声。


その瞬間、木村の体が自由になった。


金縛りが、解けた。


木村は、その場に崩れ落ちる。


「はあっ……はあっ……」


荒い呼吸。


全身が、汗でびっしょりだ。


他の生存者たちも、同じように解放された。


みんな、その場に座り込む。


立っている力が、ない。


京は、彼らを見ずに歩き去る。


群れも、それに従う。


数千のゾンビが、生存者たちの脇を通り過ぎていく。


だが、誰も襲わない。


ただ、通り過ぎるだけ。


まるで、そこに人間がいないかのように。



木村は、京の背中を見た。


遠ざかっていく、影。


(何だ……あいつは……)


普通のゾンビとは、明らかに違う。


喋った。


命令した。


そして――見逃した。


なぜ?


わからない。


だが、一つだけ確かなことがある。


あの存在は――


人間を超えている。



京は、東京の中心へ向かって歩いていた。


群れを率いて。


彼の瞳は、まだ光っている。


金色に。


そして――その光は、次第に強くなっていく。


京の体内で、何かが変化している。


進化が、加速している。


細胞が。


神経が。


全てが、新しい段階へと移行していく。


京は、それを感じていた。


自分が、何かになろうとしていることを。


ただのゾンビではない。


何か、別の存在に。



その時。


京の意識に、何かが触れた。


遠くからの、呼びかけ。


いや――波動。


同じ種類の、エネルギー。


覚醒体の、気配。


京は、立ち止まる。


方角を確認する。


西。


横浜の方向。


そこに、いる。


自分と同じ、覚醒体が。


だが――違う。


京とは、真逆の存在。


京が冷たい理性なら、あちらは熱い本能。


京が静かな支配なら、あちらは激しい破壊。


対極。


だが、同等。


京の瞳が、鋭く光る。


金色が、紅を映す。


まるで、遠くの炎を見ているかのように。


興味。


いや――それ以上の何か。


運命を、感じる。


この出会いは、避けられない。


いずれ、対面する。


そして――


どうなる?


戦うのか?


それとも――



京の周囲の空気が、歪み始めた。


見えない力が、溢れ出す。


それは、圧力となって周囲に広がる。


まるで、巨大な重しが乗せられたかのように。


地面が、わずかに震える。


コンクリートに、ヒビが入る。


細かいヒビが、蜘蛛の巣のように広がっていく。


ビルの窓ガラスが、ヒビ割れる。


パキッ、パキッ、と音を立てて。


やがて、粉々に砕ける。


ガラスの破片が、雨のように降り注ぐ。


群れが、一斉に唸り声を上げる。


ウォオオオオ……


それは、畏怖の声。


京という存在への、賛美の声。


従順の、証。


京は、腕を前に伸ばす。


ゆっくりと。


まるで、何かを掴むように。


手のひらを、開く。


五本の指が、広がる。


そして――


京の瞳が、強く光った。


金色が、輝く。


まるで、太陽のように。


空間が、変わった。



京を中心に、半径百メートル。


その空間が、別の領域になった。


空気が、重くなる。


呼吸が、困難になる。


重力が、増す。


いや――重力だけではない。


空間そのものが、京の支配下に入る。


物質の動きが、制限される。


音が、遅くなる。


光が、屈折する。


この領域内では、京が絶対だ。


物理法則さえも、京の意思に従う。


上下も。


左右も。


前後も。


全てが、京次第。


これが――


前兆技《虚界展開ヴォイド・フィールド》。


京の、最初の覚醒能力。


空間支配の、始まり。



領域内にいた全てのゾンビが、動きを止める。


従順に。


完全に。


京の命令を、待つ。


京は、西を向く。


横浜を。


そこにいる、もう一つの王を。


感じる。


紅い、激しいエネルギーを。


それは、京とは対照的だ。


京が理性なら、あちらは本能。


京が支配なら、あちらは破壊。


だが――


どちらも、王だ。


新しい時代の。



京は、歩き始める。


横浜へ。


群れが、それに従う。


領域は、京と共に移動する。


まるで、京の体の一部のように。


東京の廃墟を、黒い波が進む。


その中心に立つ、金色の瞳の男。


理性の王。


支配者。


そして――


もうすぐ、もう一つの王と出会う。


紅の鬼神と。


二つの覚醒体が、激突する。


いや――


激突するのか?


それとも――



京は、わからない。


ただ、行くだけだ。


呼ばれているから。


引き寄せられているから。


それが、運命だから。


夜明けの光が、東京を照らし始める。


灰色の空が、わずかに明るくなる。


新しい一日の、始まり。


そして――


新しい時代の、夜明け。


人間の時代は、もう終わった。


これからは――


覚醒体の時代だ。



(了)

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